第99話 一学期・期末テスト(2) at 1995/7/3
問題が起こったのは、二時間目の数学の試験が終わった時だった。
「はーぁ、なんだか集中できないんですよねぇ。僕、臆病なもんで、さっきから気持ち悪くて」
ただでさえぴりついた空気を引き裂くように吉川が大量の溜息とともに大きな声を上げた。なにごとかと他の生徒たちが目を向けると、机の上に寝そべるようにして片肘をついた吉川の視線の先には――右隣の椅子の上でカラダを固く縮こませてうつむいている水無月さんの姿が。
「はーぁ、どうせなら最後まで来なけりゃいいのにねー。まったく、やんなっちゃいますよー」
彼女から片時も視線を外すことなく、吉川は唇をとがらせて不平を漏らした。
「いつも無人の机に誰かいるもんだから、すっかり調子が出なくってー。困るんだよなー、後ろの方から、ゾゾゾー! って寒気がするんですよー。気持ち悪い視線を感じちゃってねー」
「………………ません」
その声は、とても小さくて僕のところまでは到底届かない。
すぐ近くにいるはずの吉川でさえ聞き逃したほどだ。
「……はい? なんか言いました?」
「べ、別に……見てなんかいません、って……言ったん……です」
今度はさっきより大きい。
それでもビブラートがかかったように震えていて、いかにも頼りなさげだった。
「はいぃ!? 聴こえないんですけどー?」
「あたし……見て……ません……!」
あたかも恫喝するようなとげとげしい怒気とありったけの嘲笑を含んだ吉川の問いかけに、もう一度、水無月さんは全身のチカラを総動員して、カラダを震わせて叫んだのだけれど。
「はぁ……空気も読めないって、ホント困りますよねー。おー、やだやだ」
「――!」
おいおい……どうしろってんだよ!?
言ってることがむちゃくちゃだ!
当の水無月さんもあまりの理不尽さに怒りを覚えたらしく、ほんのわずか腰を浮かせかけたが、それが吉川への抗議のための一歩だったのか、それともこの空間、誰も救いの手を差し伸べない無慈悲な教室から逃げ出すためだったのかわからなかった。
その時だ。
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
(まさか、時巫女・セツナか? 今まで平日の昼間になんてかけてこなかったはずじゃ――?)
僕は不自然にならない程度に姿勢を崩し、ブレザーの内ポケットにしまっておいたスマホのまだ光ったままのスクリーンをこっそり覗き見て――。
――愕然とした。
『分岐点が現れました』
(そんな……そんな馬鹿な……!?)
そんな馬鹿なこと、あるはずがない――しかし確かに、『DRR』からのプッシュ通知にはそう書かれていた。けれど、僕にはこの『水無月琴世』という女の子に関する記憶が何ひとつない。うっかり忘れてしまった、そういえば思い出した――そんなレベルの事態じゃなかった。
僕はここで。
『水無月琴世』と自分に関係する大きな選択をしたのだ、ということを意味しているのだから。





