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ろぐ☆あうと  作者: 奈良都翼
女帝
37/64

カゲロリデイズ

こんにちは。一葉楓です。タイトルは語呂を合わせるためにこうなりました。意味はありません。そして……ごめんなさい。かなり長いです

 事前調査をした《天魔帝国軍》の情報によると《女帝》は大型の犬のようなモンスターらしい。他の犬同様、何かしらの装備を身に着けていて、攻撃方法は水系魔法と爪や牙などの直接攻撃。大型と言っても、かなりの大型……人よりも何倍も大きいらしいので、その一撃の威力は計り知れない。


 ……と、ふんどし一丁でどう戦うか考える。

 って、これいつになったら装備もどってくるの!? 俺このままふんどし一丁で戦わないとダメなのかよ!? 確かにステータスは上がっている気はするが、見た目が……あまりにもアレで、俺のメンタルがつぶれそう。

 いや! 逆に考えるんだ! ……見せちゃっても……いいさ。って駄目だ駄目だ! 俺は変態なんかじゃない。ただでさえアリアをちょっとかわいく思ってたりして、そっちに傾きかけているかもしれないって言うのに、そんなヤバい思考を持ったら人間やめちゃう!


『なぁ……あのふんどしの剣士はなんだ?』

『どこのギルド所属かな……あの変態? 《センブルクの風》?』

『まて、うちはあんな変態いないぞ?』

『なんだよあの変態……』


 もうやめて! リョウのメンタルHPはゼロよ!


「それではこれから《女帝》のボス部屋に入ります。ボスとの戦闘が始まったら各自の判断で動いて結構です。しかし、基本はA、B、Cのグループ行動でお願いします。そして、何よりもまず自分の命を最優先にしてください。それではA班から入ってください」

「おっし、じゃあいくぞ。俺から先に入る」


 借り上げ《駆逐師》のギルを先頭にA班は続々とボス部屋に入っていく。当然俺もそれに続く……ふんどし一丁で。


「ま、あいつは勝手に進む奴だからな。腕は確かだからいいけどさ」


 苦笑いしながら俺の横を通り過ぎて行ったのは金髪オールバックの男。えっと……《天魔帝国軍》のリーダーのゲイルさんだ。

 見る限り、彼はハンマーの使い手かな? 背負っているのは土色とオレンジ色のハンマー《タイラントメテオ》。攻撃力がバカ高いと言われているハンマーらしい。三次転職はしていないが、実力はギルよりも上だという。


 それに、気になることが一つ。会議の時では見かけたのに、今はリリア、アサミ、タツヤの《碧い鳥》のメンバー三人がいなかった。……後から合流するのかな?


 ボスの部屋は開かれた草原だった。四方は岩の崖に囲まれ、その底にある広い草原に俺の体の何倍もある犬……《女帝》が座ってこちらを見据えている。まっ白いふさふさの長い毛の間から覗く鋭い爪。鋭い眼光の下には、口からはみ出ている牙が二本。その大きな口からこぼれる低いうなり声。


 一瞬立ち止まったが、ギルがだれよりも早く動き出した。銀色の薄い刃を掲げ、一気に《女帝》に詰め寄り、胴体を切りつけた。

 《女帝》のHPが削られる。奴は組んでいた足を広げて立ち上がり、空気がびりびりと震える咆哮。それが戦闘の合図だった。すでに他の班の戦闘準備もできている。


 まず動いたのは剣士系の接近戦が得意な奴ら。当然俺もそのうちの一人。《海楼》を構えて走る。魔法職や遠距離系の武器を持っている奴らは後方で援護だ。

 次々とプレイヤーたちの剣が《女帝》の体を裂く。HPは少しずつではあるがどんどん減っている。だが、ボス攻略はそう簡単なものじゃない。

 《女帝》は右足を振り上げ、けに埋まっている鋭い爪を出した。その予備動作は次の行動が分かりやすい。俺はバックステップで距離をとる。


『ぐわぁあああああああ!』


 予想通り、鋭利な爪での薙ぎ払いだった。何人かは避けていたが、予備動作に気が付かない者もいて、そいつらが吹っ飛ばされる。一撃死した奴はいないがHPがすでにイエローゾーンに到達したものもいる。


「ダメージを受けた奴は下がれ! 回復させろ!」


 ゲイルさんとヴァルヴァディアさんが走り、《女帝》の気を引く。《女帝》はハエを払うように前足を振り回すが、流石は三大ギルドのギルドマスターの二人、落ち着いてそれらを避け、確実にダメージを与えている。


 俺は《女帝》の背後に回り、しっぽに狙いを定めて《海楼》を振る。水属性が付与された魔法剣は降るたびに小さな水しぶきを上げ、水滴を輝かせている。《アーマーブレイク》の効果もあるのか、普段よりも感触がいい。


 上段から振り下ろした剣が不意に空を切った。いつの間にか《女帝》はフィールドの隅に跳び、体を低くしている。なんだ? あいつが背負っているのは……巨大な本?


『ワオ―――――――――ン、ワオ―――――――――ン!!』


 さっきまでの威嚇のような咆哮とは違い、今度は遠吠えのような声で鳴き続けている。

 すると、その声に応えるかのように周りの崖の上から同じ鳴き声が聞こえた。見上げると武器を背負った数々の犬達がいる。仲間を呼んだのか……厄介だ。面倒くさい。


「グループCは雑魚を頼む! 他の後方支援職のプレイヤーも周りの雑魚を片づけろ!」


 ゲイルさんが叫び、自分崖から降りてくる犬など気にせず、《女帝》に走る。もちろん、俺やギル、ヴァルヴァディアも同じ。

 《女帝》は向って来る俺たちプレイヤーを見ると、にやりと不気味な笑いを浮かべた。背中の本が光、奴の体が薄く光り始める。


『――――ッ!!』

「なッ――!?」


 奴の魔法がフィールドにこだました。瞬間、鉛の鎧でも来たかのように体が動かなくなる。《威圧》……ボスにはよくあるスキル、一定時間プレイヤーの動きを止めるスキルだ。レベルが上だと効かないらしいが、動けるのは……三次転職を終えたギルだけだ。ヴァルヴァディアもゲイルも動けない。そして離れた所にいるほかのプレイヤーには届かなかったようだ。


 まずい、体が全く動かない。《女帝》は体を低くして離れた距離からの勢いのある突進。


 体に強い衝撃を受け、俺のHPが一気に減る。俺のHPはみるみる減っていき、残り3の所でストップした。当然、レッドゾーンだ。ふんどし装備じゃ防御が紙すぎる。

 だが、俺は別の所で驚いていた。あの攻撃をまともに食らったら俺はすぐにポリゴン化していたはずだ。通常装備の別のプレイヤーでもイエローゾーンにまで減らされている奴もいるのに、俺がギリギリだったとしても生き残れるはずがない。

 それじゃあなぜ俺が生き残っている? 答えは地面に横たわる俺に馬乗りになっている少女――


「リョーウ。おひさー」

「アリアか……なんでいる?」


 と、言いつつリリアの姿をしたフィルベルトを見る。不自然さを出さないためか、目を合わせるとすぐに顔を反らしやがった。けれど、アリアの姿を確認したのだろう、もう一度こちらを見た。


 フィルベルト……アリア復活に成功したのか。流石は変態(ロリコン)、俺たちにできないことを平然とやってのける! そこに呆れる、ドン引きするぅ!!


