第98話 一学期・期末テスト(1) at 1995/7/3
さて、今週は期末テストだ。
今回の土日も、時巫女・セツナからの電話はなかった。しかし、僕はそれがどうでもいいことだとさっぱり忘れるくらいに、勉強会に参加したみんなの結果がどうなるのか、心配で心配で仕方なかったのだ。もちろん、自分自身が大コケしたら目も当てられないから、勉強もしっかりしてきた。
「おはよう、モリケン」
「おっす、シブチン」
交わす挨拶はいつもどおりだったが、お互いの顔にはゆるぎない決意と信念が宿っていた。
いや、たぶん――そのはずである。
いつもよりそわそわと落ち着きのない教室の様子は、さすがに一年の頃とは違っておのおのの心のうちが見え隠れしているようだ。あの小山田や吉川でさえ、どことなく様子が違う。
と――。
突如として教室の後ろの木扉の方からさざ波のように動揺が伝わってくるのを敏感に察知した僕は、何事かと急いで首を巡らせてそちらに視線を向けた。え? あれは――?
「あれが……水無月さん……だよね……」
「うーわ……俺、はじめて見たわー……」
「なーんか……ちょっと……ねえ……」
誰かが発した呟きが耳へと届いてくる。
腰まで伸びた黒髪は、少しクセがついてゆるやかにうねっている。だが、それをまとめるでもなく、その中に埋もれるように小さくて細いカラダが震えていた。人目を避けるように太陽の光からも逃げるように生きてきたのだろう、わずかに覗く手は驚くほど白い。白すぎるあまり透明でもあるかのように皮膚の下の血管が青黒く浮いて見える。表情は――見えない。だが、不躾な視線と思惑が飛び交う今のこの状況を好ましく思っていないだろうことは明らかだった。
そしてやはり僕の記憶の中には、今目の前に存在している『水無月琴世』という女の子に関する記憶は、ほんのひとかけらすらもなかった。
なにせ、見た目の第一印象だけで、これだけの強烈な個性を発しているのだ、まるで覚えていないという方が無理があるだろう。今日まで片手の指で余るほどしか登校していないと渋田は言っていたようだが、たった一度でも彼女を見れば、忘れることはないに違いない。
がらり――。
と、まだ動揺のおさまらない教室に、いつもどおり白衣姿の萩島センセイが姿を見せた。
「おお! 水無月、来てくれたんだな! 先生、嬉しいぞ。今日は期末テストだ、頑張れよ」
至って平静な態度を装って萩島センセイはそう言ったのだけれど、恐らく事前に連絡しておいたのだろう。彼女にどういう事情があるのか僕にはわからなかったが、期末テストだけは受けておかなければ進級、そしてひいては卒業にも響いてくるはずだからだ。
一旦教壇に立つ荻島センセイへと集まった視線が、水無月さんの方へと向けられたが――。
「……」
その声は聴こえず、こくん、とうなずいたのがかろうじてわかるくらいだった。でも、それだけで荻島センセイは満足したようにうなずき返し、チョークを一本手に取ると、まっさらな黒板に文字を書き連ねていった。
かつ――かつ――かつっ。
一、国語 九:〇〇~九:五○
二、数学 十:○〇~十:五〇
三、美術 十一:○〇~十一:五〇
「じゃあ、早速はじめよう。机の上の物は、筆記用具以外すべてしまうこと。さあ、配るぞ」