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第1話 第05章 七塚聖の朝

 さて。

 進退窮まる部活動の存続に向けて玄幽がひたすらに悶々としている頃、同じ鈴鳴町の片隅で、もうひとつの事態が進行していたということを語っておかなければならない。



 十二月に入り、秋の色は既にない。

 人々の服装は重くなり、忙しさと年の瀬の高揚感が綯い交ぜになった師走の空気が静かに街を覆っていた。

 その日は朝からすっきりしない天気で、のっぺりとした雲が垂れ込める空からは、手を伸ばしてやっと分かる程度の霧雨が音もなく降り注いでいる。


 七塚聖ななつか ひじりは、巫女装束の上にダッフルコートを着込み、寒々しい境内を横切って蔵へと向かっていた。


 早朝ゆえに、七塚神社の境内には彼女の他に人影はなく、しんと静まり返っている。

 赤や黄色の葉っぱが、濡れて地面に張り付いている。彼女が砂利を踏みしめ歩く音がやけに大きく響く。


 ――りく(ばあ)ちゃんたら、蔵なんかに呼び出して何の用だろう。


 聖の祖母、りくは昨夜、何の前触れもなく聖の部屋を訪れ、大切な用事があるから、夜が明けたら「誰にも気付かれないように」蔵へ来るように、と言いつけたのだった。聖はいぶかしんだものの、祖母の妙に逼迫した様子に、二つ返事で了承せざるを得なかった。


 聖は短い髪についた雨雫を手で払う。

 ――せっかくの日曜だし、今日は買い物に行こうと思ってたのになあ。

 もやもやとしたものを抱えながら蔵の前まで来ると、既にりく婆は来ているようで、重々しい扉の前に草履が綺麗にそろえてある。


 黄ばんだしっくいの壁に所々ヒビが入ってはいるものの、重厚な佇まいの、昔ながらの蔵であった。普段その扉には重々しい錠前がかけられており、中を覗くことは決して出来ないが、今日は錠前はかかっていなかった。聖は幼い頃に何度か蔵で遊んだという記憶はあるものの、中がどうなっていたのかはとうに忘れてしまっていた。


 蔵へと続く低い階段を上り、草履を脱いで扉に手をかける。両開きのそれは見た目通りに重く、開けるのに難儀したが、やがて内側からの力が加わって扉はするすると開いた。


「待ってたよ。さ、中へお入り」


 見慣れた白髪と巫女装束のりく婆が、扉に手をかけながら、穏やかに笑った。そしてその肩越しに覗き込んだ蔵の中に、聖は思わず目を見開く。


 蔵の中には、一人の女が佇んでいた。


 紫の鮮やかな着物を着た、線の細い女で、蝋燭の明かりだけのほの暗い蔵の中で、その肌の白さが異様なまでに際立っていた。

 真っ黒な髪は腰の下まで伸びている。そこだけ、彼女の周りだけがぼんやりと霞んでいるような、幻想的な美しさだった。


 一方、女のほうも、聖を見てはっと息を飲んだ。

 紅を差した口がわずかに開き、切れ長の目は見開き、信じられないといったような表情を見せる。


 だがそれは一瞬のことであった。

 女は驚きの表情をすぐに


「聖ちゃん――だね。本当によく来てくれた」


 にっこりと微笑み、その綺麗な手で聖を手招きした。

 聖は、そのゾッとするような美しさに惹かれるように、蔵の中へ足を踏み入れた。



 あるいは、運命の糸に手繰り寄せられるように。

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