「まぁさ、リョウ。話はボス攻略の後にするから……指輪、あるでしょ?」

「お、おう。確か持っていたような……あぁ、まだ装備したままだった」

「終わったらよんでねー」


 そういうと、アリアは光の粒となって指輪に吸い込まれていった。

 おそらく……《女帝》の体当たりの瞬間、俺と《女帝》の間にアリアが割って入ったんだろう。結果、少しだけ受けるダメージが減り、即死は免れたという事……。

 いや、後だ。後で考えよう。俺がアリアと話している内にギルは確実にダメージを与えている。

 ヴァルヴァディアは剣を、ゲイルさんはハンマーを振り、ギルは相手の視界から薄い剣を振っている。俺もその中に混じり、しっぽを狙って何度も《海楼》を振る。真っ白の剣と白ふんどしの前垂れが華麗に宙を踊り、白と白の調和が……ふんどしだと台無しだぁ!!


 《女帝》に直接攻撃をする奴らは戦闘開始直後よりも確実に少なくなってきている。度重なる薙ぎ払いや体当たりにHPを減らし後方で回復している奴らが多い。ポーションを使い切ったものが多く、後は《プリースト》などの補助・回復系魔法職のプレイヤーの力を借りるしかないのだ。

 だが、《リアライズ・ワールド》のギルドマスターのカノンの力で死ぬプレイヤーは何とかゼロにとどめている。彼女はプリーストで、ダメージを受けたプレイヤーを片っ端から即座に回復している。遠距離攻撃をする他のプレイヤーへの指示も完璧で、前線にいる俺たちは雑魚を気にせず戦える。


 ふっと《女帝》が離れた。再び体当たりか? だが、俺はアイテムボックスからシルバーソードを取り出して投げつけると同時に《多刀流》を使う。体当たりのために体を低くして溜めている《女帝》は避けられない。シルバーソードは俺の意志に逆らうことなく空を切り、《女帝》の目玉に突き刺さる。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 今までで一番の悲鳴を上げ、目から血を流し、地面をのた打ち回る。これでHPもレッドゾーンに入った。あと少しで《女帝》攻略完了だ。

 俺は地面に転がる《女帝》に走りながら、目玉に突き刺さったシルバーソードを操作して奴の頭を何度も切りつける。ギルはすでにあいつの背中から肉をそいでいる。うん、後頭部からうなじにかけて縦1メートル、幅10センチが唯一の弱点ってわけじゃないぞ。


 みるみる削れていくHPに誰もが死人ゼロでの攻略成功を確信した時、突然《女帝》が消えた。背中に乗っていたギルは足場を失くし、膝をついて地面に落ちる。


「どこだ!? 《女帝》はどこ行った!?」


 ギルが叫んで辺りを見渡し、それはすぐに見つかった。だが、さっきまでの《女帝》とは少し違う。フィールドをぐるりと囲む壁に張り付いている女帝は、見たものを射殺すかのような鋭い目つきをして、真っ白だった全身が血のように真っ赤に染まっていた。ふさふさに絹のように流れていた毛をすべて逆立たせ、針のように鋭く尖らせている。まるで、血の針山のようだった。


 異様な雰囲気に全プレイヤーの動きが止まる。《威圧》で動けなくなったからではない。圧倒的な強さと、恐怖に全身がマヒしているのだ。見れば理解できる。《女帝》の最後のあがき……かなり強くなっているといことを。


 壁に張り付いていた《女帝》が消えた。フッと音もなく消えた。

 どこだ!? 今度はどこに――


「うわああぁ!?」

「きゃあああぁあ!?」


 悲鳴の方へ向くと、後方支援プレイヤーのいるフィールドの端に真っ赤なモンスターがいた。もちろん、《女帝》だ。牙を突き立て、爪を振り、巨大な体躯を飛ぶように動かして近接戦闘に向かないうプレイヤーや、手負いのプレイヤーたちを薙ぎ払っていく。


「やめろ! みんな逃げろ! HPがやばい奴は脱出玉を使え!」


 ヴァルヴァディアさんの言葉に、プレイヤーたちは急いでアイテムボックスから脱出玉を取り出す。

 脱出玉は帰還結晶や転移結晶とは違い、移動場所を指定できない移動用アイテムだ。戦闘中フィールドから脱出するだけのアイテムゆえ、一般プレイヤーも帰るほど安価だ。

 目にもとまらぬ速さで攻撃する《女帝》を恐れ、次々とプレイヤーたちが脱出玉を使っていく。


 ギルさんが唇を噛みながら《女帝》を追うが、《女帝》はそれ以上の速さでギルの刃を躱し続ける。あのHPじゃあ一発さえ、後一発さえ入れることができたら攻略できるのに……。


 《女帝》はHPが残り少ない……数値的に少ないものから順番に攻撃していっている。一撃当てたら次の者、そいつを攻撃したらまた別の者という風に一か所にとどまらず、ヒットアンドアウェイ戦法でプレイヤーの攻撃を避けながら動き回っている。


 待てよ……待ち伏せって……できないのか?

 いや、これしかない。俺はまだHPが満タンだから俺に攻撃してくる可能性は低いだろうが、まだ脱出できていないプレイヤーはいる。脱出玉を持っていないか、忘れたか、どちらにせよいまだに残っていてHPが危ない奴らはまだいるんだ。


 ふと、視界の端の一人のプレイヤーに目が留まった。壁に寄りかかるようにして座り込み、怯えながら《女帝》を見ている。HPは……三分の一ほどか? イエローゾーンの一歩手前といった感じだ。

 小柄な体に似合わない大きな武器を持つのは黒髪の少女だった。長いさらさらと輝く髪は何となくアリアを彷彿させる。涙目になり、座り込んで歯をガチガチと震わせながらも武器を握る手を緩めないのはまだ生きていたいという思いなのだろうか……。


 たぶん、次はあそこだ。

 俺は《女帝》の動きをあえて見ずに震える少女のもとへと走る。地面を蹴るたびにふんどしの前掛けが風にたなびく。絹製のふんどしは肌触りがとてもよく、風に流れる白い布はまるで夜空に輝く天の川のよう――にはならないよね、うん。


