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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第6章 再度笑む
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二十三話 たゆたう29歳。




「何これ、」

「おまえみたいな奴は、酒でも入れないと面白くねーんだよ。」


 アイスと一緒に差し出したビールについて説明すると、伊織は渋々受け取った。

 両方いっぺんに開け、一回ずつ交互に口にする。俺も缶を開けて、大きく一口飲み込んだ。



 気付けば日付が変わっている。

 構内にはまだ灯かりが点っているが、駅前ロータリーはだいぶ閑散としてきた。とっくに最終便の行ったバス停をベンチ代わりに、俺たちは腰をおろした。終電は、もう考えないことにした。


「あんな所で働いてるなんて、意外だな、」

 まず俺から口を開いた。

「何、今さら。」

 伊織は淡々と返す。

「もしかしておまえが出したのか? 家出資金。」


「だったら?」


 やっぱりこいつが出したんだな。

 伊織の反応は判りやすくて助かる。ばかにするではなく、自然と鼻で笑ってしまった。


「大変なんじゃねーの? 生活。結構な額だったし、コンビニじゃ見合わないだろ、」

「別に。お金になんて困ってないし。働いてるほうが性に合うだけ。」


 スプーンを咥えながら無気力に言う。そして更に、

「俺みたいなのは、働いて税金納めるくらいしか国に貢献できないからね。」と続けた。


「国に貢献……」


 似合わない台詞に顔がひきつった。なんだよと伊織が睨んできたので、反射的にふざけることにした。


「案外真っ当で慈悲深いんだな、伊織クンは。」

「ばかにしてんの、」

「いやいや。それなら佐喜彦に、大量のお小遣いやるのも納得かなーって。」



「ばかじゃないの。あれは手切れ金。」



 手切れ金。

 現実で耳にするのは初の言葉だ。そしてその言葉を境に、伊織は視線と声の温度を下げた。


 うっとうしいんだよ、あいつ。瞼を伏せて冷たく言い放つ。


「ちょっと構ってやっただけなのに、勘違いしちゃってさ。」


 伊織は続けた。


「迂闊だったよ。まさか子供だなんて思わなかったし、もうしつこいのなんのって。適当に恋人ごっこしてれば、そのうち飽きるだろうって思ったのに、全然退かないんだよ、あいつ。しまいには結婚とか本気で言い出すし。だから、それを逆手に取ったってわけ。」


