結婚式
晴れが続く月。ジューンブライド。
クシェルはマリッジブルーであった。
白い花嫁衣装を着て鏡に映る青い顔の自分。これまでの事を思い返して、1つ気付いた事がある。
ーー私フェルディとキスもまだなのよねっ。
結婚まで貞淑でいるのは大変好ましいのだが、貞淑過ぎて不安であった。
ーーフェルディってさ。俗物じゃないって言うか、穢れてないって言うか、清廉なのよね。……私に魅力がないからだったりして。大事にしてくれてるのは凄くわかる。わかるのだがっ!?
思わずきっちりと結われた髪をぐしゃっとしそうになり手が不自然な位置で止まった。
打ち合わせで神父さんはこう言った。
「誓いのキスは唇でもおでこでもどっちでも良いよ」
その時のフェルディの顔を私は凝視した。無表情だったが、何かを躊躇った感じがした。
ーー躊躇わないでー!
コンコン
「……はい」
扉を開けたのはくるっとした髭のグランツ国王陛下。今日は流石にクマちゃんのアップリケではない。
「何だこの息苦しい空気は? 本当に今から結婚する花嫁か?」
ーー言えない。キスもまだなんですって父には言えない。
「お前も何か言ってやれ」
父の後ろから車に乗った母が現れた。
「クシェル」
「お母様!?」
垂れ気味の優しそうな碧色の瞳はクシェルを見て優しく細めた。クシェルは重い衣装にもかかわらず母に駆け寄り抱きついた。
ーー……昔より痩せてる。
骨ばった母の身体が気になったが、今は久しぶりに会えた事がなりよりも嬉しい。
「綺麗ね。クシェル。こんなにも立派になって……少し寂しいわ」
「全然変わらないよお母様。私は幼いまま。甘えん坊の末っ子よ」
「ふふふ。シャルロッテのが幼いわよ」
「あー。あれはまあ置いといて。お母様来てくれて嬉しい。私のこの格好お母様に一番見せたかったの!」
母はわざとらしく驚いた。
「まあ! お婿さんよりも? 嬉しいわ」
「はははは。フェルディにはもう見せたから。フェルディったら。何着ても無表情か、綺麗な笑みで「綺麗だよ」って言ってお前のが綺麗だわ! って感じなのよ!?」
「あー。そういえばあの子って母親に似て綺麗だったわねー。クシェル大丈夫?」
「すいません。どういう意味ですか?」
「えーと。結婚式の主役って新婦じゃない? 主役奪われるんじゃない?」
参列した人々はフェルディに見惚れて、フェルディを褒め、あんな新郎で羨ましいとクシェルを羨ましく思う。そんな情景がありありと思い浮かんだ。
* * *
父に連れられて私は静々と婿の元へと繋がるバージンロードを歩いた。
凛々しい顔付きの聖母の像の前には神父と私を待つフェルディ。白いタキシード姿にドキッとした。ステンドグラスの色がタキシードに映って美しい。
ーー綺麗な顔は色を選ばずよく似合うわね。ん? あれは? まさかイルザ姉!?
参列者の席にいるのは女神の如く美しい女性イルザだった。今は眼鏡をしていないのでその美しさに拍車がかかる。
ーー男嫌いなイルザ姉がこんな男が半分くらいな人混みの中にいる!? 奇跡か!?
よく周りを観察するとほとんどの男共はイルザを見て頰を染めている。主役を奪うのは新郎でもなく、男嫌いな姉であった。
フェルディは流石だ。私の事を真っ直ぐに見つめている。それが嬉しい。クシェルの頰が緩んだ。
そしていよいよ問題の誓いのキスとなった。クシェルは屈んでフェルディはヴェールをめくる。ゆっくりと近づく唇は私の唇へと…………落とされずにおでこに落とされた。
クシェルの心は穏やかではなかった。嵐の様に騒つく胸の内側。目を合わせる力も湧かずに式場からフェルディの手に引かれ外に出た。
* * *
いまだに引きずるマリッジブルー。白い寝着に身を包んだクシェルは鏡に映る自分の顔色が青い事を嘆いた。
ーーどどどどうしよう。まだキスもしてない。どどどうしよう。私の事本当に好きなのかな? え? 実は私の片想い? フェルディは優しいから私と結婚したの? えっ? こんな顔色悪かったら欲情しないって? はははは。 あり得る。
ちらっと瓶に入った紫の液体を見た。
ーー薬盛っちゃう? いやむしろ私が飲む?
