多原くん、スマホをゲットする。
「犬だ! たぶん、葉山さんの犬ですよ!!」
元気よく言う多原に、げんなりする茎沢は、「よく聞け」と多原を絞める腕に力を入れた。
「ぐえっ」
「なんで犬が図書館の放送をジャックするんだよ」
そう。犬の鳴き声は、明らかに放送を通して流れてきている。犬が実際に鳴いているのではなく、犬の鳴き声を誰かが流しているのだ。
『わん、わんわん! わふっ、くぅーん……(しばしの沈黙)……今三秒に一人が、イセマツヤカードを作っています!!』
「プレミアム会員入れや!」
茎沢は天井に向かって怒鳴った。
「雑な仕事にも程があるだろ! 広告まで流れてんぞ!!」
この放送の主は、ユーツーブからテキトーに持ってきた動画をスピーカーから垂れ流しているのである。今度は、バックミュージック付きの犬の鳴き声が流れてきた。もはや隠す気が無い。
ーーおちょくられてら。
こめかみに青筋を浮かべながら、茎沢は口元をひくつかせた。ユーツーブから犬の鳴き声を垂れ流してる奴は、一体何をしたいんだろうか。
ーーて、いうか。
図書館中に響き渡る犬の声。それを右から左へ受け流して考えると、この放送を流している奴が、案外油断ならない奴だとわかってくる。
ーー俺が多原のガキンチョと犬の幽霊がどーだと話してたタイミングでのこの放送。
明らかに用意していたとは思えない、ユーツーブの音源を使った放送。
茎沢は、「犬が増えてしまった……」と神妙な顔をする多原を見た。もしかして。
「えっ、憑依? 俺はドッグフード持ってないですよ?」
「何が憑依だ」
恐慌に陥る頭お花畑な男子高校生を無視してひたすら服の上から軽く叩いていると、あった。盗聴器である。それをぶちんと靴の裏で潰す。
「舐めた真似しくさってくれるじゃねぇか……」
こんなことをするのは、間違いない。茎沢が始末するように言われた内通者だ。
相変わらず犬の鳴き声がうるせえ図書館をずんずんと進んでいく。
目指すは入り口。入り口には放送用の設備があるから、そこに内通者がいるはずである。
「ていうかお前、どこで盗聴器つけられた」
多原を引きずりながら、茎沢は問うが、あまり期待はしていない。なぜなら多原はバカだから。
コイツのことだから、校内でも校外でもつけられていそうだ。案の定、頭にはてなマークを浮かべている多原に、茎沢は盛大にため息を吐く。
ーーだが、一つわかったことがある。この学校の図書館に内通者がいるってのは本当で、コイツは俺をおちょくるためにダシに使われたってことだ。
自殺した生徒の幽霊とかいう、わけわからん噂で。よくピンポイントでコイツを釣ることができたな。
全く豪胆なことで。葉山のご令嬢が怖くないのだろうか。
「まあいいや」
ぼうっと明かりのついたカウンターが見えて来る。多原の首根っこを掴んだまま、茎沢はそれを軽々乗り越えて、放送室のドアを開けた。
「……ちっ」
部屋は暗い。マイクのそばには、未だにユーツーブの動画を再生し続けるスマートフォンが置いてある。動画を流していた主は、すでにこの部屋から去っていた。
茎沢は、そのスマホを手に取って、画面に触れた。可能な限り必要なアプリしか入っていない。設定画面で持ち主の名前を知ろうとする。“ナイツウシャ”。
「そのまんまだな」
馬鹿らしくなって、茎沢は多原にスマホを放った。
「???」
「明日、学校の事務にでも届けてやれ。図書委員の落とし物だ」
多少の嫌がらせをするつもりで、茎沢はそう言った。“ナイツウシャ”とかいう厨二病全開な名前のスマホを見られるが良い。
それと同時に、茎沢は多原を絞めていたのを解放する。あちらは多原を人質にとっても動かなかった。それどころか、こんなふざけたことをする始末。
葉山のご令嬢とはグルだが、多原をどう扱うかは、内通者の勝手ということだ。コイツに人質の価値はない。
「葉山の犬はもうここにいない。また別のところに行ったんだろうよ」
「行っちゃうんですか、幽霊ハンターさん……」
こいつ、拳銃突きつけられてたのによくそんな寂しげな顔できるな。
それこそ飼い主に見捨てられた犬のような顔をしてる多原に、茎沢は微笑んだ。コイツ、最後まで俺の嘘を信じてたな。思考回路どうなってんだろ。
「そんな顔するなよ。巻き込んで悪かったな」
さて、どうやって依頼主にこのことを報告しようか。ていうか報告したくないな、まじで。