「逆手にってことは、佐喜彦には手切れ金だって言ってないんだな?」


 話を遮った俺に、伊織は何食わぬ顔で「当たり前じゃん」と言い捨てた。


「あいつは本気で課題資金だとでも思ってんじゃない? 俺としては、課題失敗して堂々とあいつと縁切れるんなら万々歳だから、おっさんが捨ててくれると助かるんだけど。」



「なんで佐喜彦がおまえに惚れてんのか、わかんねーわ。」

 皮肉とからかいを半分ずつくらいに、意見した。


「俺だってわかんないよ。」


 伊織は幾分声を篭らせて、視線を逸らした。



 俺にもわからなかった。

 伊織の、佐喜彦に対する扱いや思惑を、咎めるべきだったのかどうかを。


 同性間の色恋沙汰に関わったことなどないけれど、少なくとも伊織(こいつ)が下衆の類に属する男だってことだけは、判る。

性にだらしなく奔放で、相手をたぶらかすことに抵抗が無い。そんな男を、本気で信じている佐喜彦だって、目にしてきた。

 でも俺が踏み込み、こいつを責め立て、そして佐喜彦を庇うのは、違う気がした。きっとそれが俺の立場上、正解なのだと。


 結果、俺たちは大した諍いも起こさず、真夜中の駅前でビール片手に、ただ駄弁るだけ時間をすごした。



「ねえ、ホテル行く?」

 脈絡も無く伊織は口をあけた。

 は? 当然ながら俺は聞き返す。

「終電無いんでしょ、」

 ホテル発言は聞き間違いでなかったらしい。


「一応聞くけど、ビジネスのほう?」

「なに? おっさん、男無理な人?」

 一応だろうと聞いてよかった。俺は半笑いで「残念ながら。」と肩をすくめた。


「じゃあしてないんだ、佐喜彦と。つまんないの。」

「ご期待にそえず申し訳ないな。」

「試してみる? 俺ネコなら自信あるけど、」

「心から遠慮するっつーの。」


 つまんないの。伊織は膝を抱えながら繰り返した。


「これでおっさんが味しめて、あいつとデキてくれれば手っ取り早いのに、」


 しまいにはおそろしい企みを暴露してくる。

 本気で言ってんなら清々しいほどの下衆だな。盛大に評価してやったところ、「そりゃどうも」と動じない礼が返ってきた。


「あーあ。久しぶりに年上とセックスできると思ったのに。」

「ビッチかよ、おまえ。」

「そりゃどうも。」


 だから褒めてねえよ。ぐいっと飲み干す缶の中身は、だいぶ温くなっていた。数時間前にも呑んでいたというのに、なかなか酒が回らない。






 始発を降りるころには空が白み、同じ境遇のようなくたびれた人間たちも、ちらほら姿を現した。


 皆、帰路につくのだろうか。これから勤める者もいるのかもしれない。明け方の人間ってのは、どこか訳有りを秘めているように見えるが、俺もそのうちの一人かどうかは、正直微妙なラインだ。

 脳裏に浮かぶ三人が、白黒つけてくれない。



 さも自然に酌み交わした、武本りさ。

 出来すぎた再会を果たした、伊織。

 帰路の先で、領域を共有する、佐喜彦。



 全員、ここ最近で結びついた、奇異たる縁だ。


 それなのに今の俺は、こんなにも穏当を保っている。当然だ。それが一番無難で面白い、他人との接し方なのだから。踏み込みすぎてはいけない事実を、月乃との一件が証明してくれた。


 白黒つけるのを一番拒んでいるのは、俺自身だ。





 (へや)に戻ると案の定、ベッドは佐喜彦に占領されていた。贅沢に枕を二つ独占して、熟睡している。俺も布団敷いて毛布をかぶった。


 二時間だけ寝よう。

 佐喜彦の起床時間を予測した上で決めた。こいつより早く起きて、たまには洗濯機を回そう。パン屋に行って焼きたてを買って、朝兼昼の食卓に並べてやろう。甘めのカフェオレも一緒に。


 二時間だけ。二時間だけ。二時間、だけ……



 しばらく意識が飛んでいた。

 時計に目をやると、一時間経っている。

 なんだよ、あと一時間眠れるじゃないか。もう一眠り、と寝返りをうった瞬間、何か違和感が襲った。


 腹部辺りで、毛布がこんもりと盛り上がっている。気配と体温も感じる。


 捲ってみると佐喜彦が、まるで冬眠状態で潜り込んでいた。

 身を丸くして健やかに眠っている。



 驚きも嫌悪も無かった。「あ、居るな」くらいにしか思わなかった。

 淡白になれたのは、今の俺達だからだろうか。半年前だったら、驚愕していただろうか。そのくらいは考えてみることにした。



 溶け込みすぎている。

 沁み込みすぎている。

 馴染みすぎている。

 我慢を、やめている。

 


 昨夜、武本りさと語った可能性を、佐喜彦の寝顔を眺め其々当てはめた。

 どれもあり得そうで、どれもしっくりこない。


 ……そういえば消えたな、こいつのにおい。

 出逢った当初、容姿と年齢に不一致を生んでいた、あの性的なにおいがしなくなっていたことに、こんな状況下で気づいた。鼻につく鬱陶しい色香が、今の佐喜彦には微塵も無い。


 寄り添って眠る子どもを追い出せないまま、体温に誘われて、意識はまた飛んだ。

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