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意地悪な義姉は魔法使いにジョブチェンジしました  作者: 秋澤 えで


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24/41

24話 宮廷魔法使い、金糸

 王宮のある一室、政府の上役の面々が固唾をのんで私たちを見ていた。



 「大変お待たせいたしました、殿下。ただいまよりガラスの靴の君を追跡させていただきます」

 「ありがとう、よろしく頼むよカトレア」



 一晩明け、すっかり調子を取り戻した私は今度こそガラスの靴を手に取った。私が発注した美しい彫刻の施された靴だ。見間違えることもない、正真正銘シンデレラの靴。

 真剣な面持ちのアドニス。同じく緊張したような騎士や文官たち。今にもあくびをしそうなシモン。

 茶番に次ぐ茶番に、私の感覚としてはすでに慣れ始めていた。最初から茶番なんてわかっていたのだから、といい加減割り切る。

 むしろ茶番でいいのだ。命のかかった現実に、ドキドキもハラハラも必要ない。大切なのは堅実、確実、安定だ。すべてシナリオがわかっていて、それに従うことができたならそれに越したことはない。



 「……追いかけて、ランプ・ブラウニー」



 祝福を受け、簡易に使うことのできる魔法のため、魔法使い以外の目を気にすることもなく魔法を行使できる。すぐそばにいるブラウニーもあえて姿を見せることはしない。

 魔法をかけたガラスの靴が輝くと騎士や文官の中からどよめきが上がる。簡単な魔法でもこういった反応を貰えるとなんだか得意になれる。よく周囲から言われるが「腐っても魔法使い」だ。


 だがそれと同時に一抹の不安も脳裏をかすめる。以前シモンが言っていたことだ。

 魔法使いが魔法を行使し、人を傷つけたなら世間の態度は一変するだろう。

 見えない力で助けてくれる魔法使いから、見えない力で人を害する恐るべき魔法使いへ。

 不穏な思いを振り切り、ガラスの靴の表面を撫でた。

 淡い光をこぼす靴から、黄金の生糸のような光がどこかに向かって伸びていく。細い糸が見えるのは魔法使いだけで、私とシモンだけが王宮の壁を貫き外へと伸びていく光の糸を目で追っていた。



 「持ち主の方向は分かりました。光の先に例の彼女がいます」



 光の先は無論私の家、デルフィニウム男爵邸だ。昨日シンデレラには家から出ないように伝えている。きっと今頃はドキドキしながら自宅で待っているはずだ。



 「どうするアドニス。今から俺たちで迎えに行って、王宮へ連れてくれば良いか?」

 「いや、この前は王宮に来てもらったんだ。今度は僕が迎えに行くよ」



 シモンがちらりと傍に控える文官を見る。力なく首を横に振る彼ら。それは行かせるなという否定ではなく、もはやどうにもならないから好きにしてくれ、の意だ。シンデレラさえ見つかればこの騒動もひと段落つくし、浮足立つ王太子を地面という名の現実に連れ戻すこともできるだろうと、といったところだろう。






 「……わかった。だが多少なりとも時間はかかるから覚悟はしておけ」

 「もちろんさ! 大事なことに労力と時間を惜しむつもりはないよ」



 期待に満ちた青い目が輝く。なるほど浮足立っていてうずうずしているようだった。

 数人の護衛だけ残して上役たちが部屋を去る。彼らも様々な思いがあるだろう。きっと彼らの娘たちもまた、かの舞踏会に参加していたのだから。

 踊ることすらできず袖にされ、その後の王太子妃候補探しなど、彼らからすれば苦苦しく思うよりほかにない。いっそ、このまま見つからなければいい、だなんてどれだけの者が願っているだろう。


 糸を伝い歩く、私の後ろをアドニス、護衛の騎士たち、そしてシモンが続く。

 なかなかに滑稽な一団だ。それも私というポンコツ魔法使いが先導するというイレギュラー。人探しでなければ私のような末席がこんな風に人の前を歩くことはない。

 宮廷内を並び歩くと、なんだなんだと視線を感じる。なんで殿下がこんな狭い廊下を歩くのだ、という疑問は先頭を歩く魔法使いのローブがかき消す。魔法使いが絡んでいるとなると、もはや常人の理解の範疇を超えるのだ。行動の理屈など、考えるだけ無駄なのだから。



 「その、すいません・こんな道を歩かせて」

 「いいや、構わないよ。僕には見えないけど、君だって魔法の導くままに歩いてるんだろう」

 「ええ、まあそうですが。もうちょっとスマートに案内出来たらいいんですけど」



 どこであろうと、対象と縁のある物品があれば、縁を結んだ人のところまで追うことができる。ただのもの探し、人探しの魔法だが、その一方で縁は簡単に切ることのできるものじゃない。よって相手の意志など無視してどこに居ようと私は見つけ出すことができるのだ。

 底辺魔法使いの家事魔法だが、使いようによっては大きな力になる。それは、人を傷つける、傷つけないに問わず。

 ただ決して万能ではない。



 「それこそ、道に沿って案内できると良いんですけどね。この魔法は壁があろうと川があろうと、一歩先が崖であろうとまっすぐ持ち主のところまで光の糸が伸びていくんです。なので結局人が通れる道を探さないといけません。道案内まで全部してくれるとありがたいのですが」

