【45】重い拳
――――怒りに身を任せ巨大な竜が襲い掛かる。
「何年辺境で鍛えられたと思っている……!」
怒りに身を任せた魔物も人間も、周りが見えて無さすぎる。だからこそ。
襲い来る竜の爪から素早く身を翻し、躱されたことに逆上した竜の次なる攻撃を読み、躱す。激昂した竜は獣の本能のように大きく口を開けて、ブレスを放とうとする。あんなもの……山脈の上でなければ辺境ごと消滅するだろう!
「こんのバカ竜ふざけんなあぁぁぁっ!!!」
守るべきものがある。そのために命を懸けてきた辺境の騎士の努力を、献身を、誇りを消すことなど許さない!
勢いよう地を蹴った身体は、翼がないのにもかかわらず目当ての場所へと舞い上がる。ブレスをためるためにがばあきになった竜の頭の側面を捉える。そしてブレスごと消滅せんがごとく重い拳を目一杯に叩き込んだ。
「オメガをナメんじゃねぇっ!!」
その言葉と共に銀竜が喉に轟音を響かせるが、構わない。
次いで2回目に銀竜の腕を足掛かりに顎の下から拳を撃ち上げた。
『ギャアァァァァッ』
銀竜は絶叫しながら背から地面に倒れ伏す。
倒れ伏した銀竜の前にすたっと着地すれば、意地の悪い銀竜が這うように何かを探す。
『こちらにはお前の番が……』
しかし銀竜のそばにアーサーの姿はない。そして銀竜はもう一度俺を見れば絶句する。
「嫌だねぇ……最強の名を冠して幾星霜。自分に絶対の力があると過信すれば、人質に対するガードも甘くなるのかな」
リュヤーがほくそ笑む。
この男ほど銀竜の傲慢を理解する竜はいないだろう。銀竜の敗因はリュヤーが愛するものが誰なのかすら鑑みなかったせいだ。
そんなもの、見れば誰にだって分かるのに。
「そのようだ。アーサー、怪我は」
「たいしたものはない。氷のイバラもリュヤー殿が破壊してくれた」
『ぐぅ……貴様ら……この神と崇められた私に……何と言う狼藉を……っ』
銀竜はその続きを言おうとしてピタリと固まる。そのわけは俺たちの真上にかかった影だと分かる。まるで洞窟の入口をぐるりと囲うかのようにずらりと並ぶ巨大な竜たち。
「黒竜」
その中心で俺たちのすぐ後ろに立つのは先程の黒竜た 。
『うむ、任せておけと言っただろう?』
それはそうなんだが……。
「メスやオスのオメガだけじゃないね」
リュヤーがくすりと笑む。
竜も数を減らしているからまさか山脈にいた竜みんなとか言わないよな?でもそれなら……。
「長い時間をかけて変わったんだ。いや、変えてきた。セイレンさましかり、人間と交わった竜しかり……彼らを見て考えを変えてくれた竜だってきっといる。俺も母もだからこそ、人間を守る神竜であり続ける」
百戦錬磨の武神がにこりと笑う。
「ならもう恐いものはない」
銀竜が神格化されてようが、どんだけ長生きだろうが関係ない。こちとら武神やら子孫繁栄の神やら神々が揃っているのだから。
「さて……お仕置きを受ける準備はできたか?」
ゴリッと指を鳴らしながら、ずしり……ずしり……と銀竜に足を向ける。
「お前が誰に牙を剥いたのか分からせてやるよ」
俺は最強のオメガ・セイレンの孫だぞ?ニィと唇を吊り上げれば銀竜がわなわなと震え出す。
『ま……待てっ、待つのだ!』
そう言うと銀竜が雪を纏いながらぽふんと姿を変える。雪のベールが剥がれ俺たちの前に現れたのは10歳ほどの銀髪に金眼の竜人の子どもだった。
「こ……子ども?」
「そ、そうだ!このようないたいけな童に手をあげるなど外道の極み!」
お前が言うかお前がっ!
「そう言えばあのひと、ヒト型だと昔からあの姿をとるんだよね。大人の男の姿の方が便利なのに何故なんだと思っていたけど……こう言う時に使うためか」
リュヤーが遠い目をしていた。そうかあ……あれは今偶然思い付いたわけではなくあの銀竜にとってデフォルトの竜人姿。
「その理由もその理由でせこすぎないか。辺境の民を人質にしておいて往生際が悪い」
全くもって今回はアーサーに賛同である。
「ふ……ふんっ、だからもうこれでお前たちも手が出せんだろう?だから私の勝ちだ!」
勝ち負けじゃねえだろ。そして勝ちにこだわれば解決と言うわけではない。
「お前はひとつ勘違いをしている」
「は……?」
「子どもってのはな悪いことをしても許されるわけじゃない。悪いことをしたら大人や保護者、
親に叱られるものだ」
うんうんと頷く黒竜たち。
「だからこそ、お前が子どもの姿で逃げおおせようとしているのならそれこそお説教だ。そんなお前に相応しい罰をくれてやる。母さん直伝のとっておきだ」
「な、何をする気だ、体罰だぞ!」
確かに現代日本じゃあそうなるな。だがここは異世界。目の前の竜は子どものふりして逃げようとしている1000歳を越えるショタジジイ。つまり……。
「てめぇの場合は体罰にはならねぇっ!いい歳した大人なら罰を受けるのは大人としての義務だろぉがっ!!」
俺は逃げようとした銀竜の腰をガッチリとホールドすれば、そのままもう片方の手で尻の布を剥き……思いっきり叩いた。
パァンッ
世界で一番早く朝陽の昇る銀竜山脈の上で清々しいほどの絶叫が響き渡った。




