第8話
朝食を食べ終え、部屋に戻ると時刻は9時を回っていた。
11時には村の中央広場に集められる。それまでに海の様子を見ておこうと思った。昨日の父の話によれば、かなりの干潮らしいが実際はどうなのだろう。
身支度には時間はかからない。どうせ儀式のときには、下着一枚になるのだから。
崖の周辺には、人だかりができていた。静かに海を眺めて、リラックスしたかったので、人の多さに辟易した。せめて他人を視界に入れずに海を見ようと、崖の先端めがけて歩いていくとダイの姿が目に映った。
ダイは、崖からおちるんじゃないだろうかというぐらい端に立っていた。僕は、昨日のことがあったので話かけづらかった。かといって引き返すわけにもいかず、ただその場にたたずんでいた。
ふと、ダイがこちらを振り返った。僕は今さら逃げることなどできないので、やっとのことで声を絞り出した。
「海の様子はどうだい?」
僕は言った。
「自分で見ればいいだろう。」
ダイが言った。
僕は、ダイの隣まで移動し、海を見下ろした。その光景は驚愕だった。潮が、引いていた。今までみたことのないくらいの引き潮だった。普段よりも水面が遠く感じられ、岩場も水面よりも多いくらい目立っていた。よほどピンポイントで飛ばなければ成功しないだろう。
「チャンスだ」
ダイが言った。
「チャンス?」
思わず、心の声が漏れた。
「こんな悪条件で飛べる奴は俺しかいない」
ダイは言った。
「それは君の言う通りかもしれないが、そこまで危険をおかす必要はないじゃないか。もっと潮が満ちるまで待てばいい。今日の状況なら、満潮でも飛ぶことができるのは、僕と君だけじゃないか。」
僕は言った。あまりにダイの声色が真剣だったので、すこし心配になった。昨日といい今日といいダイの様子がなんだか変だ。
「儀式についてどう思う?」
ダイが言った。
昨日と同じ質問だ。
僕は思っていることを正直に伝えた。
儀式なんてくだらないこと。度胸のあるなしで将来が決まってしまうのは馬鹿げていること。そんな価値観を正しと思い込んでいる大人達を軽蔑していること。そいつらの仲間になりたくないから、飛ぶことに抵抗があること。でも、村で生きていくためには飛ぶしかないこと。
昨日言えなかった分まですべて話した。ダイには、僕の悩みを正確に理解し、受け止めてほしかったし、またそうしてくれるだろうと期待していた。
ダイは僕が話している間ずっと下を向いていたが、僕の言葉をすべて聞き終えるとおもむろに顔を上げて、ゆっくりと、そしてはっきりと言った。
「やっぱりお前の悩みなんてクズさ。」
昨日とおなじセリフをもう一度言われたので、今度は驚きよりも怒りがまさった。
「僕のかんがえていることの何がそんなにおかしいんだ?」
「お前はダダをこねているだけさ。」
ダイは言った。
「俺も儀式はおかしいと思う。だけど、俺とお前は違う。俺は変える。。この村を、この儀式を改革する。ただ文句を言ってるだけのお前にはあきれるよ。何が生きていくためには飛ぶしかないだ。結局自分も既得権益側に回るだけじゃないか。それに、お前は度胸に価値は無いとうそぶきながら、飛べないやつらを心の奥底では馬鹿にしているんだ。自分はあいつらとは違うって得意になっているんだ。そうだろう。」
「自分でもわかってるさ、そんなこと。」
ダイに指摘されたことがあまりに的確だったので、そう言うしかなかった。ムッとしたが、不思議とやっぱりこいつは俺のことよくわかってるなと、うっすら嬉しかった。だが、やられっぱなしでいるのも悔しかったので切り返した。
「言ってることはご立派だよ。改革。うん、すばらしいよ。でも、そんなことどうやって実行するんだい。どうしようもないじゃないか。」
「だから、俺は今日、儀式が開始してすぐに飛ぶ。」
ダイは言った。
「ここまで危険な状況で飛んだ奴は、今まで誰もいないだろう。だからこそ、成功すれば俺はカリスマになれる。他の役員連中とは段違いの求心力をてにすることができる。そうすれば時間はかかるが徐々に変えていけるさ。とにかく今日は力を手に入れる絶好のチャンスなんだ」
「本気で飛ぶつもりなのか。」
僕は言った。
「ああ」
そのたった一言でダイが真剣なのが、僕にははっきりと分かった。
「だめだ、あまりに危険すぎる。もう、崖の下にはほとんど海水がないじゃないか。もし、岩場を避けてとんでも、水深はほとんどないぞ。自殺行為だ。お願いだからやめてくれ。親友を失いたくはない。」
「危険は承知だ」
ダイは力強く言った。
こいつは本気だ。困惑と、自らの甘さを恥じる気持ちでいっぱいだった。