 だが、俺の傍らを赤い風が通り過ぎて行った。とっさに剣を振ろうとするが、反応すること自体が遅すぎる。極限までAGIを高めた《女帝》の前では《駆逐師》のギンも、《アーマーブレイク》を使った俺も遅すぎた。

 俺の後ろにいるプレイヤーは……いや、もう間に合わないし、あいつにはあいつの仲間がいる。わざわざ俺が助けに入る必要なんてない。それに、今そっちに行って一撃のチャンスを台無しにすることを考えたら、行く価値などほとんど見いだせない。

 それに、一つの持論でもあるのだが、ボス攻略を理由もなしの途中から放り出すなんてロクな奴じゃない。何か断ってからなら少しは理解する余地があるものだが、突然消えたのでは他のプレイヤーに失礼だ。このデスゲームの世界ではなおさらだ。


「きゃああああああ!!」


 予想通り、振り向くと《女帝》の体当たりがリリアに当たるところだった。彼女のHPはどんどん削れ、レッドゾーンに入ったところで止まる。近くにいたアサミとタツヤがポーションで回復させている所を見ると……死にはしないだろう。

 つーか、あれフィルベルトだし。ほっといても死なないし。むしろ囮になってほしいくらいだが……そこはほかのプレイヤーから怪しまれるので我慢しておく。

 ……いつの間に合流したのだろうか? アサミもタツヤも近くにいるし。


 俺はシルバーソードをプレイヤーの上空に飛ばし、身に見えない速度で走り回る《女帝》を探す。おそらくはこれを避けてくるはずだ。当たったらもうけものだが……HPを見分けて確実に攻撃してくるほどだ、おそらく当たらないだろう。

 だが、このシルバーソードは当てるためじゃない、誘導するためだ。ようやく震える少女の前までやって来た。強大な敵に勇敢に立ち、絶対に守るという意思を背中から出す俺は彼女からは、さぞかしヒーローか王子様にでも見えたことだろう。《海楼》を片手にふんどし一丁で立ち向かう魔法剣士。く~~、かっくいいねぇ。こうなったら俺だけでもそう思いたいねぇ。せめて俺だけでも……肯定してやらないと……。


「おまえ、脱出玉は?」

「ひっ……あ、あの……忘れちゃ……った……ひぅ、うぇ……」

「わかった。じゃあ俺がお前を守ってやる」


 こいつの周りに誰もいないところを見ると、こいつもソロプレイヤーなのだろう。ギルドに所属していたら仲間がいるはずだしな……。


「だからもう安心しろ。俺の後ろから動くなよ」


 守れる命は守ろう。ましてや仲間がいるリリア――中身はフィルベルトだが――とは違って救いの手もなかった奴は、無条件で助けてやるっていうのが、ログアウトバグを持つ俺の役目の一つだろう。


「来いよワンコロ、ぶっ殺してやる」

『グルルルルル……グワアアアアアアア!!』


 《海楼》を構えた途端、遠くで暴れる《女帝》と視線が交錯した。瞬間、真っ赤な毛の塊が視界から消える。《アーマーブレイク》の力と今まで《女帝》を遠くから見ていたこの目ならタイミングは計れる。

 あいつが移動するのには一秒もかからない、コンマ――秒ほどの刹那の間に、どちらが死ぬかがわかる。

 タイミングを計り、全体重をのせて《海楼》を振り下ろす。そのまま空を切るかと思われたまっ白い魔法剣は、突如現れた赤く染まった爪に防がれた。予想以上の衝撃に体を吹っ飛ばされそうになるが、そこはふんどしパワーと俺のステータス。セイレーンのボスたちで鍛えてから大分レベルも上がった。

 これじゃあだめだ、爪じゃあHPを削れない! シルバーソードは……ダメだ、急いで引き寄せるも遠い。


 唯一の頼みの《多刀流》もこんな時には役に立たない。《月影切り》や《断空剣》みたいな初級スキルじゃあこいつを押し切れない。そもそも月影切りは目の前の敵に何度も切りつけるスキル、剣自体を止められた今は使えない。《断空剣》なんて空中に浮いているときに、下の敵に剣を叩きつけるスキルだ、全然使えねぇ。

 畜生! 俺はここで止まっちまうのか……。


「良! こっちを向きなさい!」


 突然の声に振り向くと、フードを被ったプレイヤーがこっちに走ってきている。が、それを確認する前に俺の顔面に何かがぶつかった。

 その時にはすでに《女帝》の姿はなく、再び俺から距離をとっている。


 そして、いきなり俺の前にシステムウインドウが現れた。


『多刀流スキルアップより、魔法剣士の初級スキルが進化しました。

《月影切り》と《多刀流》のスキル合成より、新たなスキルが得られる可能性があります。

スキル合成しますか?

 1.ハイ 2.もちろんハイでしょ 3.ハイに決まってるだろコノヤロウ 4.舐めてんのかよ』


「どこのサマージャンボだこの野郎!!」


 このくそピンチの時に……迷わず4を押そうとしてちまったね。ホント舐めてんのかよと思って……勢い余って4を押しちまった、てへぺろ!


「って、俺のバカヤロオオ!!」


『《月影切り》と《多刀流》を失い、スキル《魔刀流・朧染》を取得しました』


 ポーンという間抜けな機械音で、ウインドウは閉じる。ボケボケなシステムメッセージを見ている間も《女帝》は暴れ回り、それに倒れるプレイヤーが続出している。

 ぞっと背筋が凍る思いがした。《女帝》の赤い体が残像となり、次なるプレイヤーを倒していく。ふっと消えた巨体が捉えたのは――


「夏輝ぃい!! にげろぉお!!」


 俺の声が届いたのか、それも間に合わない。彼女の体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。吹っ飛ばされながら回復呪文をかけたのか、それほどHPは減っていないが……


「殺す、絶対殺してやる!」


 こんな時に役に立たないスキルだったらぶっ殺す! さぁ来いよ、俺に突っ込んできた時が、てめぇの最後だ。


 《海楼》を上段から思いっきり振り下げる。地面に突き刺して、抜けなくなるくらいの勢いで魔法剣で、今度は押されない。巨大な衝撃が魔法剣から伝わる。さっきはこれで会い家で終わったが……

 《海楼》が二つに分かれている。《海楼》と全く同じ形、大きさの魔法剣が俺の握る《海楼》の横に浮いていた。そして、そいつは俺の持っている《海楼》と同じ動きをし……そいつを止める爪などなかった。

