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意地悪な義姉は魔法使いにジョブチェンジしました  作者: 秋澤 えで


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23話 男爵家、最終調整

 巨大な鷹に、小鳥や小動物たちが一目散に逃げていく。なるほど鳥は鳥でもいい鳥もいるものだと一人頷く。自分が乗れるくらいの大鷹ならば、私の目をえぐることはないだろう。このサイズ感なら抉る間もなく一飲みだ。

 嵐のような羽ばたきをやめ、男爵家の裏手に着地する。

 そして例の如く、裏口から小鳥にパンくずをやっていたシンデレラがあんぐりと口を開けて固まっていた。

 鳥に餌をやるなと何度言ったらわかってくれるんだシンデレラよ。



 「カ、カトレアお義姉さま!?」

 「ただいま、シンデレラ。え、ちょ」



 このまま話し出そうとしたところでシンデレラは踵を返し屋敷の中へと駆け込んでいった。



 「なんだ。実は嫌われているのか?」

 「死活問題みたいなこと突然言わないでください」

 「妹に嫌われるのは死活問題なのか」



 うち反射的に返事をしてしまったが、デッドエンドからの人生2周目という事実を知らないシモンからすればただのシスコンだ。



 「お姉さま―お母さまー! 空からカトレアお姉さまがー!」



 外にまでしっかり聞こえるシンデレラの叫び声。嫌われているわけではないらしい。

 屋敷の中からはどたどたと騒がしい音が聞こえる。



 「そういえば、屋敷に使い魔を置いてくださっているとおっしゃっていましたが……屋根の上のあれですか」

 「あれだ」



 屋根にしがみつくように覆い被さっている灰色の生き物。ゴーレムのように見える。ぱっと見この屋敷が呪われているように見えるが、あれでいて守ってくれているらしい。非魔法使いにはその存在を視認もできないが。見る者が見ればぎょっとする。少なくともとんでもなく立ち寄りがたい家になっている。



 「あれのほかにも煙突、庭、地下にもいる」

 「モンスターハウス……」

 「野良魔法使い除けには十分だろう」



 彼らはすべてシモンの遣い魔でこちらのことを守ってくれる者たちだが、いかんせん見た目があまりに禍々しい。ぎょろりと大きな目で見下ろされる。



 「カトレアッ……!」



 緊張感のない会話をしていたら屋敷から母、ロベリアが飛び出してきた。そしてそのまま抱きしめられる。



 「ただいま帰りました、お母さま」

 「無事でよかった……! 怪我は? 痛いところはない?」

 「ええ、なんともありません。頗る元気です。心配をかけてしまい申し訳ありません」

 「ええ、ええ、無事ならそれでいいの。私はお前がまた死んでしまうんじゃないかと……」



 悲痛な声をこぼしながらハラハラと涙を落とす母にようやく三日間も寝ていたのだという認識が戻ってくる。厳格で身だしなみの崩れなど許さないはずのロベリア。だが今は髪はわずかながら崩れ、顔色は悪く、肌荒れを起こしていた。



 「カトレア、あなたも例の野良魔法使いに会ったの?」



 ロベリアの背をさする私にパトリシアが聞く。彼女は良かった良かったと嗚咽を漏らすシンデレラを片手間に宥めているところだった。ロベリアとシンデレラが取り乱しているのに対し、パトリシアは相対的に落ち着いている。



 「ええ、銀髪紫眼の野良魔法使いです。お姉さまがおっしゃっていた者かと」

 「ふうん、そう。一発くらいくれてやった?」

 「えっ」



 パトリシアらしからぬもの言いに瞠目する。耳を疑うも泣くロベリアとシンデレラの耳には届いておらず、シモンはほぼ初対面のため常を知らない。



 「一発くらい入れてやった?」

 「も、申し訳ありません……? その、力及ばず、一方的にのされるだけで……不甲斐なく、恥ずかしいばかりです」



 聞こえていなかったわけではないが、一言一句たがわず再度問われ、しどろもどろに返事をする。

 一発ってなに。拳か。無理だよ。



 「いいえ、無事で何よりだわ。その野良魔法使いは逃げ帰ったのよ。あなたを寝かせるだけで。なら今度はこちらが追撃するべきでなくて?」

 「お、お姉さま……? なぜこちらから仕掛ける前提で……?」

 「あら、貴族たる者、虚仮にされて終わり、なんて許すべきではないわ。そうは思わない?」

 「え、ええ……」



 普段から貴族だということはほぼほぼ忘れて過ごしている私としては何も言い返す言葉がない。確かに気位高く、誇りある貴族からすればどこの馬とも知れぬものに虚仮にされては黙っていられないだろう。だが私は普段から下っ端として使い走りをするポンコツ職業婦人。正直虚仮にされても何も心が動かない。見逃してもらえてラッキー、くらいしか本当に思っていない。

