27話 虫と鳩と銃声と
木々の中、茶色と緑の景色の中に輝く金色が踊った。
「うわああああああ!」
男の絶叫が響く。馬がいななき前足を上げると男もシンデレラもまとめて中に投げ出された。
「シンデレラッ!」
先遣に出していたすべての紙虫を重ね、シンデレラのもとへと飛ばした。
シンデレラの小さな体が白い紙虫に包まれる。一つ一つの身体は小さくとも、寄り集まれば人の身体一つ支えることも容易い。
「きゃああ!? え、え!? なになになになに!?」
「シンデレラ! 無事で、」
「シンプルにキモい!」
「シンプルにキモい!?」
自分にできる最速最良の手段で救出したにも拘わらず突然の罵倒。反射で出たような言葉に傷つく。傷ついた心を抱えオオスカシバから飛び降りシンデレラのもとへと向かう。羽虫たちは無事彼女を包んでいてくれたようで、擦り傷一つも折っていないようだった。虫たちはぞろぞろと箱の中へと戻っていく。
「カトレアお姉さまっ!」
「シンデレラ、無事でよかったです。もう大丈夫ですよ」
「私、私がバカなせいでお姉さまにも殿下にも、みんなに迷惑を……!」
泣き出すシンデレラを抱きしめ宥めすかしている私の視界の端では落ち着きなく歩き回る馬をシモンが捕まえているところだった。馬には罪はない。一方罪の塊、今回の諸悪の根源たる若い男はシモンの使い魔である狼に首根っこを噛まれ引きずられていた。
「なんにせよ、すぐに見つかってよかったです」
「本当に皆さまに申し訳ないです……」
「あまり気にしないでください。悪いのはシンデレラではなく、あの男なのですから」
うう、だがああ、だか、うめき声を上げ続けている男は狼に片足を乗せられまた汚い悲鳴を上げた。
「いったい何があったんですか。そしてこの男と面識は」
「彼は王宮の料理人だそうです。面識は、私にはありません。今回王宮からの遣いを騙り、私をお屋敷から連れ出しました」
「それはまた勇気のある……」
本物が迎えに行く同日に動くとは、知っていて騙しやすく思ったのか。よくよく見れば彼が身にまとっているのは王宮の使用人の制服だ。王宮の務め人だというなら、友人や同期がいれば制服を借りるのは決して難しいことではない。
厨房にもまま呼ばれるが、毎日が戦場と言っても過言でないあの場所の職員ともなると全員の顔は把握できていない。
ふと、狼が歩いた後ろに点々と血が滴っていることに気が付いた。
落馬したときにどこか怪我をしたのか、それとも狼の戯れで噛まれたのか。うめき声をあげる男は両手で顔を押さえていた。私が近づくと狼は獲物を口から離す。ぼとりと落とされた男は相も変わらず逃げ出すことすらなく倒れ伏している。
紙虫を片手に近づき様子を確認するため、顔から手を引きはがした。
「なっ……!」
男の眼孔は真っ赤に染まっていた。
ほとんど反射的に男を突き飛ばす。
見た瞬間理解した。男の両目はつぶされていた。
つい数分前までは馬を操り駆けていた。その後私の紙虫たちが追いつき落馬し、この狼に捕まった。
目がつぶれるようなタイミングはなかったはずだ。
「……違う、私たちが追いついたんじゃなくて、落馬したのが先だ」
私はシンデレラが投げ出されるのを見て紙虫たちを最速で飛ばしたのだ。あの時、男が悲鳴を上げたのは虫たちがシンデレラのもとへ行く前。虫に驚いて落馬したんじゃない。先に何者かに両目を潰されたのだ。
全身から血の気が引く。
馬に乗った状態から両目を潰された。そんな芸当を熟せるのは限られている。
「どうした、カトレア」
「お師匠っ……あいつが、あいつがいます!」
口にするのも悍ましい。いや、恐ろしい。
一目見てわかった。あれは枝に突き刺さったとか目に何か入った傷ではない。明確な敵意をもって抉られた傷だ。
私は知っている。
最初に目を抉られた私はロベリアとパトリシアの状態を見ていない。ほかでもない私もまた、潰された側であるため傷跡は見ていない。
だがわかる。この傷は、
「鳩……!」
ほとんど無意識に紙の虫たちを再び放つ。あたりは吹雪のように私の虫で埋め尽くされた。けれど虫など鳩からすれば食べ物でしかない。
