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意地悪な義姉は魔法使いにジョブチェンジしました  作者: 秋澤 えで


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33/41

33話 意地悪な義姉

 ここ数か月ですっかり走り慣れた道を行く。一定のリズムを刻む蹄の音と耳元で騒ぐ風の音で荒れかけていた心が落ち着く。


 シンデレラを攫った男にはなんの心当たりもない。ロベリアの持っていた手紙、紙の質は低く、字も美麗とはいいがたい。その一方で王家の紋章を模した印章は精巧だった。紙と文字からして、印章のみ精巧に偽造できたとは考えにくい。であれば手紙は完全に偽物で、印象のみ本物を使った可能性がある。

 ある程度の公文書の形式を知っていて、なおかつ公印を押すことができるもの。それは王宮の内部の人間しかいない。どこかで会ったシンデレラに懸想し、舞踏会の様子から王太子妃に選ばれることを確信し、王太子たちが迎えに来る前に攫ってしまおう、という魂胆だろう。

 けれどそうであれば犯人はすぐに見つかるだろう。今日から姿を見せない王宮の勤めで茶髪の若い文官や騎士それから使用人。王宮に勤める際には入念な身辺調査も行われえる。犯人が確定すれば、潜伏している場所もすぐに見つかるだろう。

いや、そもそもそんな正攻法すら不要だ。シンデレラの持ち物をカトレアに渡せばいい。本人がどこにいようとも、カトレアの魔法があれば見つけ出すことができる。たとえ犯人がシンデレラを手放したとしても、こちらに犯人が作成した偽造文書があればすぐに追うことができる。

 どれだけどこまで逃げようとも、カトレアの魔法がある限り詰んでいるのだ。


 ふ、と凪いでいた心に苛立ちが首をもたげるが見て見ぬふりをした。今回の件と魔法使いは関係ない。もし魔法が使えるならこんなに多くの証拠を残し、雑に逃げるだけなんて方法を取らないだろう。



 「エルムルス! 邪魔するわ! 銃を貸して!」

 「開口一番何なんだあんたは。いきなりどうした」

 「妹が攫われた。助けに行くの。借りていくわね」

 「待て待て待て待て!?」



 いつも借りている銃をひっつかみ簡単に状態を確認する。整備不良で暴発でもされたら目も当てられない。



 「あんたの妹って宮廷魔法使いの子か?」

 「違う。義理の妹、シンデレラ」

 「義理の妹……?」

 「お父様の私生児」



 エルムルスが息をのむ。

 私が再び訪れ、半ば強引に教えを乞うた日と同じ顔をしていた。

 得も言われぬ表情に、口をきっちりと閉じておく。今余計なことを言う必要はない。



 「その子が攫われたの。犯人は馬に乗って逃げてる。時間はそう経ってないからひとまず私が追う。だから銃を借りるわ」

 「……馬に乗って、義妹を抱えた犯人を、撃つのか」



 私が手に取ろうとしていた弾丸を隣からかっさらう。



 「撃てるのか」

 「撃つわ」



 このためではなかった。

 鳩を撃ち殺すための手段だった。けれど今、使えるものがあるならなんだって使う。



 「どこを撃つ」

 「犯人を、」

 「揺れる馬上にいる人間を撃つのか。それも人質を前、もしくは後ろに乗せている状態で」



 机の上に出ていたすべての弾を奪われる。これでは装填できている数弾しか使うことができない。



 「じゃあ馬を、」

 「馬のどこを撃つ。胸か? 頭か? 足か? 尻か? 胸や頭を撃ち抜くのは今のあんたの腕ならできないわけじゃない。だが即死になって倒れた場合、人質はどうなる。良くて落馬。悪くて数百kgの馬の下敷き。足や尻に撃てば死にはしないが暴れる可能性が高い。人質を乗せたまま暴走するか、無理やり振り落とすか。どちらも悪い」

 「…………、」



 ぐうの音も出ない正論に黙り込む。けれど手に持った銃は放せなかった。現実的でなかろうと、最適解でなかろうと、今私にできる唯一にして最上の手は、射撃しかない。

 エルムルスがため息をついた。



 「あなたに手伝えと言っているわけじゃないわ。放っておいて。私の力はこれしかないの」

 「……旦那さまには御恩がある。それだけで、俺はあんたに手を貸す理由になる」

 「……あなたが来てどうするの。あなたならうまく撃ち抜けるってこと?」

 「まさか。猟師の仕事は弾を撃つだけじゃあねえよ」



 エルムルスは珍しく、得意げに笑った。




 木の枝を撓ませ縄で結ぶ。

 木の上に石を積みつっかえを作る。

 穴を掘り、木の枝や枯葉でカモフラージュ。



 「要は足止めできればいい」



 そういったエルムルスにくっつきせっせと私は枝や石を拾い集めていた。森で生活する猟師に案内されながら次の街の街道へとつながる獣道へ先回りし、いたるところにひたすら罠を仕掛ける。



 「確かにこれなら銃で狙撃するよりも安心だけど……」

 「地味だろうが、目的にあった方法ってもんがある。極力怪我をさせず、走りにくくする。今回はそれで十分だろう」

 「でも罠にかかったあとも逃げ出そうとしたら?」

 「女一人抱えるっていうハンデ、罠にかかって冷静さを失った馬。これだけでも逃げ切れる確率が減る。さらに女を捨てて自分一人で逃げ出そうとしたら、それこそその時はこいつで遠慮なく撃てる」



 当然だとでも言うようにエルムルスは担いだ猟銃の柄を叩いた。

 そう上手くいくものだろうか、とも思いつつも私がやみくもに銃を乱射するよりきっとずっといい。それにシンデレラを攫った男は追われることを想定していても、待ち伏せされているとは夢にも思わないだろう。