 分身した《海楼》の一本は《女帝》の真っ赤な毛に深々と刺さり――HPがゼロになった。


 《魔刀流・朧染》は《月影切り》が相手を連続で切り付けるスキルに対して、相手を同時に切りつけるスキルだ。《多刀流》のように常に発動しているわけではないが、それでもこっちの方が使いやすい。スキル発動中に剣を分身させて相手を同時に切りつけるスキル。魔法剣士らしいスキルだな。


 低い叫び声を上げた《女帝》は俺から離れ、だれもいないフィールドの真ん中で倒れ、ポリゴン化するとアイテムをドロップして消えていった。


『Ryo(無所属)により《女帝》が攻略されました』


 瞬間、フィールド内が歓喜に包まれる。後は……ボスドロップアイテムを回収して帰るだけだ。

 っと、その前に……


「大丈夫かい? もう落ち着いた? 《女帝》は倒したよ」

「あ……ありがとう。守ってくれたぁ……はぅ、怖かったぁ」

「うん、じゃあ俺の脱出玉を上げるから、これで《イシス》に戻りな」

「え……いいの? えっと……お兄ちゃんの」

「大丈夫。俺は強いから」


 ふんどし一丁で精一杯の優しい笑顔を作ると、彼女はぱぁっと明るい笑顔になって。


「ありがとう、お兄ちゃん!」


 脱出玉を使ってフィールドから出て行ったとさ。

 お兄ちゃんかぁ……フィルベルトが聞いたら卒倒しそうな言葉だな。


 体が急に重くなったかと思えば、いつの間にか装備を着ていた。どうやら《アーマーブレイク》の効果時間が切れたのか? 効果時間は長いことは良い事だが、防御的にと、公衆衛生的にもあまり長いのはどうかと思う。


「だれだ!? お前、ボスドロップアイテムから離れろ!」


 突然、喚起を引き裂いたゲイルの声に誰もが沈黙する。人ごみを分けて出ていたゲイルは明らかに怒っていた。彼の視線の先には――


「そうもいきません、私の目的はこれなのですから。わたしたち……《ミックスベジタブル》のね」

「待て、ふざけるな!」

「ふざけてなどいません、大真面目です。私はたちは自らの保身のため、このボスドロップをいただくこととします」


 《ミックスベジタブル》……殺人ギルドになったと噂のあるギルドだ。だが、ここ最近はプレイヤーキルをしたと言う情報は一切なかった。皆が忘れかけた所で出てくるなんて……思いっきり悪役みたいな登場じゃねぇか。


「無作法で頭の弱いプレイヤーと、それを管理しきれない三大ギルド。弱腰で疑わしきは罰せよの三大ギルド長……あなたたちからの『殺人ギルド』のレッテルへの代償としてはまだまだ足りませんが、ありがたく頂戴いたします」

「それは俺たちが必死の思いで倒したアイテムだ! 横取りなんて許さん!」

「私たちが必死で積み上げてきた信頼をこのデスゲームの世界で根こそぎ奪って行った人の言葉とは思えませんね……さて、それではさよならまたいつか」


 《ミックスベジタブル》に所属しているという男はアイテムボックスから《転移結晶》を取り出し、ゲイルさんの制止を聞かず、どこかへ消えていった。無論、全てのボスドロップアイテムを奪って。


 俺としてはボスドロップをもらえるなんざ思ってはいない、どうせ三大ギルドのどれかがとって行ったりするんだろうと思っていたからそれほど脱力感はない。突然の《ミックスベジタブル》登場の後に残ったのは……疑問だった。


 男の口ぶりでは「俺たちは殺人ギルドじゃない」と言っているようにも思えた。それだけが疑問でならない。

 さっきまで殺人ギルドだと思い込んでいた情報が一気に傾き、ぼやけてしまう。殺人ギルドか否か、その答えを俺は出せなくなっていた。


 その後、残ったプレイヤーは《イシス》に戻り、先に帰ったプレイヤーに《ミックスベジタブル》にボスドロップを奪われたことを話した。

 ほとんどのプレイヤーはあからさまにがっかりした顔になったが、死人がゼロだという結果を聞くと、攻略完了時と同じ、いや、それ以上の歓声を上げた。


 こうして《女帝》の攻略は終わった。


 《イシス》の街中を当てもなく歩き、気分を休めている。HPやスタミナは回復しているが、気分的に疲れたので散歩……といったところだ。

 ボスドロップをもらえないのは少しだけ残念だが、俺にはほかに得たものがある。経験値と、新たなスキル《魔刀流・朧染》と……


『ねぇねぇ、あの人ってもしかして……《白褌の一本気(シルクロード)》かな?』

『あ、マジだ! 《女帝》攻略で活躍した《白褌の一本気(シルクロード)》じゃん!』

『うわ、ガセかと思ったけど本当に要るんだ……って言っても装備着てるじゃん』

『けど、ピンチになったらふんどし一丁で敵を切るっていうぜ?』

『あれが最強の変態なんだな……』


 《白褌の一本気(シルクロード)》なんていう、聞こえはかっこいいがとても残念な二つ名を得てしまった。他のユーザー間ではこの二つ名が定着しているらしく、俺は見事に全世界から変態扱いされることになったのだ。


 すると、目の前から女性プレイヤーが息を切らして走ってきた。


「あ、あの! 《白褌の一本気(シルクロード)》さんですよね? 握手してください!」

「ああ、そうだ」


 俺はできる限りの最高イケメンスマイルで彼女の差し出された手を握る。やべぇ、俺マジイケメン。今は冷静ではいるようだが、彼女は俺がいなくなった途端、興奮で卒倒するに違いない。

 彼女は顔を真っ赤にさせて遠くにいるだろう友達の元へと戻って行った。俺は爽やかな笑顔でそれを見送る。アフターサービスの笑顔も忘れないところは、流石は俺だな。


『ほら、言われた通り握手してきたわよ。何でじゃんけんに負けたからって私がこんな……』

『やだー。ちょっとこっち来ないでよ、妊娠しちゃうじゃない』

『早く手を洗ってきなよー』

『言われなくてもそうするわよ。もう二度とこんなことしないんだからね』


 い、いや、今のは空耳だ。きっとそうだ、そうに違いない……。


 どうせならヴァルヴァディアさんやゲイルさん、ギルが持っているようなかっこいい二つ名にしてほしかったよ。なんだよこれ、俺を変態に仕立て上げるための機関の陰謀か?


「すごい人気ね、良」

「この人気をお前にも分けてやりてぇよ、夜桜」


 皮肉なのか本心か、俺の横を歩く夜桜の言葉にほとほと参る。その通りなだけにこの現実はどうにもう受け入れたくない。けれど……まぁ無理だろうな。世間を変えるなんざできねぇよ。


「けど、まぁいいじゃない。すっごい有名人(へんたい)よ」

「おい待て、今さりげなく心の内を漏らすんじゃない。ちょっと悲しくなるだろうがよ」

「あんなスキル……あなたの性癖が具現化したのかしら?」

「そういうのは本人に聞こえないように言えよ!」

「え、その通りなの!?」

「ちげぇよ! 俺は変態じゃねぇよ!」


 ふざけるな、わたしは断じて認めん。世間の二つ名なんぞに私の性癖はやらせはせん、やらせはせん、やらせはせんぞおおおおおお!!