 普段の私の様子を知っているシモンはニヤニヤと私たちを眺めている。普段はお喋りなくせに今回は完全に観戦を決め込んでいるらしい。見世物じゃない、とはっ倒したくなる。



 「パトリシアお姉さま、相手は得体のしれない魔法使いです。あくまでも慎重に、あくまでも方法を選び熟考したうえで次の手を考えなくては」

 「その牛歩は飛ぶ鳥よりも早いのかしら?」

 「うっ」



 あながち間違ってもいない指摘に呻き声をあげてしまう。正論だ。パトリシアの言うように追撃をしなくとも、何らかの対策は行ってしかるべきだ。



 「とりあえず、現状私だけでどうにかできるものでもありませんし、王宮への不法侵入等々のこともありますので、もっと人を動員させてもらえると思います」

 「あら」

 「ですので、お姉さまもいろいろ思うところがあるかとは思いますが、なにとぞ、命大事にご無理をしないようお願いします」



 やたらと好戦的なパトリシアに戦々恐々とする。

 先ほど見た通り、男爵家はシモンの遣い魔たちによって守られている。決して野良魔法使いが来ても扉を開けないようにも徹底している。だが内側から招いてしまえば話は別だ。今のパトリシアでは売り言葉に買い言葉で屋敷の中へ招く言葉を口走る、あるいは自ら外に出ていきかねない。



 「シモンさん、どうか娘をよろしくお願いします……!」

 「ええ、私の傍にいてくれるなら、必ず何者からでも守りましょう」



 少しパトリシアと話していただけで、何やら背後から外堀を埋める声がする。

 不満があるわけではない。決して。だが私はまだ一度も結婚するとも何とも言っていないぞ。本当にこれ、気が付いたら逃げ道がなくなっていそう。パトリシアからのジト目には気が付かないふりをしておく。私は何も見てないし聞こえていない。

 それと同時に自宅へ帰ってきたもう一つの理由を思い出す。



 「シンデレラ」

 「カトレアお姉さま……?」

 「舞踏会はどうでしたか? 随分と長いこと殿下と踊っていたようですが」



 目元を赤くしていたシンデレラの顔が、湯気が出そうなほど真っ赤に染まる。



 「え、ええと、その、殿下は、とても素敵な方でした……」



 私の心配は杞憂だったようだ。

 王太子はシンデレラに一目ぼれするし、シンデレラも王太子に一目ぼれする。その結果は何も変わらなかった。前回と同じように、つつがなく、シンデレラのためのハッピーエンドは進んでいく。

 ここまではすべてうまくいった。イレギュラーはあったものの、二人は相思相愛になり、ガラスの靴を忘れていったシンデレラのことをアドニスは探している。


 あとはシンデレラをアドニスに見つけさせ、ゴールインさせるだけ。シンデレラはここにいる。アドニスに、彼女の正体が私の義妹であったことを伝えて、そのまま屋敷へ案内することもできる。逆に何も言わず魔法を使い、ガラスの靴からシンデレラの居場所へ案内してもいい。少なくとも、前回のように「このガラスの靴を履けるものと結婚する」なんて非効率的でトンチキなことはさせない。舞踏会でも各所に迷惑をかけたのに、重ねて迷惑をかけることはできない。



 「あなたも気に入ったなら、なによりです」

 「気に入ったなんてそんな恐れ多い……。でも、ええ」



 はにかむシンデレラに視線を奪われた。



 「私、あの方のことが知りたいです。何が好きで、何が苦手か。何が大事で、何を想うのか。どんな風に笑って、どんな風に怒るのか。私、あの方のすべてが知りたいです」



 恋する乙女というものは、かくも愛らしいものなのか。

 頬を染め、口元を緩ませる。幸せそうな様子に思わず感嘆した。どれだけ私が魔法をかけても、どれだけ繊細な化粧を施しても、心の底からあふれ出る幸福の微笑にはかなわない。



