【34】紫の焔
――――side:王太子妃ユラ
その日は部屋にいたはずだった。しかし気が付けばひと気のない回廊にいた。
二度と戻れないかと思ったら、誰かが手を引いてくれた。
同じ焔の目なのに、どうしてこうも優しいのか。
ハッとして目を覚ませば、辺りはもう暗い。安心して休めるように部屋の灯りを落としてくれたのか。
ベッド元のライトをつければ、近くに侍従が見える。
「デニズ?」
彼はデニズだ。同じ故郷を持つオメガ。お義母さまが城の侍従として雇い、同郷の私の侍従に勧めてくれた。ずっと体調を崩していたはずだが、良くなったのだろうか。あれ……デニズはどうして暗闇のなかに立っているの?その瞬間、デニズの目に焔が宿る。
どうして忘れていたのだろうか。あの、恐ろしい焔を。あの時の優しい焔じゃない。オメガをものとして扱わないこの国で、番として愛されても消えない悪夢。
デニズの手が伸びてくる。その目には生気がない。ツンと鼻を掠めるのは不思議な形の……実。
その時デニズの手を誰かが掴んだ。そして部屋の灯りがカッと点灯する。私の周りにはエリックたち騎士がおり、ロシェがデニズの手を掴んでいた。
「デニズ!」
――――side:ロシェ
諜報部隊が張っていたらやはり接触したか。変装して紛れ込んだやからはアイツらに任せるとして、俺は……っ。
「デニズ!しっかりしろ!」
その手を掴み抱き寄せるも、ただ意思のない人形のようにユラさまに向かおうとする。
その手に掴むものをエリックが素早く回収する。
「外に医官と文官たちが待機してる!」
「了解! 」
エリックが部屋の外へと飛び出していく。アイツらはマニアだからな。形を見せただけでもドンピシャだ。
「デニズ!しっかりしろ!俺の顔が見えるか。俺の目を見るんだ!」
「……紫……焔」
紫……?しかし、今は。
「戻ってこい!」
その瞬間、デニズが呆然としながら俺を見つめている。目にはもう焔は見えない。
「ロシェ……さま?……なんで?」
また記憶がないんだ。本当に、どうしてこんなことに。
「デニズ!」
ユラさまが騎士たちの制止を振り切りデニズを抱き締める。
「王太子妃さま……?どう、なさったのです……?」
「良かった……元に、戻ってくれてっ」
やがて外が騒がしくなってくる。
「ロシェ、王太子さまが来られた」
「ユラ!無事か!」
「は、はい、アトラスさま」
「ロシェ、一体何が……」
「申し訳ありません。今はこの子を保護します」
「そうして、ロシェ。アトラスさま、今はデニズを守らねばならないのです!」
ユラさまがここまではっきりとアトラスさまに告げたことがあったろうか。やはり人と言うものは、守るべきものがあれば強くなれるものだ。
「……分かった、ユラ。私はユラを信じよう。ロシェ、彼女を」
「承知しました」
デニズを医務室に運ぶと念のため近衛騎士にも警備を頼む。
「実のことは分かったか」
医務室に応援に来てくれた医官や文官たちはとある本を持っていた。
「これに間違いないかと」
デゼルトが国家機密として扱っていたもの。しかしそれもあるところにはあるのだ。
円錐型の赤い実と描かれた果実だ。
「強い幻覚作用を引き起こす……か」
「ええ。南方の地に自生しますがその実のせいで幻覚から元に戻れぬものが続出し次第に表舞台から姿を消し絶滅したと言われています」
「だが秘密裏にデゼルトはそれを育てていたんだな」
「ですがこの幻覚を操作できるとは」
「見た感じ、操られているようにも見えました」
「これは勘ですけど、これを使って何らかの合図とするような使い方をしていたのでは?」
前世で言うと催眠術みたいなものか。
「だが何とか解けた」
「でもどうやって?この文献には治る手立てがないとありますし……大昔に滅んだとされているので研究もデゼルト王家でしかされていないのでは?」
「……気合いかな」
「あなたが言うと何故か信憑性が増すんですけど」
ほんと……それしか思い付かんかった。




