第十六話 Lv50
「俺が王都へ行く」
カイルが告げると、全員が反対した。
「罠だよ!」
ノアが真っ先に叫ぶ。
「分かってる」
「なら、どうして行くの?」
「養育所とリーネには、逃げられない人がいる」
「私が王様を止める」
「国じゅうを敵にする気か」
「もう敵にされてるよ!」
ノアの言葉へ、カイルは返せなかった。
レオニスが地図を畳む。
「私が王都へ入り、騎士団内部から撤回させる」
「お前は命令違反で追われてる」
「元団長の名は、まだ使える」
「門を通った瞬間に捕まるだけだ」
セラも腕を組んだ。
「全員で行きましょう。戦わずに済む方法を探す」
「ノアを王都へ近づけたくない」
「一人で捕まれば、あの子は必ず助けに来るわ」
その通りだった。
カイルはノアを見る。
「来るなと言っても来るか?」
「行く」
「即答だな」
「お父さんが、怖い時は一人で何とかするなって言った」
自分の教えが返ってきた。
「分かった。一緒に行く。ただし、俺の指示を聞け」
「うん」
「怒って国を壊すな」
「壊さない」
「王様に魔物をけしかけるな」
「お願いするだけなら?」
「それも駄目だ」
ノアは少し残念そうに頷いた。
王都までの旅は十日かかった。
その間にも、小さな魔力災害が続いた。
枯れた川から魚型の魔物を救い、季節外れの吹雪へ閉じ込められた村を《地形改変》で守った。崩れた山道を直し、魔力を失った火竜へ別の熱源を教えた。
避けようとしても、困っている者を見ればノアは止まる。
カイルも、止められなかった。
【Lv40 → Lv45】
【Lv45 → Lv48】
数字が上がるたび、助かった者がいる。
喜びと恐怖を、もう分けられない。
王都の城壁が見えた日、カイルは一人で先へ出た。
「交渉してくる。半日戻らなければ、レオニスの案で動け」
「私も行く」
ノアが袖をつかむ。
「お前がいれば、王は兵を並べる。俺一人なら話す余地がある」
「戻ってくる?」
「約束する」
カイルは小指を出した。
ノアは強く結んだ。
王都の門で、カイルはすぐ拘束された。
交渉の席など用意されていない。
地下牢へ入れられ、翌朝には公開処刑を行うと告げられた。
「半日どころか、最初からか」
カイルは鉄格子へもたれた。
隣の牢から、老人が笑う。
「王様を信じたのか?」
「信じてない。時間を稼ぎに来た」
「何の時間だ」
「仲間が王都へ入る時間」
レオニスは古い地下水路を知っている。
セラなら警備の薄い場所を見抜く。
ノアは、何をしても目立つ。
そこだけが心配だった。
翌朝、カイルは処刑台へ連れ出された。
中央広場には数千人が集められている。
王は城の露台から見下ろしていた。
「この男は世界最終敵を育て、国家へ反逆した!」
侍従長に代わる役人が罪状を読み上げる。
「最後に言い残すことはあるか」
「ある」
カイルは広場の人々を見た。
「北門の馬小屋にいる鹿毛の馬は、右前脚を痛めてる。走らせるな」
役人が顔をしかめる。
「ほかには?」
「城の飼育場にいるグリフォンへ、生肉だけを与えるな。腹を壊してる」
「自分が死ぬ時まで魔獣の心配か」
「預かった命だからな」
処刑人が斧を上げる。
地面が震えた。
広場の人々が周囲を見る。
城壁の外から、低い音が近づいている。
獣の足音。
一つではない。
数千。
王都の周りを、魔獣の群れが囲んでいた。
城壁の上で兵士が叫ぶ。
「竜だ! 北にも西にも!」
「グリフォンの群れが空を覆っている!」
王が立ち上がる。
「世界最終敵が来たか!」
正門が開いた。
開けたのは王国兵ではない。
レオニスに従う元聖騎士たちだ。
セラが先頭を走る。
その後ろに、ノアがいた。
歩いている。
泣いていない。
怒りを外へ出さないよう、両手を強く握っている。
「お父さんを返して」
少女の声が、広場全体へ届いた。
王は露台から笑った。
「国を相手に勝てると思うか、化け物め」
ノアの目が王へ向く。
カイルは縄を引きちぎろうとした。
「ノア、怒るな!」