そう思いながら、茎沢は、図書館の入り口のドアをピッキングした。何を隠そう、閉館後の図書館には、そうやって入ってきたのである。
「ほら、お前も」
手を差し出すと、多原は首を横に振る。
「俺は幽霊の噂を途絶えさせなきゃいけないので、ここに残ります」
そういえば、そんなことを言ってたな、と茎沢は思った。幽霊探しっていうより、幽霊の噂を否定しにきたっぽい。
「あっそ、勝手にすれば」
ドライな茎沢は、さっさと出て行こうと、ドアのノブに手をかけて。バイブ音が、響き渡る。もしや、あのスマホか? と振り返ったが。
「え!? 幽霊の噂は他校だった!? ていうか、レイね、芝ヶ崎先輩が来てる!?」
自分のスマホで誰かと話していた多原は、あっという間に顔を真っ青にし、震える声でこう言った。
「あ、あの、俺も一緒していいですか……?」
ガクガクブルブルしながら、多原は幽霊ハンターさんのルート(人目を避けていくルート)を使って校門を目指した。本当は目指したくない。
「絶対怒られる、だが俺には深い理由が」
ぶつぶつ言う多原に、幽霊ハンターさんは「俺も謝ってやるから」と励ましてくれる。
「あっ、多原ぁ」
完全下校時刻を過ぎ、すっかり暗くなっている中。
閉まった校門の外で待っていた島崎が、スマホを持ちながら、のんびりと手を振る。校門を(幽霊ハンターさんの跳躍力で)飛び越えた多原は、無言で島崎の腹にグーパンした。
「いてぇ、嘘、あんまり痛くないお前ひ弱すぎ」
グーパンしたのにグーパンを食らった気分になる多原である。
「芝ヶ崎先輩は?」
「それなんだけどさ、ごめん。見間違いだったかも」
手を合わせる島崎。多原は安心した。レイ姉ちゃんに説教を受ける覚悟でいたからだ。
「で、そっちの人は?」
島崎の目は、多原の隣にいる人に向いて
「あーっ、お兄ちゃん、こんなところにいたぁっ」
多原が幽霊ハンターさんを島崎に紹介しようとしたそのとき。ニットワンピースを着こなした、いつぞやかの、名前を名乗りたくない女の子が向こうから駆けてきて、がしっと幽霊ハンターさんの腕をとる。
「探してたんだよお兄ちゃん、ほら行こうすぐ行こう。あっ、多原君またね! じゃ!」
なぜか急いで、幽霊ハンターさんを連れて行く女の子に、多原は「お兄さんいたんだなぁ」とのんびり思った。
「依頼は取り消し。でも、お金は払うから安心して」
女優とは思えない下手な演技をした須高深春……依頼人は、冷たい声でそう言った。
「どうしてかお聞きしても?」
隣を歩きながら、茎沢は声を顰めた。須高は少し考えた後、
「思ったより、内通者が手強かったから。私が入手した情報も、もしかしたら」
「でしょうね」
芝ヶ崎に潜む葉山の内通者は、自分が疑われていることに気付いていた。だからこそ、この学校の生徒だという噂を自分で流し、まんまと須高と茎沢を釣ったのである。
「すみません、声を録られました」
多原につけられていた盗聴器。あれを通して、茎沢の声が録音されていたとしたら。
自分は、殺し屋として手足をもがれたも同然。
面の割れた殺し屋は、次の標的になるしかない……
「そんな悲壮な顔しなくても。余計なことをしなかったら見逃してくれるって」
「……へ?」
「……内通者から、電話があった」
「くそ、島崎め。幽霊ハンターさん超怖かったんだからな」
ぶつぶつ呟く多原は、島崎に一緒に帰ることを提案するも跳ね除けられた後である。
街灯が心もとない夜道をとぼとぼと歩き、時折「幽霊って、ほんとにうちの高校じゃないんだよな?」などと呟いてみる。
手に持ったスマホで、『学校 幽霊 噂』などと検索してみたりする。学校という場所は、どうして幽霊と密接に結びついているのだろう。
あまりに呆気なく終わった幽霊騒ぎに、多原は疑問を抱いていた。
ヴー、ヴー……
「ん、電話か」
多原は自然に、制服の左ポケットからスマホを取り出した。
「はい、もしもし?」
カンカンカンカンカン……
電話口からは、踏切の音が聞こえた。
そのすぐ後に、電車の通る音も。
多原は、すぐにピンときた。そう、奴の家は、線路の向こうにあるのである。
多原は嬉しくなって言った。
「なんだなんだ? お前も寂しくなってきちゃったのか? も、もしくは怖くなったりとか……? よし、家に着くまで二人でしりとりしよーぜ!」
電車が通る風圧に髪をなぶられながら、彼は笑った。
「ああ、いいよ。じゃあ、“ゆうれい”のい、からな」




