第100話 一学期・期末テスト(3) at 1995/7/3
(くそっ! どこだ……どこにある……!?)
僕は不自由な姿勢のまま、必死になって片手の指先でスマホのスクリーンをスワイプする。
『――その手順として『DRR』は過去あなたの選択肢をここに提示します』
マニュアルには確かにそう書かれていたはずだ。今までは、過去の僕がとった行動、選択肢なんて確かめもしなかった。だって、僕が、この僕自身がしっかりと記憶していたから。だから、プッシュ通知で届いた現実乖離率の数値を見て、一喜一憂するだけでよかったのだ。
(あーもうっ! どこだ……どこだよっ!)
教室内の誰にもわからない、理解できない苦悩と僕が闘っているうちにも事態は進んで行く。
「なんなんです、その伸びっぱなしの髪! 気持ち悪いったらありゃしないんですよー!」
「おいおい、そのへんでやめとけって、カエルよぅ」
まさか――と思わず耳を疑ったが、水無月さんが何も言わないのをいいことに、次々と鋭利な言葉を投げつける吉川を遮ったのは、あの小山田だった。のんびりとした口調はこう続けた。
「あんま、そういうこと言うなよ」
だが、次の瞬間、小山田の表情が嗜虐的に歪むのを僕は見た。
「ブッキーにそういうこと言ってると、お前、呪い殺されるぞ? だろ、死神ブッキー?」
「あー! そうでしたそうでしたー! 不気味なブッキーちゃん、ごめんしてねー。ねー?」
ブッキー――その不本意で不条理なあだ名で呼ばれた水無月さんは、びくり! とカラダを大きくひとつ震わせると、そのまま小刻みに震えはじめた。長い髪の隙間から辛うじて見える白く骨ばった細い手は、スカート生地が皺になるほど強く、固く握りしめられていた。
(早く……早く……っ! このへんに……きっとあるはず……これか!?)
もはや一刻の猶予もない、その焦りばかりが先行して、僕は本来の目的を見失いつつあった。
あとから冷静になって考えれば、過去の僕の選択なんてどうだってよかった。
今目の前で起こっていることにだけ、心を向ければ良かったはずだった。
しかし、僕は決してあきらめず、そして、それを見つけてしまった。
『過去あなたの行動:読み込みエラー』
(――は? 一体どういう意味だ、これ……?)
僕はすっかり混乱してしまい、やらなくてもいいことにまで手を出してしまった。今までの通知を辿ること。今までの分岐点。そして、今までの分岐点における過去の僕がとった選択肢。
(今まで一度も『読み込みエラー』なんてなかったじゃないかよ! こんな時に限って!!)
再起動すればいいのか?
アプリを? スマホを?
それとも、アプリに致命的な欠陥があって、それがたまたま今回の件で見つかったのか?
教室内に飛び交うノイズのような、鋭利なナイフのごとき言葉、言葉、言葉。僕はもう気が変になりそうだった。記憶の欠如、身を焦がすほどの焦燥感、不可解な事象への疑問、混乱。
「ここから消えちまえ、ブッキー! 帰れよ!」
「かーえーれー!」
「かーえーれー!」
(――ああ、またか……くそ……っ!)
あまりに耐え難い頭の疼きと酩酊感。きいん、と耳鳴りがしはじめて、僕のまわりの空間は次第に不明瞭になっていく。喉の奥からこみあげてくる異物感にたまらず吐きそうになる。
その時、だった。