「あ、あの!」


 っと、また誰だ? また俺のSAN値を下げる輩がやって来たか?


「ん、今度は誰……?」

「あの、リョウさんですか? 《女帝》攻略の時に活躍した……」

「あぁ、君か……」


 俺が守った女の子だった。ふんどし一丁で守る男の背中はさぞ頼りがい……無いって分かってますよ、できるだけポジティブに生きようと努力してるんですよッ!

 少女は見た目で言うと……フィルベルトが喜びそうな年齢だった。背中に装備している武器は真っ黒で彼女の背丈ほどもある大きな鎌。黒い光沢のあるそれは死神をイメージさせ、女の子とはミスマッチしている。それと、その死神をイメージさせる鎌にマッチした真っ黒な装備。真っ黒なダッフルコートのような装備に、たぶん、その下も黒いのだろう。膝丈スカートは柔らかそうな生地の裾は黒いレースがあしらわれていて、そこだけ女の子の幼さと合っていた。


「して……どうしたのかな?」

「あの……お願いします! わたしを仲間にしてください!」


◆◇◆◇◆◇


「まぁ、まずは……なんでかな?」

「えっと……あのですね……」

「あーっと、敬語使わなくていいよ。喋りにくいだろ?」

「あ、はい。ありがとうございます……あ、うん」


 俺たちは《イシス》の喫茶店に入り、突然現れた女の子の話を聞いてあげることにした。珍しく、今回は夜桜は俺にたからない。成長したのか……って人前だからかな?


「あの……わたし、むこうの世界でこっそり年齢を嘘ついてこのゲームに入ったの。それで、すっごく楽しみだったんだけど、HPが無くなったら死んじゃうって……怖くなってずっとモンスターのいないところで隠れていた」


 実際、こういうプレイヤーは結構いたりする。食べる物が食パンだけならある程度までは初期に配られる金だけで何とか食いつないでられるから。

 けれど、それにももちろん限界はある。


「それで、お金が無くなったからモンスターを倒そうと思って、がんばって二次転職もした。怖かったけど……強くならなきゃ死んじゃうって思って……それで《女帝》攻略にも参加してみたの」


 そして、自分の力は到底及ばないと分かって、恐怖に支配されて体が動かなくなって座り込んでたわけか。まぁよくあるパターンだな。死ななかったのは本当に幸運だと思う。


「あの、本当にありがとう……です」

「お礼なんていいよ、見殺しにしていた方が後味が悪いからね」

「それで、わたし、これから一人で戦うのが怖くて……リョウさんなら安心できるかなぁ……なんて。とっても強かったし、ふんどしだけだったのは不思議だったけど、優しそうだったから……」


 ちょっと俯き気になったいた女の子は上目使いで俺に視線を送る。ぬぅ、そんな風に頼まれたら断る選択肢なんて消滅されちまいそうだぜ。

 だけど……


「夜桜はどう思う?」


 これが問題だ。カーディナルの件で夜桜がどうなったかは分からない。が、少なくとも今は正常……いや待て、正常ってなんだ? うん? 普段の夜桜ならば正常なんだよな? じゃあ普段の夜桜ってどれが普段の夜桜なんだ? 今までの超怖い魔人さまのあれが普段の姿か? まてまてまて、そんなの認めたくはない。俺に対してひどい事をする夜桜のあれが正常って……いやだ、認めたくない!!

 ともかく、夜桜が一緒に居る以上、こいつの許可も必要なのだ!


「ん、いいんじゃないかしら?」

「え!? マジか!? お前頭大丈夫か!?」

「わたしだって子供を見捨てるほど鬼じゃないわよ……って、何その物言い?」

「いえ、なんでもないっす!」

「それに……」

「それに?」


 と俺の疑問をよそに、夜桜は向かいに座る女の子の隣へ座り……膝に乗っけて両手で抱きしめた。


「この子なんだか可愛いんだもーん、健気で頑張っている所とかも可愛くて、断る理由なんてどこにもないでしょ?」


 あぁ、夜桜にも母性本能なんてものがあったんだな。うりうりー、ほっぺをつついて楽しそうにキャッきゃうふふしている二人はとても仲良さそうだ。


「よし、わかった。じゃあこれからよろしくな、えっと……」

「ミルだよ。よろしくね、お兄ちゃん」

「お、お兄ちゃん? なんで?」

「うーんと……一番しっくりくるからかな?」

「あー、いーなー、いーな良ばっかり―。ねね、ミルちゃん、私もよろしくね。名前は夜桜。お姉ちゃんってよん――」

「よろしくです、夜桜さん(・・・・)


 ピキッ――


 あ、ヤベ。何かが壊れそうだ。


「ミルちゃん、ミルちゃん、ちょっとこっち来て」

「ん、どうしたの?」


 夜桜の膝からとんっとおり、俺の方へ寄ってくる。俺は耳を貸してと、ミルの耳元で小さくささやく。


「あのな、夜桜……あいつ、『お姉ちゃん』って呼んでほしいらしいぞ」

「え、でもちょっと変な感じがするんだけどなぁ……」

「あいつは妹とか弟が欲しかったから、『お姉ちゃん』って呼ばれてみたかったらしいんだ。だからお願いできるかな?」

「ん、わかりましたぁ」


 ミルは夜桜に向き直り、何を思ったのか咳払いを一つ。


「よろしくね、夜桜お姉ちゃん」

「はぅ!? うぅ、かわいい~~!!」


 瞬間、固まった夜桜の顔がへにゃへにゃになり、顔が一気に赤くなる。両手にほっぺを当ててて体をくねらせて――……ちょっとキモいぞ。やめれ。


 それにしても、ほんと最近夜桜のキャラって変わったよなぁ。ゲームに入ってからも少し変わったし、カーディナル云々でヤンデレ気味になって、今度は普通に戻りつつある。……進化しているのかな? 通信交換した覚えはないし、炎の石や水の石なんて使ったこともない。夜桜の性格はいつ進化したのだろう? 元の性格が一番なのだが、俺はどこでBボタンを押し忘れたのだろう? Bボタンさえ押せば進化をキャンセルできたかもしれないのに……。どこかのポケットに入るモンスターのように。