本当につくづく相性が悪い。
首からかけたアミュレットを握り締めた。
「カトレア落ち着け! 虫を仕舞え! 俺もお前が見えん!」
「でもっ」
「鳩ごときに俺が負けるかっ!」
けたたましい羽音の間から聞こえるシモンの怒号に、少しだけ落ち着きを取り戻す。私と鳩なら、きっと負ける。けれど鳩に襲われ負けるシモンは想像もできなかった。
徐々に虫たちを箱へと戻していく。虫たちの隙間から、こちらへ向かってくる鳩の姿がないか、怯えながら。
「お義姉さま、いったい何が……!」
「……シンデレラ、馬から落ちる直前、鳩を見ていませんか」
「鳩、ですか。いえ、特に何も見ては……」
「……彼は鳩に襲われ目を啄まれたようです。シンデレラ、どうかああいった鳥には近づかないように」
しかしシンデレラに言ってから、無駄な心配だったかとも思いなおす。
前回も鳩は因果応報と言わんばかりに私たち一家を襲ったのだ。つまり鳥はシンデレラの味方。鳥に関しては杞憂に過ぎない。
あの時は、ただシンデレラに懐いている鳥に襲われたのだと思っていた。だが舞踏会の夜の邂逅からしてあの日私たちを襲った鳩は、野良魔法使いのものと思われる。
シンデレラの状況を慮って鳥たちが私たちを襲ったわけじゃない。野良魔法使いが鳩を操り、私たちを襲ったのだ。
今だってそうだ。鳩が男を襲ったのは気まぐれではない、シンデレラが危機に陥っていたからだろう。彼女を助けるために、野良魔法使いは鳩を飛ばしたのだ。
「……シンデレラ、話は変わりますが初めて野良魔法使い、銀髪の紫眼の魔法使いと会ったのはいつですか?」
「え、魔法使いさまですか」
野良魔法使いとの邂逅は街でガラスの靴を渡されたときだと思っていた。
1周目のときも、舞踏会の夜に初めて出会い、魔法をかけられたのだと思っていた。
「あの方と初めて会ったのはお母さまが亡くなった時でした。私がたった一人、天涯孤独となった時、あの方がいらっしゃって、私の父がデルフィニウム男爵だと知ったのです」
なんでもないように、シンデレラはそう言った。
もっと早くこのあたりのことを確認すべきだった、と心中項垂れる。疑問に思うべきところは今までも色々あったのだ。どうして実母実父の死亡後に出自を知ることとなったのか、どうして道で会った魔法使いから軽々しくガラスの靴を受け取ったのか。一周目においては、どうして魔法使いはシンデレラにわざわざ屋敷まで赴いて魔法をかけたのか。
シンデレラと魔法使いはもともと知人で、かつ魔法使いはシンデレラ以上に彼女のことを知っていた。
魔法使いは常に、シンデレラのために動いている。
「い、言ってませんでしたっけ……?」
「聞いてませんね……いえ、確認を怠ったのは私たちの方ですから」
改めて考えれば、今まで問いたださなかったことの方が不思議でならない。
眼孔から血を流しながら這いつくばる男を横目で見やる。この男はシンデレラに害をなしたらこうして目を潰された。シンプルな悪意ではない。ただ魔法使いはシンデレラのことを守ろうとしたのだろう。
ならば今の時点でシンデレラを助けた自分の目を潰されることはない、と言いたいところだが、そうも言っていられない。
『どちらの結末が正しいか、勝負しようじゃないか。意地悪な義姉、カトレア』
舞踏会の夜、魔法使いは私に対して堂々たる宣戦布告をした。
今回私はシンデレラの不利益となることを一切していない。それどころか、魔法使いが前回していたサポートのすべてを行い、今では彼女を王太子妃にまで無事導いた。
彼女に恨まれる覚えはない。
だがそれは魔法使いもわかっていたはずだ。そのうえであの男は私に絶対的な敵意を、悪意を向けた。
たとえ真意がシンデレラを守ることにあったとしても、障害になりかねないすべてを取り除く、などという過激な思想を持っていた場合私はまだまだ殺害対象だ。
「カトレア、大丈夫だ。近くに鳩も魔法使いもいない」
「お師匠……」
一通り虫たちを仕舞ったところでシモンが私とシンデレラの傍に立つ。見慣れた背中に少しだけ肩の力が抜けた。