 「もしそれができたら便利だね。でもそれはあんまり浪漫がないな」

 「浪漫?」

 「ああ。妖精が力を貸してくれるのが魔法なのに、道案内までしっかりされちゃあ、人間に忖度しすぎてる。意地の悪さがあっての妖精じゃないか」



 そんなものか、と考えてみる。

 私にとっては使い勝手がいいような悪いようなツールだと思っている。

 妖精たちの機嫌が良ければ、あるいは相性のいい妖精であれば自分の好きなように動いてもらうことができる。だが妖精の機嫌が取れなかったり、底意地の悪い妖精を引いてしまった時は悲惨だ。言うことを聞いてくれると思ったら裏切られたり、そもそも存在すら無視されたりと、対応はピンキリだ。

 ツールだと思うからこそ、そこに浪漫を感じたことはなかった。ツールだからこそ、常に自分の思い通りに動いてほしい。残念ながらセンスも能力もない私の言うことを聞いてくれるのは本当に一握だけなのだが。



 「浪漫なんてないくらいがいいさ。奴らの自由さと理不尽さを思えば浪漫だなんざ笑えない」

 「君なんて浪漫の塊じゃないか、シモン。妖精に選ばれ、あらゆる精霊、妖精から愛される。まるで物語の主人公のようだ」



 不満げに口をとがらせるシモンの周りを、くすくすと笑い飛び回る妖精が数匹いた。愛されすぎるシモンの傍らには必ず妖精の姿がある。



 「物語ならいい。だが実際現実でチェンジリングなんてされてみろ。迷惑以外の何者でもない」

 「……君はもう取替え子にはなりえないだろう。いくつだよ」

 「良いか? 奴らにとっちゃ3歳も30歳も変わりゃしないんだ。三十路手前でチェンジリングさせられかかる俺の気持ちがわかるか?」



 目も当てられない。余計なことを言いかける口を噤んで金色の糸に集中した。

 妖精が理不尽というのは重々承知だが、愛されすぎるが故の迷惑もあるのかと同情する。人と違う価値観を持ち、純粋な理不尽、邪悪な善意を笑顔で振りまく彼らは、好かれた者こそ迷惑を被るのだろう。無視されがちな私はきっとましな方だ。



 「ちなみにどうやって戻ってきたんですか? 師匠が師匠じゃなくなってるところ見たことないんですけど」

 「一晩しないうちに気づいて妖精ぶん殴って自力で戻って来てる」



 思った以上に夢のない返答だった。いや、翌朝出勤してきた上司が別人でそれも妖精になってたらパニックどころの話ではないのだが。



 「状況は浪漫の塊なのにやってることが森の賢者なんだよね」

 「ゴリラって敢えて言わないのは煽ってんのか?」



 茶番なのは分かり切っているため私たちの緊張感が王宮を出たあたりで霧散した。もはや個人的におしゃべりするような内容になっている。私たちは慣れたものだが、騎士たちはそうでもなく、目を白黒させながらハラハラしていた。


 王太子相手に、冗談といえど不敬な発言をする臣下。通常で考えれば一発不敬罪なのだが、一方はこの国一番の宮廷魔法使い。どちらも一騎士からすれば雲の上のような存在である。

 何よりこの二人は子供の時から交流があり、お互い幼馴染のようなものなのだ。この程度の軽口は日常茶飯事。騎士たちはシモンのことを注意するにできず、ただおろおろと二人の間で視線を右往左往させていた。

 王宮から出て街へ入る前に、シモンが何事か呟く。すると何もなかった彼の手には一枚の藍色のローブが握られていた。



 「アドニス、こっからはこれを被っていけ。道中でどれだけの衆目に晒されるかわからん。簡単でいい、顔を隠しておけ」

 「ありがとう、シモン。ちなみにこれにも何か魔法が掛かってる?」

 「ただのローブだ。顔さえ隠れていればいいんだ。フードを被っていればいい」



 そっかぁ、などと少し残念そうなアドニスにむずむずする。無から有を生み出す魔法は、シモンだからこそできる高等技術なのだ。本来ならできないはずのそれを片手間にやって見せる彼はまさに選ばれた者なのだ。アドニスはその価値に気づいていないようだが、ここにローブを生み出したという事実そのものが奇跡に近い偉業なのだ。


 街に出てからも、数人がぞろぞろと歩く姿は目を引く。何やら囁かれたり、指をさされたり。今に始まったことでもないため気にも留めないが、後ろの王太子がいるというだけでドキドキしてしまう。

 私たちのことを好き勝手に批評するのは結構だが、その中にはかの王太子が含まれていることに誰も気づかないし想像もしない。


 にぎにぎしい街中を、一本の金の糸が貫いていく。舞踏会前の狂騒ともいえる忙しさは感じないが、それでも十分に活気が漂っていた。

 金の色を辿りながら、私は足を止めた。



 「……お師匠」

 「どうしたいきなり。糸は続いてるだろ」



 足を止めた私にシモンが覗きこむ。私の手には確かに手繰り寄せた金の糸があった。引っ張られすぎもせず、持ち主の動きに合わせてぴくぴくと動く。



 「……糸が動いています」

 「持ち主が多少移動すれば、そりゃ動くだろうさ」 

 「違います。これは、動きすぎています」



 嫌な汗が背中を伝う。

 こんなはずではなかった。

 シンデレラには家でおとなしくしているよう再三言ったのだ。なのにどうして、ここまで激しく金の糸が揺れるのか。



 「彼女は、シンデレラは今、移動しています」


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