「面白い事やってるね、リョウ」

「アリアか……どうした? 突然?」

「わざわざ『これから出てくるよ~』なんて言ってから登場しないわよ」

「見た目の割に口がキツイな……」

「メンタルケアAIだからね」

「俺のメンタルは削られまくりだよ」


 いつの間にか指輪から出てきたアリアが、ミルちゃんを撫でながら何か言ってる。どちらも同じような背丈だが、アリアは中身が見た目よりもちょっとだけ大人じみているから、お姉さんが妹をかわいがっているみたいだ。


「って、メンタルケアAI?」

「そ。もう戦いはできないよ。わたしが《オービット》のボスとしてプレイヤーと戦うまでは」

「でも《オービット》はまだ解放されてないんだろ?」

「そう、だからそれまで自由にするんだ。ちょうど、この子はわたしがついててもいい感じだし……。同い年の子がいれば気が楽でしょ? ね、ミルちゃん、よろしくね。わたしはアリア」

「あ、よろしくね。えっと……AI?」

「まぁ、俺たちの仲間だと思っていればそれでいいよ」

「そうなの? でもさっきお兄ちゃんの指輪から出てきたような……?」

「気にするな」

「そっかぁ……」


 子供にAIって言っても理解するのが難しいだろう。正直、俺からしても説明するのは面倒くさい。


 それから、アリアからメンタルケアAIにできることを聞いた。大前提として戦闘はできないとのことだ。フィルベルトが現実世界でカーディナルを作った人と交渉すればこの先どうなるかは分からないが、ひとまず今のところは無理。

 そして、指輪の耐久値もなくなったらしい。戦闘をしないから必要ないんだとさ。けれど、そこら辺にあるNPCと同じく、プレイヤーやモンスターの攻撃でダメージを受けることもなくなったらしい。これが、俺が《女帝》の体当たりを受けて生き残ったからくりらしい。耐久値がないから実質防御力は無限大。カーディナルから何をされるか分かったものじゃないから、あんまり頻繁にプレイヤーをかばう事はできないが。

 最後に、指輪の持ち主は俺だが、これは俺を行動の拠点としているだけで、四六時中俺と一緒に居る事は無くなったらしい。メンタルケアAIだから、不特定多数のプレイヤーに憑かなければいけないのだが……


「そこは簡単に解決できるんだよね」

「どうやって? そんなことしたらまたカーディナルに何かされるんじゃないのか?」

「不特定多数……ってところがミソなんだよ。まず第一に、拠点はRyoというプレイヤーだから自然とあなたに一番多く接触することになる」


 へー、そういうもんなのか? 拠点だからって理由じゃあカーディナルは許してくれるとは思えなんだが……。


『そこはある程度は大丈夫』

「な――ッ!?」


 突然頭に響いた声に耳をふさぐ。が、その聞き覚えのある声は遠慮なく続ける。


「フィルベルト……」

『あ、僕に話しかけない方がいいよ。謎の独り言を言っている変人に周りから思われるよ』

「てめっ――」

「良? どうしたの?」

「あぁ、夜桜、なんでもない」

「そう?」

『用件だけを伝えるね。まずアリアは復活、それにつきリリアもゲームに復帰。僕は今はゲームにログインしてない』


 夜桜がミルを撫でながら不思議そうにこちらを見ているが、気にはしない。俺は頭に響く変態の声に耳を傾ける。


『メンタルケアAIなんだけどね、カーディナルも思考回路までは支配できないってことさ。僕がアリアを作った時、指輪の持ち主にできるだけ一緒に居るように設定したから、その行動パターンの方がある程度優先されるってことさ』

『じゃあ指輪をだれか第三者に渡せばそっちへ行くのか?』


 俺は試しに頭で思うだけで、フィルベルトに話しかけてみた。


『いや、そもそもそれは破棄不能アイテムだからね、それだけは変わってないでしょ』

『確かにな……』


 どうやら頭に思うだけでもフィルベルトに伝わるみたいだ。


『その行動パターンが埋め込まれてあるから、アリアはたまにいなくなったりはするだろうけど、基本は君のそばにいるよ。用件は終わり。二人もロリを従えるなんて……僕は君をいつか刺すかもしれない。とてもうらやましいよ』

『黙れ変態』

『じゃあね、あと一つの理由はアリアから教えられると思うよ』

「あ、おいちょっとま――ッ」

「さっきからどうしたの、良? 黙りこくったかと思えば急に独り言を言い出して……ハッ、もしかして真の変態への目覚め!?」

「夜桜……俺はとても普通の人間だぞ?」

「お兄ちゃん……頭、大丈夫?」

「いや大丈夫だ。大丈夫だからそんなかわいそうなものを見る目で俺を見ないでくれ」


 いつの間にかフィルベルトの声は消えていて、こちらがいくら呼びかけても応じる様子がない。ちっ、マジ使えねぇ自分勝手の変態だな。


「で、アリア。二つ目の理由は?」

「うん。すっごく簡単なこと」


 すると、アリアはミルを指さした。突然自分に注目が集まり、それまで全く話についていけなかったミルはハッとなり、どうしていいか分からず、下を向いて視線をそらしてしまった。


「カーディナルがこの子が最優先だって決めたから」

「……はぁ? なんでまた?」

「《女帝》攻略の時の行動パターンを見たからでしょうね」


 と、続けるは夜桜。こいつは後方支援に徹していて、ジョブも《プリースト》な故に、なるべく多くのプレイヤーに目を配っていたからミルがどんなふうに行動していたかよく覚えているらしい。


「この子、頑張ろうとはしたけど、ずっと怯えていたわ。なるべく雑魚を相手にして攻略に貢献しようとはしていたけど、ずっと震えてた。このデスゲームの世界でずいぶん精神をすり減らしてきていたんだと思うの」

「それで、カーディナルはミルを最優先だと決めたんだな。一番精神的ダメージを負っているプレイヤーだと判断して」


 ミルは年齢を偽ってこのゲームに参加していると言った。この《ジョクラトルオンライン》は一応年齢制限はかけてはいるが、それを確かめることはしなかった。VRMMOをプレイした時に幼い子供に与える影響がどのようかを運営が事前に説明したので、ほとんどの親はストップをかけているが、ミルはそれを隠れてやってのけたから今ここにいる。

 たしかに、幼い子供に生と死の境界線を歩かせるとたちまち精神が参ってしまうだろう。


「よって、わたしはリョウとミルと夜桜さんと一緒にいまーす。、戦闘はできないけど、よろしく~♪」

「よろしくね、アリアちゃん。えへへ、同い年の子がいてよかったぁ……」


 アリアとミルは抱き合って喜んでいる。っと、アリアも夜桜の上に載ったせいで夜桜がちょっと重そうにしている。降りてあげな、二人とも。

 まぁ、ここで追い出すのもアリアにしても、ミルにしても酷だろう。それに俺自身アリアには戻って来てほしいという思いがあったので拒む理由なんてどこにもない。

 じゃあよろしく――とアリアに手を伸ばそうとしたところで。


「という事で、リョウにお願いがあります」


 なんだよ、まだあんのかよ。そろそろ俺休みたいよ、一区切りしないのか、まだなのかよ!?


