【33】イルの記憶
――――急いで王太子妃宮に向かえばエリックたちと合流する。
「今医官に見てもらっている。ユラさまの顔色が悪いのは我らも察知した。何か決定的なものを感じたのか?」
「少なくともオメガの発情期を誘発するものや身体に影響の出るものじゃない。俺の知る限りな。だが……」
「気になるのか」
カヤハンの話のこともあるからな。
「少し。ここにもデゼルトの出身者がいるだろう?」
「お前が保護して来た子らだな。彼らも心配そうにしている。こちらだ」
ユラさまの元には侍従長や先輩侍女と共にゼンとリタの姿もある。デニズはまだ休ませてやっているのだろう。
「ロシェ!」
「シャロン、お前も来てたのか」
先輩医官と来ていたシャロンである。
「お身体に異常は見られません。しかしデゼルトの使節団の出迎えの時となると……精神的なものが考えられます」
先輩医官が告げる。
「そうか……因みに聞きたいことがある。ユラさま」
「ロシェ……?」
「アスマ王太子と相対した時、何か感じたことはないか。特に……特定の匂いとか」
「……っ」
ユラさまの顔色が変わる。
「……した……のは覚えてる。でもそれが何だか分からない。嫌な感じがした……記憶のどこかで赤い焔が揺れるの」
それこそがカヤハンが言っていたものだとしたら。
「ゼンとリタはどうだ?」
「私たちもよく分からなくて。でも何だろう。焔……何か、忘れているような」
「……あ、でも……ゼン」
その時リタが思い出したように告げる。
「私たち、どうしてかデゼルトからドラッヘンに移送されている記憶がなくて。忘れているだけかもしれないって思ってた。それをイルとも話したら……イルは『忘れていた方がいい』って……」
「……まさか、イルなら何か覚えている」
「あのね、ロシェさま」
「……リタ?」
「私たちはみんな同じ苦しみや悲しみを背負ってる。だけどみんながいるからやっていける。ロシェさまがいるから生きていけるの。でもイルは……ひとりで抱え込んでいるんじゃないかって……」
「分かったよ、リタ。イルの話を聞いてくる。俺はお前たちを絶対にひとりにはしない」
「うん……ロシェさま」
涙ぐみながらも頷いてくれるリタの頭をなでる。
「エリック、ここは任せていいか」
「無論、俺たちは専属だから」
「分かった。それじゃあユラさま。また後程」
「ええ……ロシェ。気を付けてね」
「お任せを」
俺は急いで第3王子宮に向かう。
※※※
――――第3王子宮
「ただいま戻りました、リュカさま」
「ロシェ!?お帰り!」
「サボりなら張った押すぞコノヤロウ」
リュカさまは相変わらずの天使っ!でもエレナさんのその眼光はこええぇ……。
「違う違う、実はイルに会いに来た」
「なら従者用の控え室のはずだが」
「サンキュ、エレナさん。リュカさま。任務が全て終わったらたくさんなでなでしますからね」
「うんっ!ぼくいいこで待ってるよ!だからね……義兄さまのこと」
「お任せを」
守ると決めたからな。
リュカさまにひらひらと手を振り合い従者用の控え室に入れば、イルがお茶の準備をしていたようだ。
「ロシェさま!?一体もうして……」
「イル、緊急だ。お前がドラッヘンに移送された時のことを教えてくれ」
「……っ」
「辛いことかもしれんが、もしかしたら王太子妃さまや……それからデニズが」
「……デニズまで?何故……」
「まだ分からない。だが今は少しでも情報が欲しい」
「私は……田園の広がる農村で育ちました。そこではオメガは戸籍はなくとも発情期以外は働いた分ご飯をもらえました。しかしある時見慣れない赤い実を見付けて拾ったんです。そうしたら農園の主は急いでそれを回収し『今見たもののことは忘れなさい。だがこの匂いがしたら真っ先に逃げなさいと』」
赤い実、匂い……?
「農園が天災で税を納められなくなった時、私は売られました。それしかみなが食い繋ぐ道がありませんでした。けれどこのようなオメガのエルフを育ててくれた農園のため、私は売られました。私の買い手が決まり、移送される荷馬車には多くのオメガたちがぎゅうぎゅう詰めにされていました」
本当にあの国は酷いことをする。たとえオメガを差別しない者がいても、金がなくなれば真っ先に売られるのはオメガだ。
「そしてどこかへ連れていかれれば、私たちは不思議なものを見ました。あの時かいだ匂いとゆらゆらと揺れる赤い焔。私はぼんやりとした意識の中でほかのオメガたちと共にドラッヘンへ運ばれました。その後のことはロシェさまの知る通りです」
赤い焔……アスマの瞳。そして焔の瞳を持ったがゆえに、デゼルトでは死んだことになっているがドラッヘンに亡命したイルハン。これは偶然か?
「イル、その実の絵を描いてくれ」
「わ、分かりました!」
イルが絵に記した赤い実はまるで円錐のような不思議な形をしていた。
「ありがとう、イル。辛いことを思い出させた」
「いえ……私の人生は苦しみを共にした仲間たちと共にロシェさまに救っていただいた記憶。その先にロシェさまがいてくださるのなら、これくらいなんてことはありません。どうか王太子妃さまとデニズをお願いします」
「もちろんだ」
俺はイルに描いてもらった絵を持ち急ぐ。こう言うのに詳しい文官や医官がいる可能性がある。いや何人か心当たりがある。普段の小間使いも役に立つってもんだ!




