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戴冠式

続きになります。28話と29話の間のお話です。

 






 凛々しい顔付きの聖母の像が見守る中、戴冠式は静粛に執り行われた。ドーム状の天井は青く、美しく儚げな女性と大きな光るトカゲと風を纏う男性と小人の老人が色彩豊かに描かれている。物語の場面が描かれた色鮮やかなステンドグラスから差し込む光は金の柱に反射する。


 伝統と格式高い衣装に身を包む人々は息を呑みながらこの場の主役を見守った。


 短い赤い髪の武人を思わせる力強い光を宿す緑の瞳の壮年の男性は金を基調とする王冠を丁寧に前髪が後ろに撫で付けられた黒髪の19歳の青年の頭の上に乗せた。青年は伏せていた瞼を上げて、見守る人々の正面を向いた。長い睫毛に縁取られた黒い瞳に色鮮やかな光が映り眩しさに目を細めた。


 ーーやっと戻ってきた。


 フェルディナントは王冠の重さに責任のある地位についた事を実感した。それとともにあるべき場所に戻ってきた安堵と国民に貢献できる充実感に酔いしれた。それでも、心の隅に思い浮かぶのは父の微笑み、思い出せない母の温もり。


 ーーこの場に父も母もいない。でも、きっと喜んで下さる。


 柔らかな微笑を浮かべてフェルディナントは国王となって初めてのスピーチに挑むのであった。





 戴冠式にグランツ国王代理として出席したミンナは祝辞を述べる。ちなみに銀糸の刺繍があしらわれた紺色のドレス姿だ。腰まで長い白金の髪は縛らず流してるだけだが、ステンドガラスの光を浴びて宝石のように光り輝いている。


「グランツ国王に代わりまして、わたくしミンナ・エーレ・ファン・グランツが新たなグローリエ国王陛下へと祝辞を述べさせていただきます」


 ミンナの佇まいは堂々としていた。なるほどグランツには素晴らしい後継者がいるのだとこの場にいる誰もが感じた。当のミンナ以外は。ミンナは女王になるつもりは全くなかった。国王代理という大仕事もそんなつもりで引き受けたつもりではなく、クシェルのお供とクシェルがフェルディナントを大切に思ってるからミンナも出来る限り支えようとする純粋な想いからこの場に立ち会ってるのだ。


「グランツ国は現グローリエ国王陛下の御代において、グローリエ国の危機の際には必ず力となると誓います。その証としてわたくしの妹クシェル・エーレ・ファン・グランツを王妃に迎えていただきたい」


 暗にフェルディナントを害すればグランツ国が黙ってないぞと前グローリエ国王に加担する者やフェルディナントを歓迎しない者を脅した。フェルディナントは静かに頷いた。


「グランツ国との友好を私も望みます」


 人々はちらちらと茶色の編み込みのされた髪の16歳の少女を視界の端に映した。少女ことクシェルは慣れない視線に顔が引きつった。社交界デビューもまだなクシェルは国内はもちろん海外の王侯貴族達の注目の的だった。しかも、亡くなったと思われていたフェルディナントが国王として返り咲き、その婚約者となったのだ。国宝の深緑色のドレスを握りしめる訳にもいかずにクシェルは好奇の視線から顔を引きつらせて耐えた。


 ーーフェルディとミンナ姉は良く平気な顔してるよね!? 慣れか!? 慣れなのか!?


 王様教育を受けたフェルディナントとミンナは注目を浴びてもそりゃ平気である。人々は神々しいミンナと素朴なクシェルを見比べて「本当に姉妹か?」と疑った。



 * * *



「ミンナ姉お疲れ様! みんなあれが次期グランツ国王かと感心してたよ!」


 ほお染めながら熱心に感動を伝えようとするクシェルの言葉にミンナは爽やかな笑みを浮かべながらピシッと固まった。しばらくお待ちください。ミンナの横に立つフェルディナントはミンナの心中を察した。


「……そんな風に見えたのか」


 ミンナの声は小声でクシェルには聞こえなかった。


 ーー冷静に考えれば代理って次期国王じゃないと出来ないじゃないか。しまった。外堀が埋まっている気がしてならない。


 クマのアップリケをつけた服の王様が「えっへん」と笑ってる気がした。ミンナは爽やかな笑みのまま顔色が青くなった。ミンナは基本的に深く考えないし悩まない。だから、その様子が珍しくてクシェルは心配になった。


「顔色悪いよ? 何か変な物食べたの?」


 どうやらクシェルはミンナが悩むような繊細な神経を持ち合わせているとは思わないらしい。ミンナは「大丈夫何でもないよ」と頭を切り替えた。


 そして、イケメンなキラキラした笑みを浮かべる。


「クシェル私と結婚してくれないか」


 婚約者のフェルディでもなくまさかの姉のぶっ飛んだ台詞にクシェルは顔を赤くして鼻血を垂らした。


 ーーいかん。国宝のドレスに血をつける訳にはいかない!


 手で血を食い止めながら、ティッシュはないかとクシェルは視線を彷徨わせた。フェルディは「何を突っ込めばいいんだ」と無表情に白いハンカチをクシェルに渡した。クシェルは「ありがとう!! ごめん!! このハンカチ洗って返すね!!」と血を垂らしながら笑顔で受け取る。フェルディは「いや。返さなくていい。本気でいらない」と首を振る。


 ミンナの本当の血筋からすれば結婚出来なくもな……そもそも女同士なのでグランツ国では結婚出来ない。クシェルは一瞬ぐらっと傾きそうになったがなんとか耐えた。(?)


 ーーきっとミンナ姉はフェルディが嫉妬するようにこんなことを言ってくれたのね。フェルディが私の事を好きだってきちんと言ったことないから……。


 ミンナは女王になる訳にはいかないとただヤケクソになっただけである。


 クシェルはフェルディに向き直る。


「おめでとうフェルディ」


「ありがとう」


 クシェルの鼻の下が赤くてフェルディが笑った訳ではない。ただ今この瞬間を迎えられた奇跡に感謝したのだ。





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