【37】竜の雫
――――アーサー、コンラートさんに続いて個室に移動すれば、諜報担当の近衛騎士が共に警備を担っていた。そして椅子に座らされているのは第2王子ヤタと……あの時の少年だ。第2王子はともかく、彼の手首には手枷がつけられている。これらの処置も仕方がないこととはいえ、どうして彼まで……?
「アーサー殿下、ろしてロシェさま。まず今回のアスマの件……何とお詫びをすればよいか……」
「それで済む問題ではないことも、貴殿なら分かっているはずだ」
俺もアーサーに続いて2人の向かいの席に腰掛ける。
「ええ……もちろん。ですから全てお話しします。あなた方が知りたがっていることを」
ヤタはそう言と、ゆっくりと語り始める。
「まず、この子はアルヤと言います。この子はアスマが私の弱味を握るために連れてきた子です」
「どうしてそれが貴殿の弱味になる」
「番なんです。まだ番ってはいませんが……この子は」
まだ子どもだから番えない。しかしそれが分かっているのなら2人は運命の番なのだ。
「デゼルトでのオメガの扱いはあなた方もご存知の通り……人権はおろか戸籍すらない。ただのモノ。ユラは王族のオメガであったからこそ戸籍はありました。けれど王家にとっては政略の道具だった」
貴族同士の繋がり、王家との姻戚関係を結ぶため、その血を引くものが政略の道具とされることは普通にある。それでも愛情があればそのような言い方は嫌うし、嫁いだ後の幸せを家族が祈る。それだけの違いだ。だがデゼルトでは政略の道具はモノと同等だ。
「オメガはモノとしてアルファ同士やアルファとベータの夫婦の間にアルファが生まれなかった時のスペアを作るためにある。それがデゼルトでの考え方です。けれど私はそんな非情さには馴染めずアスマに隙を見せてしまった。ゆえにこの子はアスマの『道具』となった」
ヤタはアルヤに優しさを示したのだろうか。イルが育った農園の主のように。
「それは王家の秘術によって成るものです。あれを持ってきてもらえますか?」
ヤタが告げれば、諜報隊員のひとりが特徴的な形の赤い実を見せてくる。
「変装していた商人から没収したものです」
「そうか……この匂いは間違いない。アスマからもした。操られたと思われるデニズやアルヤからも」
「この実はデゼルトでは竜の雫と呼びます。そしね深い幻覚作用を促す効果があります」
有識者たちの言った通りだな。
「しかしこれだけでは秘術は完成しません。秘術にはデゼルトの直系王族のこの赤い目が必要なんです」
ヤタが自身の左目を指差す。
「これはデゼルトの王家に伝わる力。その条件はアルファであること、この赤い瞳を受け継ぐこと。不思議とこの瞳を持ったアルファは民衆から莫大な支持を得ました。アルファならばカリスマ性のひと言で説明が付いてしまうが……真実に気が付いた王がいた。王はその力を使って美しい竜を我が物にしようとしましたが、逆に打ちのめされ異能のほとんどを封じられてしまったのです。それは魅了の力でした」
魅了……ファンタジーではよく聞く言葉だが、この世界でも……一国の王族に受け継がれていたとは。
「王家はどうにかして封印を解こうとしました。その研究の末に見付けたのが竜の雫。幻覚の力とアルファの本能、僅かに残った異能の一部は最悪な代物を産み出した。それは一種の洗脳でした。それも……オメガにだけ効くもの」
「それが一連の事件で見られた『記憶を失う』『操られる』と言った事象に繋がるのか」
「ええ。そして一度その洗脳にかかれば、解く方法は見付かっていませんでした」
「……いなかった……とは」
「アルヤはユラのように断続的な洗脳ではなくアスマによって常にかかっている存在だった。けれど今……こうして解けている。こんなことは他のオメガにもあり得ないことでした」
「一体、何故」
「けどデニズも同じように、解けたぞ」
俺たちは顔を見合わせる。
「それはこのドラッヘンに洗脳を解く何かがあったとしか……」
「うーん……ひとついいでしょうか」
その時声をあげたのはコンラートさんだった。
「何か分かったのか?コンラート」
「そうですね……これはもしかして……なのですが。ロシェ」
「うん?」
「洗脳が解けた時、ロシェはデニズやアルヤの目を見て何かを叫んだのでは?」
「まあ……確かにそうだったかも」
「それが洗脳を解くような言葉だったとしたらどうです?」
「それだけで解けるなら、今まで誰も解けなかったのは……」
「アーサー殿下洗脳未遂」
ギクッ。
「……え?」
何かヤタにまで白い目で見られてるんだけど!?
「あなた、アーサーさまの目を見ながら告げましたよね。そしてアーサーさまはそれに反応した。だとしたら……あなたにも同じような素質がある……いやそれよりもとてつもなく強い何かが」
「……」
いや、何それ。
「オメガは発情期にフェロモンでアルファを誘惑する。性質が似てませんか。それもあなたは色々と規格外のオメガ。さらには……辺境には竜人やその子孫が多い」
「紛れていても……おかしくはないな」
うちの母さんもオメガだがアルファ顔負けだし。
「それともうひとつ気になっていることがあります」
コンラートさんがヤタさんを見る。
「ユラさまの瞳もデゼルトの王族の瞳よりも淡い水色ですが、王族由来であることには変わりない」
つまり矛盾しているのだ。そしてその矛盾はヤタの左右の目にも現れている。
「どちらもデゼルトの王家の色です」
デゼルトの王家の色は2色あった。いや……。
「元々一色だったのか」
ヤタの青に近い目と赤い目。青と赤を混ぜれば紫になる。
「つまりあなたは……彼らよりも上位の竜の目を持っている」
その……末裔だと。彼らの祖先は自分たちの祖に憧れ、力を利用しようとして罰を受けたのだ。