私の髪を梳くダイナは私の様子を不審に思ったのか、手を止める。
「その紫色の液体は何ですか?」
「はひっ」
ーーヤバイヤバイ 。惚れ薬だって言ったら確実にフェルディにチクられる。
「うーんと。ワインかな」
目が泳いでしまった。ダイナは眼を眇める。
「……未成年の王女様がワインを持ってるんですか。よろしくありませんね。私が預かります」
「だ、駄目ー!!」
必死な私の形相をダイナは無表情に見下ろす。はっきり言おう。めちゃくちゃ怖い。
「何故そんなに必死なのですか?」
吐いた方が身のためだ。と言われた気がした。
ーーくそう。上手い言い訳が思いつかない!?
頭の回転がよろしくないクシェルは、この場を上手く切り抜けれそうになかった。
ーーもう零して証拠隠滅したれ!
ガンッ
瓶を払って床にぶちまく。絨毯にシミを作ってしまいめちゃくちゃ後悔した。
ーー高級な絨毯がー!?
直ぐに拭おうと椅子から立ち上がったが、ダイナが制止する。
「動かないで下さい。私が拭きます」
「えっでも……」
それは本当申し訳ないのでやめて欲しい。ダイナが素早く部屋を出るととんでもない事を叫びおった。
「王妃様がご乱心です!? 誰か来てー!?」
ーー待てい!?
私はダイナを止めるべく部屋を出た。廊下で叫ぶダイナの口を塞いだ。そして、集まる侍女とメイドと、フェルディ。
ーーあっ。これ誤解されるやつ。
醜聞の予感がする。
フェルディは「あっ」と私と同じような顔をして私をじろじろと見つめる使用人達に「持ち場に戻れ」と指示した。
ダイナは大人しくなったのでパッと離しといた。フェルディは私とダイナに「部屋に戻って」と促した。
その冷静な判断が素晴らしくて私は尊敬した。私とダイナを連れて液体をぶちまけた部屋に入ったフェルディ。液体を見て眉をひそめた。
「何これ」
ダイナははきはきと「王妃様がわざと零しました」と答えおった。
ーーわざとってバレてるし! ダイナは私よりもフェルディ優先だもんね! 誰だよダイナはそのままでいいって言ったの!? 私か!?
私は頭を抱えて蹲った。すると手を取られて額と額をコツンと合わせられた。
「熱じゃないね。クシェル? 顔が赤い」
「…………」
ーー近い。近いよー!!
額を離したフェルディは「あれは何?」と床を指す。
ーーく〜!? ベンノ兄から受け取るんじゃなかった!! 白状しないとダイナの所為でより大騒ぎになりそうっっ。
「すいませんでした。ソレハホレグスリデゴザイマス」
良く聞こえなかったのか無表情のまま何も言わない2人。この沈黙がクシェルにとって辛い。
ーー……もう一度言う勇気はないよ。
「ダイナは外に出て」
「はい」
ーーダイナぁぁあ! 行かないでぇぇえ!
虚しくダイナに手を向けた。ダイナは扉を閉める時に私の方をちらりと見たが何も反応がなくただフェルディに従うだけだった。
パタン
「……クシェル。俺は何を言えば良いのかわからない」
ーー暗い表情しないで下さい。いっそのこと殴って下さい。精神的なダメージが一番辛いです。
「疑われてるとは思わなかった。精霊祭のあたりから元気がなかったよね。それも俺の所為?」
「疑ってない! 精霊祭の時はフェルディの所為というか何というか……」
「でも……じゃあなんで惚れ薬なんか持ってるの?」
ーー理由。理由。くっ
「だってフェルディ私にキスしないじゃん!?」
目を見開いて固まるフェルディ。
ーーだぁぁぁ!
「私はずっと待ってた! 待ってたのに、全然そんな雰囲気にならないし! 私は不安だった」
ーー誰だこのヒステリック女は!?
「ごめん」
「だから、謝ってほしいわけじゃないの! 私の気持ちわかる?」
ーーわかるわけないから自分よ黙れ!? フェルディを困らせたくないのに!?
フェルディは私の手を掴む。感情が高ぶっていた私は手を振り払った。よろけたフェルディの顔が青白かった。それに気付いた私は直ぐに冷静に戻った。
「……ごめん。フェルディ。私こんな事言うつもり無かったの。酷い女で幻滅したよね。ごめん」
フェルディの手は震えていた。
「……クシェル。ごめん。俺は上手く愛することが出来ないらしい」
ーーフェルディが自分を追い込んでるし!? 私のバカバカバカバカ!! あっちょっまっ!?
フェルディは瓶を拾った。中には僅かに液体が残っている。その先に起こるだろ事を予想して私はフェルディの唇を自分ので塞いだ。
ーー初めから自分からすれば良かった。
簡単な事でした。
ゆっくりと離れた私は目を見開くフェルディに笑った。
「満足しました」
ここまで読んでいただきありがとうございました。続きがあって良かったと思ってくれる人がいますように(*´ω`*)ありがとうございました。