 「カトレアお姉さまもそうでしょう?」

 「……えっ、私?」

 「ええ、だって後ろの方はお姉さまの恋人なんですよね?」

 「まさか! あの方は私の師で上司ですよ」



 きらきらと瞳を輝かせるところ悪いが、現状の私たちは師弟で、ただの上司と部下だ。たとえ外堀を埋められようとも、家族から懐柔されようとも。

 シンデレラは不思議そうに首を傾げる。



 「上司と部下……? 目覚めた時にすぐ駆け付けられるように王宮内の自分のお部屋にとめていたのに……?」

 「責任感のある優しい上司です」

 「お姉さまを眠らせた魔法使いさまを見つけ出すために尽力してくれて、さらに家族である私たちにさえ気を配っていただいているのに……?」

 「優秀で人の心のわかる上司です」



 解せぬ、という顔をやめろシンデレラ。

 ただ今のシモンとの距離なら私の発言は耳に届いているはずだが、何も言ってこないということは異論はないということだろう。今は。

 外堀を埋められようが何だろうが、無事にシンデレラがアドニスと結婚し、デルフィニウム男爵家の面々の視力の無事が確認できて初めて、私は私のことをまとも考えることができるのだ。



 「シンデレラ、よく聞いて。殿下はあなたのことを探しています。あなたが会場に置いていったガラスの靴から、魔法であなたの居場所を探るよう指示が私に出ています。そのため、明日、殿下の前で魔法を使い、あなたのことを迎えに行きます」

 「お義姉様はとうに私の正体を知っているのに?」

 「あれは私の妹です、とは言いづらいのです。大人の事情的に」



 シンデレラが首を傾げるのも当然だ。アドニスには悪いが最初から私は謎の美しい貴族令嬢が誰だかなんてことをわかり切っていた。それでもなお素知らぬふりをしているのは私が直接「あれは私の妹です」と言ったなら私が妹をアドニスに焚きつけた、あるいは私が紹介したように周囲から捉えられかねない。そのため形だけでも王子が魔法使いに人探しを頼んだというものにしたいのだ。

 茶番に茶番を重ねている自覚は十二分にある。



 「一応いつも通り魔法は使うので、あなたがどこにいても見つけ出すことはできます。ですが殿下の希望によってはそのままシンデレラの元へ行くので、できれば屋敷にいてください。その方がきちんと殿下をお迎えできるでしょう」

 「わっわかりました! 殿下がおうちに……」



 明白に浮足立つシンデレラにつられて私まで嬉しくなる。間もなく、シンデレラは屋敷を出ていくし結婚するし、恨まれることもない私たちも視力を失うことなく生きていける未来がある。



 「ど、どのようにおもてなしすればよろしいのでしょう!? どうすれば高貴な方にご無礼なく振舞えるのでしょう!?」

 「シンデレラ。貴族らしい立ち振る舞いは何度も教えたはず。お前が覚えた通りにやればいいのよ。たとえ粗相があったとしてもお前ができうる限り礼を払っているとわかれば、お叱りを受けることもない。王太子殿下がそこまで狭量であることはないでしょう」



 ロベリアがシンデレラに毅然と声をかける。

 シンデレラに対するマナー講座はすべて母ロベリアが執り行っていたと聞いている。もともと良家の出身であるロベリアであれば、きっと非のうちどころのない教えをしていることだろう。

 舞台は整った。あとはアドニスをシンデレラに引き合わせるだけだ。



 「カトレア、一旦王宮の方に戻るぞ」

 「ええ、ですが一晩だけならこっちの屋敷にいても変わらない気がしますよ。警備も全部お師匠が対応してくれますし」

 「俺が心配だから目を離したくない。これ以上の理由が必要か?」



 照れるでもなく茶化すでもなく、真剣にこう言われてしまえば返す言葉が見つかるはずもない。

 屋敷に来た時と同じように、大鷹に乗せられ、私たちは再び空のなかを進んでいった。


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