「怒ってない」
ノアは答えた。
声は静かだった。
静かすぎた。
王が兵へ命じる。
「射て!」
城壁から矢が降る。
ノアが魔力の壁を広げた。
矢は空中で止まり、城壁の上へ戻る。
兵士ではなく、弓の弦だけを切った。
セラが処刑台へ駆け上がり、カイルの縄を切る。
「遅い」
カイルが言う。
「約束の半日ぴったりよ」
「今は翌朝だ」
「細かいことを言わないで」
王国軍が広場へ入る。
レオニスと元聖騎士が盾を並べた。
「剣を下ろせ!」
レオニスはかつての部下へ呼びかける。
「守るべき民を戦場へ巻き込むな!」
「反逆者の命令は聞けない!」
軍の指揮官が槍を向ける。
両軍がぶつかる直前、ノアが地面を踏んだ。
広場の石畳が盛り上がり、二つの軍の間へ高い壁を作る。
【大規模戦闘を阻止しました】
【Lv48 → Lv49】
「あと一つだ」
カイルの背が冷える。
王はノアの能力を見ても、引かなかった。
「民を人質にすれば、国を消せまい!」
露台の下から、拘束された市民が連れ出される。
湖畔都市の避難民。
養育所を手伝った町の者。
ハンナもいた。
「この子らを解放しな!」
ハンナは兵士へ怒鳴っている。
「お父さん」
ノアの声が震えた。
「見えてる」
「みんな、私のせいで」
「違う。捕らえた奴が悪い」
「でも、私がいなかったら」
「自分を悪者にすれば、考えなくて済むと思うな」
カイルはノアの前へ立った。
「今、何を守りたい」
「みんな」
「何を終わらせたい」
ノアは王を見る。
「人を捕まえて、言うことを聞かせる仕組み」
「なら、それだけを狙え」
王が叫ぶ。
「できるものなら、国ごと消してみろ!」
ノアの周囲へ光が集まった。
【危機下での選択を確認】
【Lv49 → Lv50】
広場が静まる。
【節目レベルへ到達しました】
【新能力を取得しました】
【《国家消滅》】
【対象国家の領土・王権・法律・記録・所属概念を消去できます】
文字を読んだ人々が息をのむ。
「国を消せる……」
王の顔から笑みが消えた。
「使えば民も消えるぞ!」
エルドが広場へ駆け込み、表示を読む。
「人間を消すとは書かれておらん! 国家という概念を消す力じゃ!」
ノアが右手を上げた。
王都全体が白い光へ包まれる。
「ノア!」
カイルは彼女の肩へ手を置く。
「怒って決めるな。明日も自分を好きでいられる決め方をしろ」
「分かってる」
ノアは目を閉じた。
「人は消さない」
王冠へ亀裂が入る。
「家も消さない」
城壁は残る。
「みんなが決めた決まりも、全部は消さない」
商人の契約、町の約束、家族の記録は光を免れる。
「消すのは、人を物にする決まり」
奴隷契約が白紙になる。
「生まれただけで、偉い人が決まる仕組み」
王家の系譜が消える。
「逆らった人を、勝手に悪い人にする力」
反逆罪の札が砕ける。
「お父さんたちを捕まえた、王様の命令!」
牢の鍵が一斉に開いた。
【対象を限定しました】
【王権/世襲身分/奴隷制度/強制徴収権/反逆者指定を消滅します】
光が弾けた。
王の冠が粉になる。
市民を拘束していた鎖が外れた。
兵士たちは手にした命令書を見る。文字はすべて白紙だった。
「余は王だぞ!」
露台の男が頭を押さえる。
「誰が、それを証明する!」
広場の誰も答えない。
ハンナが自由になった腕を組む。
「服を着た、ただのおじさんに見えるね」
笑いが起きた。
最初は小さい。
やがて広場全体へ広がる。
王だった男は、誰にも命じられなくなった。
ノアは勝ち誇らなかった。
カイルへ振り向き、抱きつく。
「怖かった」
「ああ」
「全部消しちゃいそうだった」
「止められた」
「お父さんがいたから」
「最後に選んだのは、お前だ」
カイルは娘の頭を撫でた。
解放された人々の歓声が、王都へ響いている。
その空に、亀裂が走った。
昼の青空が割れ、巨大な金色の目が開く。
『最終工程体の成長を確認』
声は王都だけでなく、大地そのものを震わせた。
『神議会は、対象の排除を決定した』




