表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第1章 強制的なドラマチック
3/32

三話 29歳、身の危険を感じる。




「恋人、いるんですか、」

 ある日、唐突にきかれた。


 佐喜彦が転がり込んできて一ヶ月弱。俺たちはつかず離れずの関係を続けていた。



 俺は一日の半分以上家を空けているし、出るときも帰宅しても佐喜彦が眠っている日だって、しょっちゅうある。丸一日会話の無い日も珍しくない。しかし、決してお互いをないがしろにしているつもりもなく、一緒に食事を摂ったり、商店街くらいなら歩くこともあった。頼んでおけば買い出しや掃除もしておいてくれる。

 それでも、込み入った話や詮索は、お互いしていなかった。


 そんなさなか不意を突かれた問いに、どきりとした。


 取り繕えない真顔を向けると、佐喜彦は特に意味深ではないような表情で、手元のマグカップと俺を交互に見ていた。

 その様子から、本当に深い発言ではないのだと、胸を撫で下ろした。



 マグカップには、三十路前の男が持つには些か不自然な、キャラクタータッチのペンギンが描かれている。

 幼いころ、旅行先で父が気紛れに買ってくれた品だ。

 年季は入っているが、それなりに物が良いので絵に剥がれは無く、実際より古く見えない。


 食器類は貰い物なんかで増える一方なので、こいつにこのマグカップを使わせるのは、今日が初めてだった。そのため、この女子供趣味な生活用品が気になったのだろう。



「ここ最近いねえなあ、」

 面倒だったのでマグカップについては省いた。恋人の有無のみ、簡潔に答える。


「史世さんって、もてそうにないですもんね。」

 結構な感想がご丁寧に戻ってきた。


 余計なお世話だっての、おまえはどうなんだよ。つい大人げなく、十五歳相手にむきになる。

「いません。」

 むきになった質問に期待通りの答えが返ってきたというのに、対等な気にはなれなかった。

 なにしろ、こいつはもてそうだ。子どもにしては完成し過ぎている整った貌に、手足の長い高身長。こんな中高生、年頃の同級生が放っておかないわけがない。


「いたことはあんのか?」


 子ども相手に下世話を持ちかけている自覚はあったが、気になった。予備校の生徒たちのなかでも、男女交際は珍しいものではない。

 しかし単純に、この異端な子どもの恋愛遍歴が気になった。


 佐喜彦は唇に当てていたマグカップを机に置いて、淡々と口をひらいた。



「僕、男の人なんです。好きになるの。」



「……は?」



「だから、好きになるのが男の人なんです。」


 文法を入れ替えただけの言い直しを平然とする佐喜彦に対し、俺は湧き始めた混乱らしきものを鎮めようと、眉間を抑えて質問を続けた。


「あれか、おまえ、男が好きなのか?」

「そう言ってるじゃないですか、」

「なんで今それ言った?」

「交際遍歴を伝える上で、噛み合わない可能性があったので。」


 まっとうな意見がまっとうじゃない理由によって告げられ、正式に混乱してもいいのだなと認識すると、むしろ冷静になれた。

 落ち着けたところで佐喜彦と視線を合わせると、見慣れたはずの端整な顔立ちに、新たな不安が生まれた。


「え、ちょっと待て。俺、身の危険とか感じたほうがいい?」


 冗談雑じりの本音に、佐喜彦がげんなりと睨んだ。


「あなたは、道ゆく女性全員に欲情するんですか? 僕にだって、好みくらいありますよ。」

 遠まわしに、「おまえじゃ欲情しない」と言われているのだろう。こんな悪態なら歓迎だと安堵しながら、俺はへらっと笑っていつもの調子に戻った。

「へえ、じゃあどんなのがタイプなんだよ、」


 子どもをからかうのは、やっぱり面白い。


「まず、史世さんには全く反応しませんので、安心してください。」

 残念なのは、こいつが一筋縄ではいかない奴だということだ。

 憎まれ口で前提を置いてから、佐喜彦は自身の好みのタイプについて教えてくれた。


「見た目だけなら、あまりそれらしく見えないノンケっぽい人がいいです。歳上が絶対条件で、若く見える分には構いません。優しくて面倒見が良くて、できれば肌がきれいで、僕にタチらせてくれる人が理想ですね。」


 所々怪しい単語もあったが、まあ納得できた。

 子どものくせに案外理想が高い。そして俺への扱いが思った以上にひどい。


「そこまで具体的にあげといてタイプじゃないとか、逆に傷つくだろ。俺、歳上だし面倒見良いし優しいぞ。あと肌にも自信ある。」

 自分で言うからだめなんですよ。佐喜彦が冷めた口調でため息をつく。


「可愛げが無いんですよ、史世さんは。庇護欲がまったく湧きません。」

「十五歳に庇護されてもなあ。」

「十五歳に身の危険感じてたじゃないですか、」



 今にして思えば、酒の力があったとはいえ、こんなガキを働き盛りの若い男だと勘違いした理由は、容姿だけじゃなかった。

 この一ヶ月でだいぶ慣れたが、こいつからは何というか、性的なにおいがぷんぷんする。

 鼻につく色香を掻き消すように、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。佐喜彦はまだ、ペンギンのマグカップに息を吹きかけている。

 話が脱線したせいで、交際遍歴は語り合えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