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多原くんの陰謀論  作者: 縞々タオル
初恋と失恋と
123/124

確証ないことでも

ピッ、ピッピ……ピッ。


「単刀直入に言うね。伊勢、貴方、どうして私にこのことを報告しなかったの?」


伊勢の引いた椅子に座って。足を組んだ白川芳華は、完全に、この場の支配者だった。


いままで人のことを手のひらの上でコロコロ転がしていた王様(伊勢)は、体裁の良い笑みを顔面に貼り付けたまま、フリーズしている。


ーー椅子を引いて媚を売ったはいいものの、ってとこか。


いまいち二人の関係性がわからないが、おそらく、芳華の方が上なのだろう。


「……白川財閥の子会社と、イセマツヤは、事業提携をしてるんだよ」


チワワの震えから脱した枕崎が、ご丁寧に教えてくれる。


「ほーん、それで、お嬢ってわけね」


新山は納得しながらそう言った。ずいぶんフランクな呼び方だが、これは伊勢なりの最大敬意なのだろう、たぶん。


ーー飼い犬の暴走を見咎めた飼い主が乗り込んできた、ってところかな。


それで、テレビ局に乗り込んできたというわけなのだろう。それにしたって、寒い。寒すぎる。


「おい枕崎、暖房上げろ」

「もう上がらねえよ」


枕崎が、ご丁寧に、エアコンのリモコンを見せてくれる。

ピッピ、とボタンを押すが、温度は変わらない。すでに、枕崎が最高設定温度まで上げていたらしい。あの音はお前か。


そういうわけで、新山と枕崎は、「寒い寒い」と言いながら、目の前の二人のことを見守るしかなかった。


芳華がため息を吐く。


「伊勢が私を置いていくなんて、思いもしなかった。あーあ、寂しかったなぁ」

「いや、お嬢には、後々報告するつもりでしたよ!? ただ、タイミングが合わなかったっていうか」

「へぇー、そう。タイミング。ふーん」


つんとそっぽを向く芳華。


ーー飼い犬の暴走を見咎めた飼い主っていうか、これ。


なんか、彼氏に置いてかれて拗ねた彼女に見えてきた。オロオロしてる伊勢も、どうやって彼女に許してもらおうか悩んでいる彼氏に見えてくる。


これって、案外微笑ましい光景なのでは? などと、新山が希望を抱いたその直後ーー


「……じゃあ、多原君とは、タイミングが合ったんだぁ?」


会議室Aは、氷河期に突入した。




「ねえ、伊勢? どうして多原君を巻き込んだの?」


絶対零度の微笑み。春の女神かと思われた彼女は、今や生きとし生けるものを絶滅に追いやろうとしている。


……()以外。


「おい、枕崎。どうして多原くんの名前がここで出てくる」 

「知らない知らない知らない。亘様はそんなこと言ってなかったし!」


枕崎が頭を抱えている。直視できない現実を拒むかのように。


「お、お嬢、いいんですか? それ、多原に聞かれても」


と、ここで一転攻勢を狙った伊勢が、自分の鞄からスマホを取り出した。近頃の若者は、すぐに録るから、困ったものだ。


だが、白川芳華は、眉を少し動かしただけ。長いまつ毛に覆われた目を、弓形にしならせる。


「伊勢こそ、良いの? 草壁夕雁との契約があるのに?」


ーー契約?


不穏な言葉に、新山は否が応でも、体温を取り戻してしまう。


「彼女に多原君をあげる、って言ってるんでしょ?」

「どうしてそれを……」


明らかに動揺する伊勢。いやコイツ、友達売り飛ばそうとしてたのか。

いっそ哀れなものを見るような目で、芳華は笑っている。


「ね、伊勢。わかってるでしょ? 私が多原君に、素敵な()()()()を送ってもらいたいってことは」

「……重々承知してますよ。だけど、それは、お嬢だけじゃない。草壁夕雁だって同じなんです」


苦しそうに吐き出された言葉。伊勢は、重々しい口調で言った。


「草壁夕雁が、二兎を追って、両方とも諦める性格に見えますか? どうして今、多原がアホヅラして……あ、いや、平和に過ごしてるか、わかりますか?」


ここで、芳華は思い切り顔を歪めた。そこに勝機を見出した伊勢は、早口で捲し立てる。


「普通なら、今回のコトを起こす前に、自分の弱点である多原を確保しようとするでしょ。でもそうならなかったのは、俺が、安全確実な方法で多原を引き渡すって話をしているからです」

「安全、確実な方法」

「草壁夕雁も馬鹿じゃない。無理して多原を攫えば、おっかねえ父親も、本家の令嬢も、葉山だって、動くとわかってた」


ーーなんか今、サラッと変なこと言わなかった?


そろそろ氷河期に順応してきた新山は、再び脳みそを氷漬け寸前にされてしまう。


父親は、わかる。モンペらしいし。本家の令嬢っていうのは、芝ヶ崎の本家の令嬢のことだろう。それから、葉山というのは。


ーーもう一つの御三家じゃねえか!


などと大声で突っ込みたいのを、新山は、ギリギリで回避した。


ーーなんなんだ、あのガキ。


なんで御三家コンプリートしてんだよ。なんでそれで無事なんだよ。


と、考えてはみたものの、御三家をコンプリートしているからこそなのではないかという結論に、新山は至った。これが御三家の一人だけだったら、とっくにあの可哀想な男子高校生は、素敵な学生生活とやらを送れなかったことだろう。


もはや、奇跡的なバランスの上に成り立っている。感動すら覚えてきた。


「あっ、やっぱり令様もそっち側だったんだ」


ぼそっと隣でつぶやかれた言葉。やっぱりってなんだ、やっぱりって。新山が睨むと、「だって確証ないし……」などと言い訳してきた。


「確証ないことでも一応言っとけや」


そうしてくれたら、驚きすぎて心臓止まりそうになることはなかったのに。


「ま、まあ、とはいっても。俺ができることといえば、多原を事件に関わらせることくらいですが」

「事件。ああ、そういうこと」

「そうです。探偵役をさせることで、多原の動きをコントロールすることくらいです。あとは草壁夕雁の動き次第……」

「なるほどね」


ひとつ頷いて、芳華は。


「だから伊勢は、草壁夕雁に多原君を捧げようとしてるんだぁ?」

「そうです、到底無理な話だってわかってるから、俺は」

()()()()


その不自然な物言い。一同が見守る中、白川芳華は可愛らしく、両手を合わせて。


「確証ないことでも、一応言っておくものだね!」


こうして、ぺらぺら喋ってくれたんだから。

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― 新着の感想 ―
白川さんのこと、ただのゴ◯ラだと思ってました。腹芸もできるんですね。
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