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意地悪な義姉は魔法使いにジョブチェンジしました  作者: 秋澤 えで


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28話 虫と鳩と銃声と

 小動物除けのアミュレット、この国最強の魔法使い、危険人物から好かれているだろうシンデレラ。もはや対鳩、対魔法使いにおいて最強の布陣。一時的に危機は去ったと言えるだろう。



 「ともかく、今は街へ戻るぞ。鳩も魔法使いも気がかりだが、身の安全が最優先だ。俺はこいつを連れて狼に乗る。お前は妹を連れてその馬で来い」

 「……それもそうですね」



 野良魔法使いの正体に一歩近づいた気はしたが、今はシンデレラも連れている。優先順位は野良魔法使いの捕縛よりも王太子妃候補の保護の方が高い。

 鼻を鳴らした馬に跨るが、主人以外が乗っても特に嫌がる素振りも見せない。二人乗りをすることはほぼないため、いくらか不安はあるがおくびにも出さずシンデレラを続けて乗せた。



 「お義姉さま流石です……!宮廷魔法使いともなると乗馬もお手の物なんですね!」

 「ありがとうシンデレラ。でもできれば馬上では極力前だけ向いていてほしい」



 集中が途切れたら落馬しそうだから、とは言わない。そして多分驚異的に動物に好かれるシンデレラなら馬具さえ不要なレベルで馬を乗りこなすだろう。

 街の方へと向かおうとしたとき、突如として聞き慣れない銃声が森の中に響いた。



 「えっ……今度はいったい……?」

 「落ち着きなさい、シンデレラ。今の音はずっと遠い」



 ちらりとシモンを見ると厳しい顔をして森の奥を見ていた。森にすむ妖精たちは銃声の不穏さなどまるで意に介さず、変わらずクスクスと笑っている。おそらく妖精たちには関係のないものなのだろう。人間と動物か、もしくは人間同士の争いか。

 人間同士である可能性があるなら、宮廷魔法使いとして看過できないが、状況が状況だ。そちらにまで首を突っ込んでいる暇はない。

 ふと、シモンがぐるりとこちらに顔を向けた。紫色の瞳が妖しく輝く。



 「未来視……!」



 妖精に愛されたシモンの持つ魔眼。周囲の妖精たちが手を叩いて歓声を上げる。

 輝く紫眼は私ではなく、同じ馬に乗るシンデレラのことを見据えていた。突然無言で見つめられたシンデレラは状況も把握できず、私とシモンの顔を交互に見て、私のローブの端を強く握った。

 30秒ほどで、シモンが瞼を閉じる。再び開けたころには見慣れた目に戻っていた。



 「お疲れ様です。何が見えましたか?」

 「あー……」



 見た情報を整理するようにぼうっと宙を見て、気だるげに頭をかいた。



 「このまま待つ。すぐにアドニスがここに来るだろう」

 「殿下が!? どうしてわかるんです!」



 不安げに眉を下げていたシンデレラの顔にようやく笑顔が戻る。そんな彼女にシモンの未来視のことを告げた。



 「お師匠の目は人の未来を見ます。今はあなたの未来を見たんです。きっと殿下と一緒だったのでしょう」

 「ああ。もちろん、一人じゃない。何人も護衛を連れて、だ。アドニスにシンデレラとこの男を預ける。俺は銃声の元へ。それで……お前はどうしたい、カトレア」

 「私ですか?」



 てっきりこのまま待って、アドニスとともに王宮へ戻るつもりだった。けれどシモンがこう言うなら当然理由がある。

 私がシンデレラを連れてアドニスとともに王宮へと戻らない理由が。

 シモンが未来を見たのはシンデレラだけではなかった。

 未来視で見た未来とはもはや確定事項だ。私がどの答えを今口にしても、未来はシモンが見た通りになる。



 「銃声の方に、何かあるんですね」



 シモンは首肯するでもなく、ただ私のことを見ていた。

 この状況で、何があるかわからないほど鈍感ではない。



 「あなたと行きます。この先に、私が知りたいことがあるのでしょう」









 「お前たち! ああも僕を置き去りにするなんて!」

 「置き去りにしたのに最前線まで出てくるお前は何なんだ。仮にも部下からの気づかいだぞ」

 「そんな気遣いはいらん!」



 開口一番、アドニスの口から不満が飛び出す。いつも通りの無遠慮な物言いで言い返すシモンにシンデレラが唖然とする。

 普段から比較的気軽におしゃべりしているため忘れていたが、彼は一般市民からすれば雲の上の存在なのだ。それこそ式典くらいでしかその顔を拝めないほどに。だから歳が近いけれども高貴であるアドニスに対し売り言葉に買い言葉を返すシモンの姿は目を疑うだろう。実際アドニスについてきた若い騎士たちの中から悲鳴に似たどよめきが上がる。