「まぁまぁ、これで最後だから」

「そうなのか? これで最後か? 回収しきれていない伏線はないか? 矛盾した設定とかはないのか!?」

「まぁ、少しはあったけど……許容範囲だから大丈夫。それよりわたしからのお願い……いい?」

「だめだ、俺は《海楼》を作ったせいで若干金欠気味なんだ。高いものは買えない」

「うわっ、それ男としてどうなの? しょぼくない?」

「夜桜黙ってろ」

「お金じゃないよ~。えっとね……うんとね……」


 さっさと言えよ、上目使いで可愛い顔しても俺はとても可愛いと思うだけで何にも出ないぞ。


「あなたたちだけのギルドを作ってほしいの! ダメ……かなぁ?」


 ギルド? なんでそんなもんつくらにゃ――なっ!? その顔は反則だぞ……。む、ぬぅ。


「なぜだ?」

「ギルドってあると、Ryoやミルっていう個人についているわけじゃなく、ギルドについていると認識されるから、長く一緒に居られるからなんだけど……」

「わ、わたしからもお願いします! ずっとお兄ちゃんと一緒に居たいです。アリアちゃんや夜桜お姉ちゃんとも一緒に居たい!」

「わたしも! わたしもそれがいい! 良をずっと縛ってられる!」


 ちょっとぉ! 夜桜だけ理由がむっちゃ怖いんですけど! そのちょいヤンデレやめてくんない!


「ギルドかぁ……正直、面倒くさいんだよなぁ」

「お兄ちゃん……わたしと一緒に居るのが面倒くさいの?」

「ミルちゃぁん、わたしも良からは要らない子だってぇ。ふえぇぇん」

「うぅ……ぐすっ」

「私もいらないの? そんな! あんなに愛の鞭をあげたのに!」


 夜桜はそのせいだからあんまり一緒に居たくないんだよッ! それさえなければいつでも一緒に居てやるよ!


「って、あぁ泣くな泣くな。ギルド作るから。誰もいらないなんて言ってないだろ?」

「ほ、ほんとうにぃ?」

「本当だって」


 目に涙をいっぱいにためていたミルが一瞬で笑顔になる。

 誰かがそばにいてやんないとこの子はダメかもしれないな。一度守っちゃったんだ、最後まで面倒見ても……いいかもな。


「さーて、じゃあギルド名だが……」

「(リョウが)《変態王子》!」

「《新しいギルド》がいいかな?」

「《リョウはわたしの物》!」

「ロクなのがねぇな!」


 特に最後の夜桜のなんてギルド名じゃねぇだろ!? お前の願望だろ? あと、アリアのそれはなんだ? あれか? これは新手のいじめか? それともケンカ売ってんのか?

 それにミルのそれはなんだ? 新しいファイルだとかそういう類のことか? 無理して出さなくてもいいだぞ。


「やっぱりおれが決める」

『えぇーー』

「拒否権は無し」


 えっと……どうしよっかなぁ~。と、目の前のカプチーノを味わいながら考える。うん、ちょっと苦い。もうちょっと砂糖が欲しい。


「え~……《ログアウト》ってのはどうだ? プレイヤーがいつか無事にログアウトできるようにってことで……」


 どうかな……? と続けようと思ったが……いやいやいや、その沈黙は何!? 滑っちゃったかな? 結構いい名前だと思ったんだけど。

 俺以外の三人は互いの顔を見合わせ、耳元で俺に聞こえないようにひそひそと話し始めた。

 なんか俺一人だけ疎外感感じるんですけどー。ちょっとー、俺一人ぼっちにしないでー。


「いいんじゃない? 良にしては珍しくネーミングセンスが光ったわね」

「なんだよその上から目線は……アリア……はいいとして、ミルはこれでいいかな?」

「ひどい!? わたしだけ置き去り!?」

「うん、いいと思うよ。《ログアウト》がいい!」


 っと、まぁアリアはほっといていいや。どうせ……というのも失礼だが、プレイヤーじゃないんだし。


「じゃあ早速作るか。確か……メニュー画面から作れるんだよな? 俺がギルドマスターでいいか?」

「いいよー。お兄ちゃんがなってくれた方が安心かも」

「異議あり!」

「はい、どうぞ夜桜さん」

「立場的にどうかと思うの。だって良が私より上の立場にいたら、良はわたしの所有物だっていう関係に矛盾が――」

「はい、作ったよー。それぞれのメニュー画面から加入申請して」

「ちょっと! まだ話は終わってないわよ」

「ミル」

「なぁに?」

「ちょっとしばらく夜桜の膝の上に乗って、両腕を抱きかかえといてくれないか?」

「え、なんで? ……こう?」

「うん、そうそう。そしたら夜桜は――」

「あぅ。ミルちゃん可愛い。うぅ~♪」

「何も言わなくなる」


 一応、サブマスターは夜桜にした。ミルを合わせて三人、アリアを合わせると四人の小規模ギルドだが、ギルドのことには変わりはない。

 これは……俺が最低限絶対に守らなければいけないギルドだ。ミルはもちろんのこと、夜桜も強いとはいえHPを全損すると死んでしまう。これだけは、俺の絶対防衛ラインなのだ。


「じゃあこのギルドは当分の間は新参者の受け入れは無しね。このギルドには、俺が何があっても守りたいメンバーを置いておきたいから」

「良が言うならそれでいいわ。けれど、わたしも良を守るからね」

「頼りにしてるよ、夜桜」

「わ、わたしも頑張る!」

「よろしくな、ミル。それと……アリアも」

「はいはーい。基本的にすることはミルちゃんの心のケアですが―。わたしは気楽に頑張りまーす」

「ハハハ、よろしくな」


 《イシス》の喫茶店の片隅で、俺のギルド……《ログアウト》が結成した。

 これで……少しだけでも、前進できるといいなと思っている。


「ところでさ、ミルのその真っ黒な装備は何? かなり目立つけど……」

「ッ!? ふんどし一丁になる良が服装を語っている!?」

「夜桜黙れ。好きでやってるわけじゃない。不可抗力だ」

「えっとね……《ネフティス》の怖いお兄さんの三人組がやっている店で買ったの。武器がこれだから、この装備だと武器の威力が少し上がるって聞いて……わたしは一応《狩人(かりうど)》だから、カマが似合うだろうって言われたんだ」

「え? 怖いお兄さんの三人組って……」

「ゴウさんと、ヤスさんと、エンさん……だっけ? そのエンさんにやってもらったの。お兄ちゃん知ってるの?」


 ……世界は、狭い。


「と、ちょっとごめん、何かメッセージが来た」


 俺が世界の狭さにあきれていると、不意にシステム音が鳴った。これはメッセージだ。えっとなになに……『表に出ろ』……なんだこりゃ?


