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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
多原とヒロイン
30/117

悲しき真実

「ここでの暮らしも、あと少しかあ」


珍しく撮影が早く終わった日。多原と同じ、芝ヶ崎のお家ランクで下から数えた方が早い須高家のお嬢様ーー須高(すだか)深春(みはる)は、ベッドにうつ伏せに寝っ転がりながら、足をぱたぱたさせていた。


シティホテルの一室である。備え付けの露天風呂でひとっ風呂浴びて、体をほかほかにした後、深春は“報告書”の作成に勤しんでいた。


キャミソールの紐を弄びながら、ベッドの上に広げたパソコンの画面と向き合う。


「んーと、『ご依頼されていた芝ヶ崎に潜む内通者の件ですが、重要な手がかりを掴みました』……」


依頼主への文章は気を遣う。


会ったことはないが、たぶんこの人は、芝ヶ崎の上層部の人物だ。深春に与えられる情報からして。


「『内通者は、多原君の高校に通う生徒だという情報を得ました。今日が取引の日らしいので、人を雇って、内通者が誰かを確かめるつもりです』。『こちら側に靡かない場合は』」


そのとき、深春の脳内に、多原のふんにゃりしたあまりにも頼りない笑顔が浮かんだ。『こちら側に靡かない場合は』をバックスペースで消す。


「『内通者の処遇については、こちらに任せてください』えっと、『()()()()()()()()()()()()大変そうなので、なんとか説得するつもりです』っと……」


文章を整えて、送信。


「……はーっ」


深春は、知らずに溜めていた息を吐いた。


「といっても、雇っちゃったんだよね……殺し屋」


依頼主からは、内通者は、こちらの味方にならないならば殺していいと言われている。そのために深春は、須高家のツテを辿って、とある殺し屋を雇ったのである。


深春だって、クソ雑魚とはいえ、芝ヶ崎の一員である。手段は選ばず、不利益になるものは排除することを心得ている。そうしなきゃ、須高家は復興できない。


「……」


深春は、自分の右手を見た。ただしくは違う。これは、多原君の手だ。ぎゅっと、握りしめる。


意味不明なロマンを話して笑った男の子。深春が名乗りたくなかったことを、看破した男の子。


深春がそれをしたとして。多原君はまた、あの日のように接してくれるだろうか。


「……接してくれるだろうな」


困った、これじゃ理由づけにならない。


けれど、理由を探している時点で、深春の心は決まっているも同然だった。


ベッドから降りて、机の上に畳んでおいたニットワンピースを着込む。


「こうなったら何としても、内通者にはこっち側になってもらわないと!」


ふん、と鼻息荒くして、深春は部屋から出ていった。目指すは、内通者がいる(はずの)高校!






ーー頼む犬、現れてくれ!


多原は、藁にも縋る思いで、知らない犬の幽霊を待っていた。頭にはチャカの銃口、首には男の太い腕。犬の幽霊相手に、多原を人質にしている変な人は、注意深く周囲を見回している。


全体的に黒っぽい服を着た幽霊ハンター(仮称)は、「おかしいな」と呟いた。


「お前を人質にすれば、犬も出てくると思ったんだが」


どうしてこの人は、多原を人質にして犬の幽霊が出てくると確信しているのだろう。はっ!


「もしかして俺は、前世で犬を飼っていたのかもしれませんね」

「何言ってんだお前」


一蹴された。しかも、声に憐れみが満ちていた。だが多原はがんばった。


「だって、知らない犬が知らない人を助けにくるはずはないじゃないですか。犬も、飼い主じゃない人間を助けるほど義理堅くないと思います」

「そうだね」


なるほど、多原が飼い主説は無くなったらしい。多原はキリッとして、男の意図を読もうとした。


「だとすると、あなたがするべきは警察への自首……じゃなくて、犬の飼い主の幽霊を探すことだと思います」


でもその幽霊は島崎だから、存在しない。と、いうかさっき言ったのに、犬の幽霊は「いる」らしいし。


それをもう一度言ってもいいが、チャカで幽霊を狩ろうとしている人相手にそれをする勇気は多原にはない。なぜなら、多原が幽霊にされちゃうからである。


あれ、結果的に幽霊ハンターさんの思う壺なのでは?


