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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第1章 強制的なドラマチック
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四話 15歳、はじめてのお迎え。




 恋人は本当に、そこそこ長いこといない。気紛れに寝た女を除けば、ずいぶん長いこといない。


 別に他人が苦手だとか、佐喜彦の言うように「もてない」のとも違う(と、思いたい)。

 でなければこんな職に就いちゃいないし、他人と関わる仕事を選んだのも、当然自分の意志だ。



「史世、こっちこっち、」



 携帯を耳にあてがいながら、月乃(つきの)は小さく飛び跳ねて、手を振った。

 俺の携帯からは、彼女の甘ったるい声が直に響く。二ヶ月ぶりの待ち合わせだ。





 月乃は俺にとって、生きていく上で重要な、大切な他人の一人だ。

 地元での近所だった幼馴染みで、こいつが小さい頃に色々あったため、頻繁にうちで面倒をみていた。

 俺とは十一も離れているが、当時からよく懐いてくれていて、今でもたまに食事くらいなら出掛ける仲だ。


「修学旅行ね、けっこう良かったの、沖縄。これお土産。史世、甘い物好きだから。」


 月乃は女の子らしい部類の女だが、俺を「史世」と呼び捨てにする。これは、子供の頃から幼い彼女に対して、がさつに「月乃」と呼び捨てにしていた俺を真似したもので、まあ、愛称のようなものだ。



 朗らかな笑顔でのんびりと喋る月乃の土産話を、時折相槌や返事を交えながら聞いた。

 十代の話というのは、たいていオチが無いか、「かわいい」と「すごい」でしか構成されていないかの、どちらかだ。

 それは月乃だけでなく、職場の生徒たちも同じで、俺はそんな内容の薄い話に耳を傾けるのが、決して嫌ではなかった。





「おじさんって、無条件で好きですもんね、女子高生。」

 これまでで一番冷たい視線で、佐喜彦は言い捨てた。



 昼間の月乃との外出を、たまたま目撃したらしい。特に隠す必要も無かったので、どういった関係でどういった待ち合わせだったかを全部説明し、一緒に沖縄土産の焼菓子を齧った。


「してあげる気があるなら、さっさとして縁切ったほうがいいですよ。する気が無いなら、それはそれで早々に切ったほうがいい。」


 ガキの分際でするだのしないだの、言及すんなよ。最近の中高生って平気で口にすんのか、こういうの。頭が痛くなった。


「ご忠告ありがとよ。しねーし縁も切らねえよ。」

「ジョシコーセー、好きじゃないんですか?」

「そりゃあ大好きだ。でも本物って怖えだろ、」


 俺にとっての「本物の女子高生」は、身近で手の届く存在を意味している。月乃や生徒たちのことだ。

 ちなみに「偽物」は女子高生モノのAV等だ。そういうのはちゃんと観る。


「せめて縁は切るべきですよ。あの子、絶対史世さん狙ってるじゃないですか、」

「ねらうって、もっと言葉選べよ。つーかめざといな、おまえ、」

「女よりめざとくないと、この世界では生きていけませんからね。」



 自惚れのつもりはないが、佐喜彦の推測は、大方当たっていた。


 月乃の気持ちには、結構昔の時点で気づいている。

 しかしたった今宣言したとおり、応じる気も無ければ、つまみ食いする気も無い。月乃自身が飽きるまでのらりくらりとかわし、鈍感を貫くつもりだ。



「それって一番(たち)悪いですよね、」



 軽蔑のまなざしで佐喜彦は溢す。

 だってしかたねえだろ、怖えんだって。真面目に言ってくる佐喜彦に対し、ちゃらけて言い返した。

 今日はやたら突っ掛ってくるな。さてはおまえ、歳上の男に捨てられたことでもあんのか。悪い顔をしながら指摘すると、佐喜彦は呆れてため息をついた。


「史世さんって先生のくせに、存外頭良くないですよね、」


 表情からも語調からも、強がりにはみえない。たぶん本気で俺を見くだしながら、佐喜彦は続けた。


「僕はあの子がどんなに泣きを見ようが、どうでもいいんですよ。一応、あなたの心配をしてあげてるつもりなんですけど? 一度保護者になってしまうと、引き際って見つからないんですよ。良い辞めかたなんて、絶対出来ませんからね。」