「すまん、ちょっとチンピラに呼ばれた。(シメ)てくる」

「ミルちゃんがいる前でそんな汚い言葉使うな。ミルちゃんの耳が汚れちゃう」

「おぅ。そうだったな、わりぃ」

「お兄ちゃん行ってらっしゃーい」

「行ってきまーす」


 背中で見るの可愛い声を浴びながら外に出た。えっと……『表に出ろ』と言われても、だれもいない――


「リョウ君」

「うわっ!? ……って、ただの変態(ロリコン)か」

「違う私は紳士(ロリコン)だ」


 なにがちがうんだ。俺から見ればお前らなんて変態でそれ以上でもそれ以下でもねぇよ。


「君は……大きすぎる罪を犯した」

「どうした? 俺は地球破壊爆弾でも使ったのか?」

「そんな四次元に通じるポケットから出てくるような秘密道具なんてあるわけないじゃないか。それよりも大きいことだよ。わたしは運営側の人間として……これを許すわけにはいかない」


 いつにもなく真剣なフィルベルトの顔に、少なからず焦った。何か俺やったか? そりゃあバグは使いまくったけど、修正パッチが出てない以上、これはメーカー公認だろう。銀髪碧眼の「ニャ」から始まる邪神の少女も言ってたことだからバグのことではないはずだ。


 フィルベルトは眼鏡を中指で上げ、鋭い目で俺を見る。目を逸らそうとしても金縛りにあったように動けない。やばい……俺、消されるのか?

 長いようで短い沈黙をフィルベルトの低い声が破った。


「君は……」

「な、なんだ……」


 やばい、これはかなりシリアスな展開なんじゃないのだろうか? いろいろなパロディネタがあったり、変態が闊歩するこの世界でシリアスは似合わないのではないだろうか? けれど、フィルベルトが出す雰囲気は本物――


「ロリを集めすぎた。しかも、それをギルドで縛っている!」

「……………………はぁ?」


 前言撤回。やっぱりこいつは自分の性欲に正直だ。


「なんだあの子は!? あんな可愛いロリがいるなんて知らなかったぞ! リョウ君だけずるいではないか! わたしにも分けろ!」

「ふざけるな。飢えた獣に肉を分けるほど俺は馬鹿じゃねぇんだよ」

「答えはハイかイエスだ」

「実質一択じゃねぇか」

「ええい、うるさい! とにかく分けろ! できなければ私をお前のギルドに入れろ!」

「いやだ。ミルとアリアが汚される」

「嫌なら全てのモンスターの強さを『ものスゲー強い』にするぞ!」

「小学生かお前は!」

「いやだいやだいやだいやだ。入れてくれなきゃやーだー!」


 ついに駄々をこね始めたフィルベルト。いい大人が恥ずかしくないのだろうか? いや、こいつは本物のロリコンだ。手段のためならば自分のプライドなんて平気でドブに投げ捨てるだろう。こいつはそういうやつだ。

 となると、真のロリコンと運営者側の人間である時点で俺の選択肢は……実質一つだ。


「分かったよ。だから喚くな。人が見てる。俺が変態扱いされる」

「私は構わない」

「俺が構うんだよ! ……はぁ。ただし、条件がある」

「聞こうか」

「なんで急にエラそうに……アリアとミルに触るな、そして必要以上に近づくな。あと変なことを教えるな」

「承諾した。わたしは真のロリコン。聖なる少女(ロリ)を汚すなんて言うバカなことはしない」


 ものスゲー不安にさせられる回答が得ってきたが……。仕方がないだろう。


「それに私は運営者側としての仕事もある。そんなに頻繁にはプレイできないさ」

「そうか……分かった。あ、でも夜桜とミルが許可しないとギルドにいれないからな」


 フィルベルトは顔をつやつやの笑顔にした何度も首を縦に振った。


「私はフィルベルト。ずっとソロでプレイしてきたが、リョウ君に誘われて……ギルドに入りたくなった。わたしも仲間に入れてくれないだろうか?」


 黙っていりゃあ普通の人間で、少しは好意を持つプレイヤーもいるだろうに……こいつはどこで自分の性癖設定を間違えたのだろう?


 少しパーマがかかった髪に褐色肌と眼鏡にドヤ顔。うーん、前言撤回。やっぱこいつドヤ顔うぜぇ。


「あ、よろしくお願いします。夜桜で《プリースト》です。リョウの彼女です」

「最後は無視していいぞ……ってか無視しろ、フィルベルト」

「ミルです。《狩人》です。よろしくおねがい……します?」

「おいフィルベルト、目の色を変えるな、鼻息を荒くするな。今すぐ切るぞ」

「冗談はやめてくれ、リョウ君。平々凡々な私ですが、これからよろしくお願いします」


 そして……フィルベルトを知らない夜桜とミルはすんなりオーケーするのだった。

 フィルベルトは特にレベルが高いわけでも、珍しいスキルを持っているわけでもない奴だったから疑う事なんてなかったのだろう。ジョブは……《侍》か。トモキと同じなんだな。たぶん、レベルもそのくらいだろう。


 けれど、これが最後だ! これ以上ギルドの人数は増やさないからな! 俺のポリシーの問題だ!


 そして、「彼女」発言をした夜桜はあとでしっかり叱らないと。……ってあれ? 前まで立場逆だったはずなのに……。


「あぁ、リョウ君。ちょっといいかい? 外へ……」

「あぁ、なんだ? ん? どうした?」

「ここなら……夜桜さんにもミルちゃんからも見れない」

「だからなんだ。俺はそっち系の趣味はないぞ」

「奇遇だな。私もだ」


 そら、お前はロリコンだからな。そんな趣味なんてないだろ。


 喫茶店の裏の薄暗いゴミ置き場。そこに連れてかれた俺の前にフィルベルトは仁王立ちし……不意に、腰から刀を抜いた。


「私が知らぬ間にロリハーレムを作った罰だ。死ね」

「チョイ待ったあああああああああああああ!!」


 完全な不意打ちを食らった俺のHPはどんどん減っていき……俺は強制的にログアウトさせられた。


 再度ログインしたところは《始まりの町》のいつもの路地裏。俺はミルに俺が帰るのがかなり遅くなったことは出鱈目で誤魔化すのに苦労したことは言うまでもない。

長かったですね。20287字です。さてさて、物語が一段落しましたね。次こそは日常系を書きたいです。戦闘飽きました←

ではではー

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