【31】カヤハン
――――さまざまな理由でこの街を訪れるものはいれど、カヤハンに目通りがかなう客はそうそういない。第一ここは夜の街一のシンジュの店だ。
「覚えてるか、ユラさま……王太子妃さまが嫁いできた時のこと」
「ああ、こちらでも随分と話題にのぼった。権力者どもはこぞってデゼルトを知りたがった。中にはデゼルトのオメガを知りたいと私を抱こうと迫ってきたものもいる」
「え……何ソイツ、キモ。だいたいお前アルファじゃん」
「そう思ったから大事なところを潰しておいた」
「そんでどうなったの?」
「さあ、後の始末は男衆たちがな」
絶対ろくな末路ではないだろうな……深くは追求しないけど。
「しかしいきなりその話を持ち出すとは、またあのオメガの妃絡みか」
「分からない。そこに繋がるかはまだ分からない。だが気になることはある。ホーリーベル公爵邸の事件のこと、聞いてるよな」
「……ああ。お前が保護したオメガたちの中にもデゼルト出身者たちがいたそうだな」
「そうだ。みなドラッヘンに残ることを決め陛下が国民として認め国籍を下さった」
「ああ。あの国では王族でもなければオメガに戸籍を与えることはまれだ」
「だからこそ、ないものならば与えるだけでいい」
国籍を変える手続きなど必要ないのだ。
「ならデゼルトはどうやって彼らのことを知った?事件のことを駐在員が本国に知らせたとしてもどうやって自国民だと証明できる」
「商品リストがあろう」
「嫌な言い方だ」
「しかしあの国ではそうなのだ。オメガは商品でありモノ。国外に輸出するのならば必ずリストを作る。機密を国外に出さぬよう、抵抗しないよう仕上げたことを証明せねばなるまい」
「そんなもの、どうやって証明する」
「あるのだよ……王家のアルファのみが知る方法が」
「お前はそれを知っているのか」
「まさか。俺は所詮は妾の子。知っているとすれば正妃の直系のアルファたちだろうよ」
「王太子妃さまは」
「知らぬだろうが、恐ろしさは知っているやもしれん。ある時突然記憶がなくなり見知らぬ場所に立っている」
それって……。
「その恐怖を」
まるでデニズのことじゃないか。
「何かそれに関するヒントはないか。例えばデゼルトにしかない独特な匂いの植物とか」
「部屋に焚いた香も独特なものではあるが」
「違う。恐らく同じ土地のものだと言うことは分かる」
「ならば直系しか知らぬのかもしれん。重要な国家機密だ。一度かかればそれは効果が切れるまで続くと言われる」
「……ん?」
ならば俺たちがデニズを見付けた時、丁度効果が切れたタイミングだったと言うことか?
「なあカヤ。俺のフェロモンの匂いはどう思う?」
「何だ、誘惑か?お前となら寝てやってもよいが」
「寝ながら項に噛みついてもいいなら」
「それも面白そうだ」
ニヤリと笑むカヤハン。しかしその時部屋の扉がパァンと開く。
「……こんなところで男遊びか、ロシェ」
「……あ、アーサー?何でここに……」
「調べものを済ませてきたので。会議の終わったコンラートにも事情を説明したら……多分ロシェの行くところはここだろうと」
「……鋭すぎない?コンラートさん」
「俺との関係は遊びだったんですかっ」
「何を言い出すお前はっ!」
「ほう?たまにはアルファで遊んでやろうか」
カヤハンまで乗るなって。
「させるか!ロシェはっ」
お前まで乗るなって。
「コンラートさんが事情を聞いて俺がここだと告げたんなら、俺がここに必要なものを取りに来たと言いたかったんじゃないのか?」
「……必要なもの」
アーサーがカヤハンを見てハッとする。
「シンジュにここまで通してもらったのもお前は運がいい。滅多にお目にかかれない男だぞ」
「……そのようです」
「そう言うこと」
こくんと頷きを返しカヤハンに向き直る。
「デゼルトでの私は何年も前に死んだことになっている。秘密裏に国外に逃がされたが……その後はシンジュに育てられたようなものだ。だが……だからこそオメガだからと王太子妃やロシェが救い出したオメガたちを苦しめるデゼルトは理解できない」
「お前もドラッヘンの民になったんだもんな」
「無論だ」
だからこそ彼も願うのだろう。そして俺たちにも託すのだ。
――――王城への帰路
「ロシェ、先程の件を少し。こちらへ」
アーサーが手招きする。
「それならこっちの方が近い」
「ええっ、せっかくのカッコつけるシーンが……」
「ふん、現役近衛騎士ナメんなよ?俺より前に出ようなんてあと10年早い」
それが護衛の役目。近衛騎士の役目。
ひと気のない路地にひとりの黒い隊服の近衛騎士が現れる。公爵邸の時も世話になった彼だな。
「さすが、アーサー殿下よりお早い」
「慣れてるからな」
ここのルートは特に。
「やっぱり通……っ」
「ぶん殴るぞ」
「……すみませんでした」
アーサーががくんと肩を落とす。
「さて、本題だ」
俺が告げればアーサーも真剣な表情を見せる。
「調査したところ、幾つかの商隊や駐在員が絞り込めました。駐在員で怪しいものはおりません。全員身元が知れておりますしデゼルトとはあまり関連のない国です。商隊については商業ギルドに協力してもらいましたが……ひとり、所在の掴めないものがおります」
「そいつについて聞かせてくれ」
「ええ。南方の品を仕入れるキャラバンのもので、デゼルトで商業ギルド紹介で合流したものと言うことなのですが……商業ギルドのデータベースにありません」
「偽造と言うことか」
「そうなります。商業ギルドや当のキャラバンは
終始恐縮しており全面協力を申し出ております」
でなきゃ商業ギルドの評判が失墜する。
「人物絵や分かる限りの情報を近衛騎士や外交庁に共有しております」
まああそこ、お前らの隠れ蓑みたいなもんだからな。駐在員の身元照会などは爆速で終わらせる。
彼がその人物絵を見せてくれる。
「名前なんかは偽名だろうが」
「姿を変えてなければ……ですが」
「それはキツいが……」
「表の検問の際の資料と同じ顔。変装ならば我々が気付きます」
まあ外部のものが入城する検問では彼らも紛れているし、その時の入城証明もきっちり取ってある。だからこそのスピード技だ。
「その場合は……」
彼が自身を指差す。
「了解」
「ロシェ?」
「つまり黒なら諜報隊員がつくと言うことだ」
万が一の際に対応するためにな。
彼がこくんと頷いた。