 「それと、ほらよ」

 「きゃああ!?」



 シモンは目を白黒させていたシンデレラを抱き上げるとそのままアドニスに手渡した。

 あっさりと手渡されたアドニスは一瞬呆然としたが、すぐにシンデレラと見つめあった。

 再び周囲がどよめくが、二人はまるで気にならないようで言葉を交わすことなくただただ二人の世界に没入していた。

 初見の者の戸惑いは必死だが、舞踏会の警備も担当していたものからすると彼の夜の再来としてため息しか出てこないだろう。



 「これ誰かが無理やり連れていくか、殿下ひっぱたいて正気に戻すかしないと永遠に王宮に帰れなくないですか?」

 「ひっぱたく役なら俺がやるが?」

 「これ以上無駄にヘイトを稼がないでください」



 だがいちゃつくでもなくただただ無言で見つめあう二人の間に入っていける猛者は騎士たちの中にはいないようだった。

 一日千秋の思いで再会を望んでいたかもしれないが、こちらも暇ではない。アドニスの目から視線を外すことのできないシンデレラを後ろから無理に抱え上げた。



 「ひあっ、え、お義姉さま!?」

 「殿下。この子が私の義妹のシンデレラです。決して長い期間ではありませんが、私たちのかわいい義妹。どうぞ大切にしてやってください」



 目の前の美少女の顔が遠のいてようやく意識が戻って来たらしいアドニスは興奮冷めやらぬ様子でいい返事をした。



 「もちろんっ僕の最愛は彼女にささげるし、何においても彼女を僕の1番にすることを約束するよ」

 「結構なお返事嬉しく思います。であれば殿下ももうお分かりですね。彼女はほぼ見ず知らずの男に攫われ、雑に馬に乗せられ運ばれていたのです。シンデレラに掛かった身体的な苦痛、精神的な負荷は推し量ることもできないでしょう。ゆえに、彼女に今最も必要なのは愛の語らいなどではなく安全な場所での十分な休養。そう、まずはこの子を休ませてやってください」



 半ば凄むように一息で言うとアドニスは気まずそうに眼を逸らした。ただただシンデレラと再会できてうれしくてしょうがなかったのだろう。舞い上がるのは結構だが、それに付き合ってやる覚えはない。



 「そっ、そうか! そうだね、まずは彼女の身体が第一……! みんな、戻ろう。君は先に街へ戻って馬車の手配を!」



 方向さえ決まれば動きも早い。シンデレラのことはもう任せてしまっていいだろう。



 「俺とカトレアはまだ森でやることがある」

 「やること……? 犯人はこの目を潰された彼だろう。まだやることがあるのかい?」

 「その目を潰した奴が森にいるんでな。アドニスはシンデレラを連れて王宮へ戻れ。俺たちも後でそっちへ行く」

 「……何人か君たちに応援を回すかい?」

 「いらん」

 「だが、」

 「そう“視た”。俺たちだけで問題ない。お前はそっちの王太子妃に気をまわしてやれ」



 アドニスは真剣な顔でもの言いたげに口を開いたが、結局何言わず口を閉じた。

 大鷹で置き去りにした時もそうだったが、こういう時魔法使いと非魔法使いとの隔たりを嫌でも感じることになるだろう。

 魔法使いという職業がどれだけ生活になじもうとも、魔法使いとそれ以外では絶対的に見ている世界が違うのだ。その違いはどこまでも残酷で、決して同じものを見ることはできず、同じ価値観を抱くこともない。

 非魔法使いは常に、置いていかれる側なのだ。



 「もう少し何か言ってあげても良かったんじゃないですか」

 「なんの話だ」

 「殿下のことですよ」



 再び狼に乗って走り出したシモンをオオスカシバで追いながら声をかける。



 「1から10まで丁寧に説明してやれって?」

 「そういうわけでは……でも」

 「お前だってわかってるだろ。見えないものを説明するってのは時間を食う割に、実りがねえ。……ホント、一番最初に宮廷魔法使いなんて職業を作った奴は偉大だよ」



 話したところで、すべてが伝わるわけではない。むしろ語れば語るほど、非魔法使いにとってはわからないことが増えるだろう。真実にわかりあうことなどできない、と早々に諦めるのが、きっと賢いやり方なのだろう。無駄な労力は少ない方がいい。

 だがそれでは非魔法使いも魔法使いもお互いに、



 「でも、寂しいじゃないですか」



 置いていかれる、知ることさえできない非魔法使いも、理解されず、理解させようともしない魔法使いも。

 どちらもきっと、それは寂しい。



 「さっきお師匠も言ったじゃないですか。宮廷魔法使いという職を作った人はすごいって。それって魔法使いが非魔法使いの王様に掛け合って、お話しして作ったんでしょう? そこには対話があったんですよ」

 「…………、」

 「……もしあの野良魔法使いが、魔法使いとしてひどいことをこの国にしたら、きっとマジョリティである非魔法使いは私たち魔法使いを嫌悪し、忌避し、時に恨むこともあるでしょう。でももっと魔法使いのことを、魔法のことを、妖精のことを知ってもらえれば。きっと捉え方も変わってくるはずです」



 あまり考えがまとまっていなかった発言だった、口にするほど視界がクリアになっていく。知らないから怖いのだ。非魔法使いは魔法を恐れ、魔法使いは未だなき差別を恐れる。



 「今の野良魔法使いだけではありません。これからまだ現れるかもしれない未登録魔法使いや罪を犯した魔法使いが出てくる可能性だってあります。でもそのとき、魔法が何か、宮廷魔法使いとは何かがわかっていれば、一般市民に余計な混乱を与えずにすむかもしれません」



 シモンは振り向くことなく、狼を走らせていた。


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