【30】予感
――――医務室でシャロンにデニズを診てもらう。
「大丈夫、身体に異常はないかと。もしかしたら疲れかも知れませんね。精神的な不安や緊張とかちょっとしたことでも不調がでやすくなりますから」
「は、はい」
デニズが申し訳なさそうに頷く。
「ま、新しい国に新しい職場。慣れない部分も多いだろう。気にしすぎることはない」
「ロシェさま……」
「だから、ほら」
頭をなでてやると頬をポッと赤らめながら見上げてくる。
「何かあれば俺に甘えていいからな」
「はいっ、ロシェさまっ」
うんうん、可愛いなあ年下のオメガっ子。永遠に愛でてあげたい。
「ロシェったら相変わらずのオメガたらしだな」
「え?」
何を言うかシャロン!よく分からない言葉を錬成するな!
その時、アーサーと共に侍従長が駆け付けた。
「良かった。何時間も戻ってこないから心配していたんです」
「精神的な緊張や疲労が溜まっていたのかもしれないな」
「新たな環境ですし、慣れないうちは仕方がありませんよ。デニズ、あなたは少し休養を取って休んでいなさい」
「ですが……」
「ユラさまもそのように仰っておられます。本格的な訪国が始まる前にしっかりと休んでおきなさい」
「はい、分かりました」
デニズは侍従長に付き添われながら戻っていく。彼らを見送り、医務室は俺たちだけになる。
「シャロンは感じたか」
「え?」
「かぎ慣れない異国の匂いだ。デニズを見付けたときに一瞬感じた」
「俺は特に何も」
「やはりそうか。俺も今はしない」
「かぎ慣れない異国の匂いか」
「アーサーは何か感じたか?」
「いや、そう言うのではなく、あの時一瞬ロシェのフェロモンを強く感じた気がするんだ」
「……え?俺は何ともないし……発情の誘発関係だとしてもそれにしてはデニズは大人しすぎた」
まるで感情のないからっぽのように。
「アーサー、さっきの侍従長に協力してもらってデニズのお使いの経路を割り出してくれ。それから外から出入りする商人や外国の駐在員、客人……デニズと接点がありそうなものを割り出す……できるか?」
「もちろん。もしかしたら何か大きな陰謀が渦巻いているかもしれない。早急に対応しよう。だがロシェは……?」
「調べもの。少し城下に出てくるよ」
「……城下に?」
「だからその間、こちらを頼むよ」
「任された」
シャロンに今日の礼をいい、俺はアーサーと別れ着替えるとひとり城下へと出向く。行く先は賑やかなアーケードでもマーケットでもない。
格好は近衛騎士のでもない目立たないものだ。
まだ陽が高いから人はまばら。ここの本番は夜だからな。その中の店のひとつに立ち寄る。
「ちょっとお客さん。まだ営業前だよ」
「俺だ俺。シンジュ」
「何だ、ロシェか」
カッカと笑うのはエルフの女性シンジュだ。アルファではあるが、彼女も国を捨ててここに転がり込んだ。今さら大成するよりもここでしか生きられないものたちの穴蔵を守ることを選んだ。
「今日はどうしたんだい?こんな陽の高い時間に……お遊びではあるまい」
「ま、そんなとこ。カヤハンはいるか」
呼ぶのは異国風の名前。
「いるけど……寝てるかもよ」
「んー……叩き起こす」
「いやおい」
シンジュからそんなツッコミが漏れるが彼女は店の中へと通してくれた。
「あれ、ロシェさん?仕事?」
「暗殺?」
「蹂躙?」
すれ違うのは本番の夜に向けて準備を始める客を取らないものたちだ。
「おいこら、物騒なこと言うな!」
てか……暗殺って何、暗殺って。俺はふしだらなアルファを白昼堂々と吊るす派だ。
「そう言えばロシェさま、竜人のひとって衣服はどうすれば?」
「何?竜人の客か?珍しい。女性ならスカート、男なら我慢して尻に穴を開けてさしあげろ」
「りょーかい!」
「それでいこうか!」
「解決解決~~!」
見習いたちはきゃっきゃと笑いながら通りすぎていく。
そんな様子を見守りつつもカヤハンの元を訪れれば、カヤハンの専属の見習いが俺に気が付き声をかけてくる。
「カヤ兄さんならまだ寝てますよ。昨晩はなかなか潰れない酒豪を相手取られていて……」
「ええー、叩き起こしに来たのに」
酒豪と言えば竜人だが……まさか穿くもので困らせていた竜人か?
「いや、さすがに……」
思わず言いよどむ見習いだか、部屋の奥から声がする。
『構わん、起きたから入ってこい』
「え?ラッキー」
「……騒がしいからですよ」
見習いの真意をついた言葉が胸を抉るが……目覚まし時計よりは爽やかな目覚めを捻出したつもりである。
部屋の中に入れば、南国の独特の香の匂いが漂う。その奥の寝所には長い藍の艶髪と浅黒い肌に印象的な赤い瞳が目に入る。
「何の用だ。昼の街は建国祭前で盛り上がっているようだが、こちらはいつもと変わりはしない。ほんの少し外国の顔がちらつくくらいだ」
「そうだな……大丈夫だよ、ここの治安のことじゃない」
夜の街……所謂花街とは言え治安はいいぞ、シンジュがいるからな。王都の騎士団だって管理が楽だと言うほどに。
「ならば……建国祭に来る国賓に関わることか」
「そう、デゼルトのことだ」
カヤハンの目の色ががらりと変わる。




