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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第1章 強制的なドラマチック
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二話 15歳、29歳を祝う。




 佐喜彦(さきひこ)は図体ばかりでかくて、口先だけは達者な、ただの子どもだった。


 まず、ごみの分別を知らない。

 柔軟剤を入れるタイミングもわからない。

 ピーマンと長葱が食えない。

 そして、朝にはめっぽう弱い。


 朝は(といっても昼頃だが)佐喜彦が起きないうちに家を出て、夜に帰宅すると奴が何かしらやらかしている、という生活がしばらく続いた。

 まあ頭は悪くないようで、紙くずとペットボトルを一纏めにしたごみ袋や、ごわっと硬いままの洗濯物も、注意すればすぐに直った。


 そして、不自然なくらいに馴染んだ。


 生意気な性分は相変わらずだが、意外にもすんなり俺の日常に溶け込んだのだ。ベッドや箪笥と同じように、まるで家具みたく佐喜彦は部屋の一部と化した。約束通り、問題も起こしていない。



「先生の弟さん、すごく感じが良いのね。男前だし。」

 クリーニング屋と、弁当屋と、パン屋と、定食屋、各々の奥様方に評された言葉だ。



 とかく佐喜彦は、外面(そとづら)だけはよかった。


 その端整な顔立ちを武器に、よそ様に対して品の良い好青年を演じきる。お陰様で商店街で行き付けの店では常に、何かしらサービスだのおまけだのを頂けるようになった。


「弟に見えます?」

 何度この台詞を言っただろう。サービスは有難かったが、兄に間違われるほど俺たちは似ているのかどうかが、引っかかった。

「あら、違うの?」

 この返事も何度も聞いた。


 奥様方いわく、多少離れてはいるが、年齢的に弟だと憶測するのが妥当なんだと、説明を受けた。

 ちなみに佐喜彦は、面倒事を避けるため歳を尋ねられれば、二十一だと偽っている。

 つまり事実は、他人から見える「多少離れている年齢差」より更に離れている十五歳の子どもと、兄弟だと俺は見られていたのだ。


「親戚の子どもなんですよ。」

 なりゆきを説明するわけにもいかないが、さすがに癪だったので、この嘘で関係を落ち着かせた。





「外では良い子ぶれんのな、おまえ、」

 休日、二人分の昼食を拵えながら佐喜彦に言った。素直に感心して言ったのだが、奴は嫌味と捉えたらしい。

「猫被っておいて、悪いことはありませんから。」

 他人には礼儀正しく使う言葉遣いも、やはり俺に対しては慇懃無礼で笑顔も無い。


「なら俺にも猫被れよ。」

「史世さんに猫被っても良いことありませんよ。」


 寝癖だらけの髪と、よれよれのスウェット。本を手に寝転びながら昼飯を待つこの姿を、こいつが好青年だと錯覚している奥様方に見せてやりたいと心底思う。

 拵えたラーメンにはもやしと、玉ねぎと、ハムの千切りに、大量のピーマンを投入してやった。除けやすいようにざく切りにしてやったのは、せめてもの情けだ。

「大人げ無いですよ、先生、」

 箸を唇に当てながら、佐喜彦はじとっと俺を睨む。やはりただの子どもだ。




 『先生』

 佐喜彦が嫌味で言い放ったこの呼称が、商店街での俺への通称となっている。

 大層な呼び名だが、俺は医者でも弁護士でも教師でもない。小規模予備校の講師だ。


 出身は東京郊外で、現在は気ままな独身暮らし。実家には父と、姉と義兄、姉の娘が一人。母は去年亡くなった。


 佐喜彦と出逢ったあの日の夜は、久しく実家に顔を出した帰り道だった。





「死にますよ、おじさん、」



 先日の、あの夜の駅ホームでのやりとりを思い出す。

 いつの間にか日付が変わっていて、誕生日を迎えて最初に口をきいたのが、佐喜彦だった。


「あー、へーきへーき。」


 俺はそうとう酔っていたらしく、目を離せば線路に落ちかねない状態だったらしい。佐喜彦はそんな俺を見かねて、マンションまで運んだ。


「目の前で死なれたら堪りませんから。」


 肩を借りる横で、あいつがそんなことを言っていた気がする。すっかりできあがっていたらしい俺は、やたら饒舌に、初対面の十五歳相手に色々喋りかけてきたのだという。


 おじさんじゃねーから。今日で二十九、まだ二十代よ、俺ぇ。


「はいはい。お誕生日おめでとうございます。」



 可愛げの無い祝福も、あったような気がする。

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