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第1話 第07章 赤い傘の噂

 さて、この頃になって、鈴鳴町には妙な噂が流れ始めていた。



 ある日、町の広報誌と一緒に、次のような題を冠した注意喚起書が配布された。


『町内で通り魔・変質者による被害多発中、赤い色の傘はなるべく差さないように――』


 内容はこうだ。

 町中のあらゆる場所で、若い女性を狙った暴行未遂事件が多発しているということである。

 犯人が単独犯なのか複数犯なのか、老若男女のいずれであるのか、また目的が何であるのかなど、詳しいことはさっぱり分からない。警察もかなりの人数を使って捜査を進めているが、小さい街であるのに、犯人の影形すら掴めない有様だ。


 ただひとつ分かっているのは、犯人が「赤い傘」を差した女性を標的にしている、ということであった。

 被害者はいずれも、襲われた際に赤い傘を差していて、その傘は例外なく鋭利な刃物によって切り刻まれている。

 それにも関わらず、怪我人はただのひとりも出ていなかった。


 この奇妙な事件に際し、犯人が見つからぬ以上、これ以上の被害を出さないためには、赤い傘を差さないように注意を喚起するより他に方法が無かった。


 さて、肝心の犯人像であるが、実に奇妙なことに、被害者はその姿をまったく目にしていない。犯人は何の前触れも無く襲い掛かり、傘を切り刻むと、すぐに姿を消したということになるのだが、これは事件の全てのケースで共通していた。


 しかし一体どうやって、人がいきなり眼前から消えうせられるものだろうか?

 この事件は田舎で起きた怪事件としてマスコミなども日に日に大きく取り上げており、街に押しかける報道陣の数も日増しに多くなっていった――。



「これ……!」

 その時、聖は境内の掃除を済ませ、炬燵(こたつ)に寝転んでテレビを見ていたが、ワイドショーでいかにもおどろおどろしく事件が報道されているのを目の当たりにし、思わず身を起こした。画面の中では見慣れた鈴鳴町の風景が目まぐるしく映し出されている。


 ――多恵さんの言っていたことは、本当だったんだ。


 そして聖はすぐさま本屋に出かけ、この事件について報じているあらゆる雑誌を買い占めた。雑誌によって報道の脚色の仕方は様々で、単なる変質者に過ぎないとそっけなく綴る記事もあれば、某宗教団体との関係を指摘するものや、人ならぬ何かの呪いなのではないか、などと極論するものまであった。それでも結局、共通項を探していくと、聖もおのずとそれにたどり着くことが出来た。


 ――雨降りの夜……赤い、傘。


 奇妙な事件。多恵がそう言っていたのを聖は思い出していた。確かに奇妙だ。


 聖はその日の内に蔵に駆け込むと、多恵に事件のあらましを説明した。


「――そんなわけで、今街には赤い傘を持った女性を狙った通り魔が出ているんです。それも、雨降りの夜にだけ現れる……ねえ多恵さん、多恵さんが言っていた奇妙な事件っていうのは、このことじゃないんですか」


 急き込むように話す聖を落ち着けるように間を開けると、多恵はキセルを口から離し、ゆっくりと煙を吐いた。そして二、三度うなずくと、煙草盆に灰を捨てた。


「よく知らせてくれたね、聖ちゃん。そう――辻斬りかい。そいつはちょっとばかり厄介だねぇ」

「ねえ多恵さん、多恵さんはどうして事件が起こるって知ってたんですか?」

 いかにも不思議そうに首を傾げる聖の頭を、いとおしむようにそっと撫でて、多恵は悪戯っぽく微笑んだ。

「ふふ、そいつは言えないねえ。聖ちゃんも分かるだろう? 美人には秘密がつきものなのさ。……ごめんねぇ。世話になっておいて申し訳ないんだが、ちょっとばかし言えない事情があってね。ただ、今度の件はあたいにとって、とても大事なことなんだよ。あたいはこの件と――深い、繋がりがあんのさ」


 多恵はすっと立ち上がり、蔵の戸の前に立つと、扉の隙間から見える神社の境内と、その頭上に広がる晴れ晴れとした師走の空を見やった。

 聖はそんな多恵にぼうっと見とれてしまう。


 ――今年は雪が早そうだね、と多恵は言った。


「ねえ聖ちゃん、今度あたいと一緒に、街へ降りちゃくれないかね」

「街へ……ですか?」

「そう。雨降りの夜に、――赤い傘を差してさ」


 木枯らしが吹いて、庭の松の木がびゅうと揺れた。

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