 一通り仕掛け終わるとポイントを変えるため馬に跨る。うっかり馬が落とし穴にはまらないよう気を付けながら慎重に歩く。



 「このあたりも、直近の蹄の後はないな。罠を追加で仕掛けるか、それとも木を倒して道を塞いでおくか……」



 もう恩だどうだ、というよりも人に嫌がらせをするのが趣味なだけな気がしてきた。もっとも、口にすれば機嫌を損ねてしまうのは自明であるため口を噤んでおく。


 どこからか鳥の羽ばたきがして心がざわつく。森の中は四方からあらゆる音がする。鳥の鳴き声、風のさざめき、葉のこすれあう音、小動物の足音。森にもとうに通い慣れた。今更動物たちの身じろぎを煩わしく思うことはない。

にも拘わらず、どこか遠くから聞こえる、複数の羽音に嫌な予感がした。



 「エルムルス……何か聞こえない?」

 「何かってなんだ」

 「……鳥の音。翼の音」

 「……する、が。普通だろ。森の中にはいろんな鳥がいる。お前だって何羽も撃ってきただろ」



 そうだ。今まで有り余る殺意のほとんどを鳥に向けていた。ウサギや鹿を狩ることもあるが、鳥がいれば鳥をやる。自分の目に映る範囲では少しでも鳥の数を減らしたい。黒鳥も、スズメ、ムクドリ、無論鳩も仕留めてきた。自分の死因に対して圧倒的優位に立てたという安心感すら抱いていたのだ。

 けれど今、そのなけなしの自信さえ、その羽ばたきに吹き飛ばされそうになっている。


 ふと、気が付く。森の奥から徐々に何かの音が近づいてくる。木から木へと鼠や栗鼠が走る。猛禽類に追われているかのように、シジュウカラがけたたましい警戒音を立てる。



 「……パトリシア、あんたの勘が正しいようだ」

 「小動物が逃げ出すってことは、猛禽類がこっちに来てる?」

 「違う。俺にも聞こえてきた。森の奥から小動物や小鳥を追い立ててる奴らがいる」

 「奴ら?」

 「群れだ」



 陰で伏せてろ、とエルムルスが私を低木の陰に追いやった。同じように連れてきた馬も気の陰に隠れるよう座らせる。数分のしないうちに森の奥から迫ってくる轟音が克明に聞こえた。


 羽音だ。

 鳥たちの羽ばたきだ。


 私は持っていた銃を握りしめた。備えるように頭上へ銃口をむけることも、弾を詰めなおすこともできず、ただ息を潜めていた。


 どれだけ銃の練習をしたとて鳥の群れのすべてを撃ち落とすことはできない。

 どれだけ罠を張ったとしても、すべてを捕縛することはできない。


 そしてすべてに対応できなければ、一羽でも取り逃がしたものがいたなら、きっと私が辿る道は決まっている。暗くて、惨めで苦しい、幸福とは対極にある短い人生。

 だから私は息を潜めた。打開することもできない自分に、歯噛みして。



 「っ……」



 現れた鳥たちはまるで白い川のようだった。木々で遮られた狭い空を埋め尽くし、矢のように明確な意志を持って飛んでいく鳥たち。幸か不幸か、隠れていた私たちの方へ飛んでくる個体はいなかった。



 「白い鳩の群れ……!? こんなにたくさん一斉に動き出すなんてことがあるのか……!?」

 「野良魔法使い……」



 それはなんの根拠もない確信だった。けれど疑いようもない。

 王宮に忍び込んだ彼の野良魔法使いはカトレアに「鳩を探している」と話した。

 私たち三人は、揃って白い鳩に目を潰された。

 ただの鳥が、判を押したように一斉に動くことなど、ない。



 「野良魔法使いが操ってる鳥よ!」

 「ノラってなんのことだ、ってどこ行くつもりだパトリシア!」



 白い鳥の川が流れ去り、すぐに立ち上がり怯え切った馬を叱咤した。



 「シンデレラに執心している未登録魔法使いがいるの。今の鳩たちはそいつが飛ばしたに違いないわ」

 「そうか! じゃあ鳩たちが行った方向に行けばあんたの妹も、」

 「だから鳩が来た方向へ行くわ」

 「……なんでだ!?」



 ぎょっとしながらも、私が跨った馬の手綱を掴み制止するエルムルスが煩わしい。説明することも面倒だ。



 「あの魔法使いが絡むならシンデレラの無事は約束されたも同然よ。だからわざわざ私が行く必要もないわ」

 「……無事ならそれでいいんじゃないのか?」

 「ええ、あなたにとってはね。だからあなたはこのまま鳩を追ってシンデレラの無事を確認しても良いし、もう自分の家に帰ってもいい」



 いまだ事態を飲み込めていないエルムルスを見下ろす。

 彼は父、デルフィニウム男爵に恩があったからこそ、シンデレラの捜索に協力した。しかしおそらく、シンデレラはそう経たず奪還されるはずだ。ならばもうエルムルスが私に付き従う理由はない。


 ここからは私怨だ。


 私たちの目を潰したこと。

 間接的に私たちを殺したこと。

 シンデレラに余計なことをしたこと。

 シンデレラの探りを入れるため私に接触したこと。

 私を弄んだこと。


 私は何一つとして許さない。

 けれど何者も巻き込まない。


 私の無念も、私の怒りも、私の恥も、何から何まですべて私だけのものだ。



 「私はただ、私のためにあの魔法使いを殺すの」



 私の、私による、私のための復讐だ。


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