第30話 僕だってわからない at 1995/4/17
もう何度も咲都子の家へ遊びに来ている純美子は勝手知ったるなんとやらで、咲都子のリクエストどおりキッチンを借りて紅茶を淹れるための準備をしていた。その間僕は、なんとも居心地の悪い気分のまま、はじめて訪れた女子の部屋の真中に置かれたテーブルの前で固まっていた。
「……なんで正座してるのさ?」
「い、いや。なんとなく」
ベッドに腰掛けた野方の素朴な疑問に、ピンと背筋を伸ばした武道家のような姿勢でまっすぐ前を見据えたままこたえる。ただでさえ渋田の件もあるってのに、くつろげって方が無理だ。
「はぁ……そういう融通の利かないとこがいかにも男子って感じだね。……アイツとおんなじ」
「アイツ、って渋田のことか?」
しまった。つい反射的に答えちまった。
だが、咲都子は気分を悪くするでもなく肩をすくめた。
「他にいないでしょ? わざわざ聞き直さないでくれない?」
「ごめん……」
僕がうなだれると、ますます不機嫌になったように野方はごろりと横になり、背中を向ける。もう余計なことは口走らない方がいいな、これ。ただでさえテンパってるってのに……。
「……あのさ、古ノ森? ひとつ聞いてもいい?」
はいはい! ですよね!
ずっと黙っていられるとか無理ゲーでした!
「もちろん。僕が答えられることなら」
「あたしってさ、そんなに女の子らしくない? っていうか、女の子らしく、ってなんなの?」
ぎゃああああああ!
しかも、すげえ難問じゃないかよ!
「あー……。あの……ですね。僕個人の、あくまで僕個人の意見で、ってことなんだけど――」
「……そういうのいいから」
ううう。こういうフンイキ苦手なんだって!
四〇歳になろうが、わかんないことなんてたくさんあるんだって!
「そのう……。僕は! 僕はね? 咲都――野方は十分『ジョシ』してると思ってるよ?」
「……それで?」
「それで、って……。た、たださ? 女の子、っていうよりは、女子、なんだよね。女子」
「はぁ? なにそれ?」
まあ、伝わんないだろうな。知ってた。
「うまく説明できないかもだけど……。かわいい、ってのは違うじゃん? しっかりしてるし、ちゃんとしてる。強い――けど、男子の強いとは違うんだ、なんか。オトナなカンジ? とか」
「ふーん……」
失敗した?
これ? セーブポイントまで戻れないの? ねえ?
ひとつうなずくような感心したような声でこたえた咲都子だったが、見えるのは背中だけでこっちを見ようともしない。なので、僕の説明をどう思ったのか、まるで手応えがなかった。
しばらくして、
「……あのさ、古ノ森?」
「は、はい!」
驚き、正座したまま数ミリほど飛び上がって返すと、ようやく咲都子は寝返りをうち僕を見た。思いつめた顔つきをして、熱のせいで潤んだように見える瞳で、僕をまっすぐ見つめていた。
「かわいい『女の子』でいなきゃダメなの? あたしらしくなくっても、そうしないとダメ?」
「そ、それは……。い、いや、そんなことないと思う……けど? 咲都子はそのままでも――」
じとー……。
はっ!? 視線が!!
「………………あのっ! あたしがいないと思って! イチャイチャしないでくれますぅ!?」