 抱く気も無い、拒む気も無い、されど睦まじく接する俺に「保護者」と名づけた上で、佐喜彦は言い捨てた。あながち間違いではない。


「それじゃ参ったな、」

 聞こえる独り言を呟きながら、佐喜彦の髪をぐしゃぐしゃとしてやった。



「それなら、おまえとの引き際はおまえが作ってくれよ? 一応、今はおまえの保護者もしてるつもりだからな。」



 撫でる、なんて優しいやりかたではない手つきに、佐喜彦はじとっとした視線を向けながらも無抵抗でいた。

 僕みたいに優秀で、手のかからない人間に対して、偉そうなこと言わないでください。少し遅れて、生意気な口が返ってきた。


「たしかに、おまえって月乃と違って可愛くねえわ。」


 今度は生意気な口ではなくてクッションが飛んできた。

 間一髪で受けとめ、投げ返す。

 クッションは見事佐喜彦の顔面に直撃して、大成功の反撃に俺は声をあげて笑った。

 その隙をついて今度は枕が飛んできて、先ほどより強い威力が俺の顔面を襲った。


 そこから一対一の、大人げない枕投げ大会が始まった。実際は大人対子どもの、どうしようもなく大人げない悪ふざけだったのだが。






 子どもをからかうのも、他人と関わるのも、面白い。

 その延長で選んだのが今の仕事であり、月乃と独自の関係を築いた理由だ。


「アヤ先生、ばいばい。」

「アヤちゃん、おつかれー。」

 自分で言うのもなんだが、俺は比較的人気のある講師で、生徒たちからは愛称で呼ばれる程度に、慕われている。


 授業は真面目に行っているつもりだ。しかしだいたいの子どもは、ただ結果が出るだけの効率の良い勉強では、満足してくれない。それを望む声も勿論あるのだろうが、そういった生徒は最初からこんな小規模予備校なんか選ばず、大手予備校に通うだろう。


 だからこそこのゆるい職場では、俺が教壇に立てる程度のゆるい学歴と、時々笑いを誘える程度のゆるい話術が、運良くうけた。

 一人一人に行き届いた丁寧な授業で、そこそこ成績が上がれば親は満足するし、どんなやりかたにしろ()()があれば、予備校側も文句はいわない。俺は俺でまあ楽しみながら仕事ができる。


 子どもに物を教えるほど、子どもをからかえることなどない。

 多少慕われようとこの立ち位置ならば、あくまで他人でいられる。

 自慢できるほどの稼ぎではないが、天職だと自負していた。



 月乃の件もそれに近い。



 あんなふうに、ふわふわとした雰囲気を纏い笑う月乃だが、生い立ちは結構波乱に満ちており、九歳の頃に両親を亡くしている。


 家族旅行の道中、対向車に衝突された事故で、自分だけが一命を取り留めたのだ。

 両親共に兄弟姉妹はなく、月乃は母方の祖母に育てられたが、その祖母も去年から心臓を患い、現在は客人のような扱いで、遠縁の親戚のもとで世話になっている。


 彼女との関係はあくまで地元のご近所に過ぎないが、いまだ続く親交に、哀れみや同情が無いかと言われたら、正直嘘になる。

 だからこそ、俺は月乃が一滴の血も同じとしない他人で良かったと、心底感じていた。


 他人だからこそ懐かれて嫌な気もしないし、他人だからこそ一線を置き続けられる。そして他人だからこそ、優しくなれる自分に満足できた。






「アヤ先生、さよならー。」

 本日も無事終業し、生徒たちは人懐こい声と手振りで帰ってゆく。俺は決まって、寄り道すんなよと一応教育者らしい返事で送り出す。


 予報の外れた雨のせいか、今夜は迎えの車が多い。生徒たちが各々の車に乗り込み、予備校前が閑散としたころを見計らったように、佐喜彦は現れた。



「本当に先生なんですね、一応、」



 いちいち言いに来たのかよ。手にする二本の傘に気づかないふりをして、意地悪く笑ってやった。


「この時期の風邪ほど厄介なものはありませんからね。うつされるのも困りますし。もう少し自覚持ったらどうなんですか、保護者として。」

 つっけんどんに、だらだらと小言を並べながら傘を押し付けてくる。


 メシでも食って帰るか。受け取った傘を開いてすぐ俺は言った。


「寄り道ですよ、それ。」

 すかさず佐喜彦は指摘してきた。

「保護者同伴だからいいんだよ。」



 子どもをからかうのも、他人と関わるのも、面白い。



 しかしこの図体ばかりでかくて、口先だけは達者なこどもにいたっては、月乃や生徒たちとは別の次元で俺を揺さぶる。


 たぶん、何かが産声をあげていることに、俺は気づき始めていた。

 正体不明の生き物をつれて、雨の東京を歩く。



「お好み焼き、食べてみたいです。」

 自分で、ぐちゃぐちゃってかき混ぜて焼くやつ、やってみたいです。背後から、雨の音にかき消されないように、佐喜彦ははっきりと声に出した。そういやラーメンも、こいつが食ってみたいって言ったから作ってやったんだったな。

 ふざけて、唐突に走り出す。むきになった足音が、雨水を跳ねながらいつまでもついてきた。

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