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意地悪な義姉は魔法使いにジョブチェンジしました  作者: 秋澤 えで


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25話 アリアドネ、追う

 「あれだけ動くなと言ったのに結局外出しているのか」



 呆れたようなシモンの言葉に何となく違和感があった。そうだあれほど外に出るなと、殿下が来るから家で待っていろと言い聞かせたのにも関わらず、私たちの追う金の糸は私の自宅ではなく、街の方へと伸びていた。



 「ちょ、ちょっと待ってくれ、どういうことだ? なんだか二人とも彼女と話したことがあるみたいじゃないか!」

 「あー……」



 つい動揺して口にしてしまったが、これでこの茶番は水の泡だ。一瞬取り繕うかと思って、すぐに諦める。どうせ茶番は茶番。無理に貫き通す理由もない。ちらりとシモンの顔をうかがった。

 半ば騙していたような茶番なのだ。私が言うよりもより付き合いのあるシモンの口から出た方がきっとマシだ。



 「いいかアドニス。お前があの舞踏会で延々踊り続けてた娘。あれはカトレアの妹だ」

 「カトレアの……!? ってことは前温室で言っていた自慢の妹が、彼女なのか」



 丸投げしようとするも一瞬で自分の手元に質問が飛んできてしまった。

 もはや腹をくくるしかあるまい、とため息をかみ殺す。



 「ええ、以前お話いたしました、腹違いの妹。シンデレラ・デルフィニウムです」

 「ではなぜ、こうして魔法を使ってまで彼女、シンデレラの居場所を……? 誰だかなんて君は最初からわかっていたのだろう?」

 「ですが最初からあれは私の妹ですなどと言えば、周囲からは私が先に妹を売り込んだうえ、今回の舞踏会という大掛かりな茶番を仕組んだように見えてしまいます。そう勘違いされてしまえばどれほど余計な恨みを買うことか……」



 すでにシンデレラは余計な恨みを買っている気がしないでもないが、今後はアドニスがきっちり守ってやることだろう。丸投げということなかれ、ここまで散々フォローを入れ続けてきたのだから。



 「それで今、このガラスの靴を使ってシンデレラの居場所を探っています。彼女には屋敷から出ないよう伝えてありました。ですが、今魔法の糸が伸びている方向は屋敷ではありません」



 金に輝く糸の先を見つめる。建物があるせいで見通すことはできないが、それは街の方へと向かっていた。普段ならシンデレラ街へ出ていくことも森へ出ていくこともそう珍しくない。だが今日に関しては散々言い含めてきたのだ。彼女自身、アドニスが迎えに来ることを楽しみにしていた。にも拘わらず彼女は今屋敷にいない。

 金の糸は不安定にゆらゆらと揺れていた。


 

 「……殿下、今日のところは一度王宮へお戻りください。やはり殿下に足を運んでいただくのではなく、後日私がシンデレラをお連れ致します」

 「なぜ! ようやく彼女の正体が分かったのに!」

 「今シンデレラがどこにいるかもはっきりしないのに殿下を連れまわすわけにはいきません」



 さすがにこれ以上アドニスを連れて行きたくはなかった。王太子がわざわざ迎えに行くというのも通常あり得ないのに、告知したうえでそれを無視して外出するなど無礼すぎる。



 「……彼女には、シンデレラには僕が会いに来ることは言ってあったんだよね?」

 「ええ、重々」

 「彼女は本当に自分の意思で外出したのかな」

 「……さあ、どこか抜けているところがある子なので、突然思い立って外出するに至ったのかも、」

 「僕の自惚れじゃなきゃ、彼女は僕が来るのを待ってるはずだ。実際、カトレアもそう思ったから僕を屋敷へ連れて行くつもりだったんだろう?」



 いつも通りつかみどころなくいてくれればいいのに、どうしてか青色の瞳は逃げることを許さないように私を射抜く。



 「……アドニス、心配なのはわかるがデルフィニウム家には俺の使い魔たちがいる。シンデレラが万が一にも攫われるようなことはない」



 澄ました顔で助け舟を出すシモン。

 シモンの言う通り、デルフィニウム家には今複数の大きな使い魔が見張っている。

 デルフィニウム家を外部の敵から守るように。

 件の野良魔法使いが近づいてきたらすぐにわかるように。



 「じゃあどうして二人とも、ローブの中で何かいじってるの? カトレアに至っては袖から何か白いものがたくさん出て飛んで行ったよね?」



 目ざとさに思わず硬直してしまう。

 ばれないように、ローブの中に手を入れたまま虫箱から紙の虫を飛ばしていたのだ。目線の引く場所でもないため、油断した。見られた虫たちは戻したところでもう意味はない。



 「……二人とも、不安なところがあるってことでいい?」

 「ああ、ああ、そうだよ。だから今日のところは帰れ」



 うんざりしたようにシモンがアドニスをしゃくる。あんまりな態度に護衛で来ていた騎士たちが色めき立つが、アドニスが片手で制した。



 「彼女に何かあったかもしれないのに、このまますごすごと帰れるわけないだろ」

 「彼女に何かあったかもしれないのに、そんな場所に王太子殿下を連れていけるわけないだろ」



 シモンの正論に激しく首肯する。

 シンデレラが行方不明になっていいという話ではない。本人以外に替えが利かず、万が一のことでもあろうものなら国の根幹を揺るがしかねない事件となるのだ。

 王太子という身分は、この国の誰よりも重いと言っても過言ではない。



 「確かに俺はデルフィニウム家のために使い魔を置いていた。件の野良魔法使いを近づかせないこと、誰にもデルフィニウム家への侵入を許さないこと。この二つの指示を出した。だが思えばこの指示には抜けがあった」