詰んでいる。多原の思考はフリーズした。






そんなふうにフリーズしている多原を見て、幽霊ハンター(仮称)こと茎沢(くきざわ)は、「何やってるんだろう俺」と思っていた。


茎沢の使命は、芝ヶ崎にいるという内通者を捕まえて、依頼人の前に突き出すこと。場合によっては殺しても良いと言われていた。


このたび、学校内で取引が行われるという情報が流れてきて、意気揚々と始末しにきたのだが。


ーー釣れたのがコイツかよ。


コイツが内通者という可能性は。


ない、絶対にない。


なぜなら、葉山家のお嬢さんはコイツにお熱で、コイツを手に入れるために色々と画策しているからである。


そして、依頼人の情報と、芝ヶ崎内での噂を総合すると、多原はバカ。夜の学校に幽霊探し(ちょっと違うこと言ってた気がする)なんて苦しい言い訳に聞こえるが、コイツの場合は、本気で言っている可能性が高い。


ーーだってコイツ、俺が葉山の犬って言ったのに、犬のところにしか反応しなかったからな。


ていうか、拳銃持ってる人物を見て、幽霊探しに来たって思う? 普通。


「いや、もしかしたら、そうか!」


なんか言ってるし。「そうだね」って答えとこ。


「もしかしたら、犬の飼い主はころ、お兄さんなんですか?」

「そうだね」

「悪霊化したペットを自分の手で始末するために拳銃を持っているんですか!?」

「そうだね」

「なるほど、そういうことだったのか……すみません、お兄さんのこと、ちょっと頭のおかしい幽霊ハンターだと思っていました……だからこんなに必死で、俺を止めようとしてくれていたんですね。一人にしたら危ないと」


あ、頭おかしいという概念はあるのか。


しゅんとした多原は、ばっと顔を上げてこっちを見た。いやこっち見んな。


「だったら、俺も手伝います!」

「そうだね」

「一緒に、お兄さんの犬を成仏させてあげましょう!」

「え?」






多原は、ふんすと鼻息荒くした。


一見殺し屋に見えるお兄さんは、自分の飼っていたペットの犬が悪霊化して、それに始末をつけにきたらしい。多原に銃口を突きつけているのは、ここで多原を一人にしたら、犬の幽霊に襲われてしまうかもしれないから。


ーー……。


「だけど、お兄さんは一つ、嘘をついていますよね」

「そうだね」


さっきからのテキトーな返事も、それを隠すためだとしたら。多原は、ごくりと唾を飲んだ。


「葉山の犬って言ってましたよね」

「ちっ」


なぜか舌打ちされた。だが、その舌打ちも、真実を隠すためだとしたら納得できる。 


多原の中で、目まぐるしくパズルが組み立てられていく。島崎が言っていた。思ったより噂が広がるのが早かった、と。


だいたい、窓から明かりが漏れていたとして、幽霊だと思うのは早計なのではないか。普通は、誰かがいると思って、先生に言って見に行ってもらうとか、しないだろうか。学校に取り残されてしまったら事件になっちゃうし。


ーーつまり。


島崎のほかに、本当に幽霊がいたのだ。


図書館に、明かりの正体を確かめに行った人がいて、そこには誰もいなかった。それが、噂として、爆発的に広がってしまった。島崎のおバカエピソードと、本物の幽霊の話が合体したとしたら?


きっと、本物の幽霊はーー、


「葉山、でしょう?」

「は」

「貴方が探しにきたのは、親友の葉山さんが飼っていた、犬の幽霊だ」






名探偵ばりにキメ顔で言った多原に、茎沢は戦慄を覚えた。


ーーすごい、バカの理論を組み立ててる……!


どうしたらそんなことになるのかわからないが、そんなことになってしまった。


勝手に知らないやつの親友にされた茎沢は、多原を人質にしておいて良いものか迷った。コイツを人質にしておいたら、どんどん違う方向に勘違いされそうだ。いや、勘違いされるのは良いことだけど、コイツの場合、茎沢に不利な勘違いをしまくっている。


「辛いですよね、親友の犬を始末するのは」


誰、親友って。


悲しいことに、茎沢にはそんな親友なんて存在しない。ただ一人、今は疎遠になってしまった、というか、破門されてしまった兄貴分はいるが。


兄貴分に破門されてしまった日の感情を思い出して、茎沢は精一杯悲しい声を出した。


「そうだな……だが、俺がやらなければならねえ」


兄貴には兄貴の、俺には俺の道があったのだ。それぞれの思う任侠が、違っただけの話。


「俺にも、親友がいるからわかります」


と、多原がなんか語り出した時。


犬の声が、図書館に響き渡った。


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