 「抜け?」

 「指示をピンポイントにしすぎた。そのせいで野良魔法使い以外に使い魔が反応しなかった。そして一番に、“侵入”という部分だ。……デルフィニウム家の誰かが屋敷内に招いたら、それは“侵入”ではない。もしくは外から呼びかけ、シンデレラ自ら屋敷の外に出るようはめられた場合、使い魔はそれを異常事態とは認識しない。俺のミスだ」



 悔しそうなシモンを慰めるように妖精たちが彼の周りを飛び回る。ある者は小さな手で頭を撫で、またある者は助力しようと金の糸をたどって飛んで行った。

 アドニスの説得はシモンに投げ、先に放った紙の虫たちの情報を吸い上げていく。金の糸は街中を抜けて、さらにその先の森へと向かっているらしい。


 

 「ならやはりすぐにでも助けに、」

 「アドニス。夢を見るのは結構だが、いい加減地に足をつけろ。自分の貴さを自覚しろ。お前は動く人間じゃない。動かす側の人間だ。お前はただ、俺たちに指示を出せばいい。“シンデレラを見つけ出せと”。そして俺たちを正しく動かすべく、お前は王宮で座して待て」

 「彼女が危険に晒されて、君たちをさらに送り出そうとしているのに、僕はぬくぬくと王宮にいろと。そう言うのかシモン」

 「そうさ。それがお前の仕事だ。駒が揃ってるのにキングを前線に出す奴はいねえ」



 シモンの言葉はきつい。だがすべて正論だ。むしろアドニスの方が平静を失い、常の判断能力がない。少しでも現実が見えていれば、こんなことは言わないはずだ。むしろ普段の彼は判断に一切の情を挟まず対外的な理屈を通す。それこそ今回の舞踏会に関しては馬鹿馬鹿しいとしか言えないが、それでも理屈や屁理屈を振りかざし、論理的に押し通って見せた。



 「冷静になれアドニス。お前が行って何になる。俺はどんな奴が出てきても対応ができる。カトレアは妹の居場所がわかる。お前が前に出て何ができる」



 虫からの情報の集約に必死になっている、という体を取って、二人の会話は聞こえていないふりをする。

 これが喧嘩、というのが正しいのかわからないが、ここまで二人の間に剣呑な空気が漂ったのは初めて見た。普段はシモンが怒ったとしても、アドニスは柳のように躱すだけだ。

 だが今日のアドニスは退かない。いや退けないのだろう。それほどまで譲れず、シンデレラのことが心配なのだろう。

 ただ剣呑な雰囲気に周囲が気づき始めている。ここは王宮でも魔法棟でもない市街地だ。当然一般市民の目がある。この国の王太子に詰める若い魔法使い、というのは事情を知っても知らなくても異様な状況だ。

 どうかアドニスには早々に折れてもらいたい。見ているだけで胃が痛い。


 先頭を飛んでいる虫の情報を吸い上げていると、ノイズ交じりの映像の中にここ数か月ですっかり見慣れたプラチナブロンドがちらついた。



 「見つけた! 街を越えた森の中です!」

 「よかった……! 彼女は無事かい?」

 「たぶん……?」

 「たぶん!?」

 「いえ、虫たちの情報なのでとにかく映像が荒くて……!」



 虫の形をした使いだからこそ、あらゆるところに入り込めるし、人目に晒されず飛ぶことも可能。だがその一方で一つ一つの作りが簡素かつ極小。そのためシンプルに機能が荒い。機動性に全振りしているため詳細の情報までは拾えないのだ。



 「一人か?」

 「いえ! 誰かいます! ……馬? ロバ? 何かに乗って移動しているようです」



 ぐ、と意識を集中させて目を凝らす。四つ足で走る茶色の生き物。その背で揺れるプラチナブロンドと水色のスカート。色の位置からして背にまたがっているのではなく横向きに抱えられている、あるいは乗せられていることがわかる。つまり手綱を持っているのは前に乗っている何者かだ。


 危惧した通り、シンデレラは自らの意思で外出したわけではなさそうだ。

 そして同時にシモンにだけ耳打ちすればよかったと自らの失策に歯噛みする。アドニスは色を失い唇を戦慄かせていた。

 指示を仰ぐようにシモンを見ると、彼は一度だけ頷いた。



 「……わかった、追うぞ」



 シモンはそう言うや否や手を振りかぶった。



 「ちょ、ここまだ街中っ」



 あたりを光が包み込み風が吹き荒れ、砂が落ちていた枝葉が舞い上がる。周囲からは状況を把握できない人々から悲鳴が上がる。

 フォローに回ろうとしたところで上から伸びてきた手に腕を掴まれる。



 「いったたた!? 肩抜ける!」

 「この程度じゃ抜けん。行くぞ」

 「いや、そんな、」



 シモンに大鷹の背へと引っ張り上げられ、下を見る。

 アドニスは護衛騎士にかばわれ、動くことができず、砂埃のせいで目を開けることすらできない。

 あたりはめちゃくちゃな騒ぎだが、店先に商品を出しているような店はちょうどなく、物的被害はほぼない。居合わせた人々は何が起きたかまではきっと把握できない。

 状況を正しく把握できるのは、きっとアドニスだけだろう。


 大鷹は高度を上げていく。

 一刻も早くシンデレラの保護に向かわねばならず、件の野良魔法使いが絡んでいる可能性がある以上、王太子を守りながら抗戦することはいくらシモンが天才だとしても荷が重い。

 こうして無理やりアドニスを置いていくことは、最適解だった。

 もはや姿も見えなくなった地上から視線を外して、街を越えた先の森を見つめた。


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