第九夜 冷たい風 (兄目線)
執務室に戻り、側近からの連絡を受ける。
「現在、勇者一行は大陸に上陸後、まっすぐに我々の元に進軍してる模様。また、信憑性がうすいものの、リョウガ様とカエデ様達も城下町近辺まで到達したとの知らせがきました。」
「そうか。引き続き近衛兵には監視をするよう指示してくれ。」
「了解。」
(もしかしたら、勇者達とおばあさま達が鉢合わせするかもしれない。)
そんな不安を抱えながらも俺は、準備に追われるしかなかった。
「一応、妻達を屋敷からここに避難させておいてくれ。どうせあとでカエデ様に名付けてもらうのだから。」
「セーラ様達ですね。了解しました。」
しばらく屋敷に戻れないだけではなく、もしかしたら屋敷までもが戦火の炎につつまれるかもしれない。
なんといったって、ここは勇者一行…いや、他の大陸に住む者にとってみれば、ここは裏切り者の血を引く者の住まう地なのだから…。各集落で略奪が行われてもおかしくない。だからこそ、俺が行うべきことは、どんな事態にも対処できるようあらかじめの策を打っておくことだけだ。
執務室の外。
俺達にとは正反対の色を持つ純白の鳩が止まるバルコニーの向こう側には、大勢の兵士達が軒並み並んでいた。
「今ここにいる兵士達に告げる。
各集落には常に勇者に関する最新の情報を発信しておくこと。
また、逆に各集落の様子を常にここに報告させること。
兵士同士の情報交換は積極的に行い、すこしでも不審があれば即刻俺に知らせるように。
手の空いた者から城内および城下での監視に徹底するように。」
兵士達の勇ましい声。それに反応して飛び立つ多くの鳩達。兵士達は早馬に乗り駆けて行った。
魔王様は今、父上と共に地下の牢獄にいるあの少年といる。
あの方の怒りの炎は未だに収まっていない。何百年何千年と経とうと、その心にはいつも悲しみ地復讐の炎が小さいながらにも灯っていた。
その炎が今、あの少年を見て再び大きく燃えあがろうとしている。
机の上には既に調べ上げた少年の報告書がまとめてある。
相変わらず、我がいとこは情報が早い。
少年の本名は『アルト・レーガルシア』。中央王国レーガルシア王家の人間である。
現在の中央国王には正妻が一人と妾が五人いる。けして多いとも言えない妻の数により、その子供の数は現在は十三人とされる。少年はその中でも次男にあたるが、母親の地位は数ある妻達の中でも一番低い位だった。
しかし、その母親も3年前に病死し、しばらくは妹と共に母方の実家に引き取られていたが、後見人である祖父母が相次いで病死。代わりに家督を継いだ伯父がいるが、母親の僅かな遺産を渡して家から出したという。
中央王国と言えば、確かに魔王様の怒りの根源ともいえるほど恨み深い地であろう。
真実を知る我々だからこそ、その気持ちもわかる。だが、今この世界でやることは果たして復讐なのだろうか…。
「そこにいるのだろう、イズミ。」
先ほどの鳩の群れとは別に、バルコニーに一羽の鳩がとまる。黒と白の混ざり合った、灰色の鳩だ。
「さすがにバレたね。」
「当たり前だ。お前とは、産れた時からの付き合いだろうが。今日も憑依魔法でいるのか?」
「ああ。そのつもりさ。こういう情報戦こそ憑依魔法の見せどころだからね。」
「極秘に調べてもらいたい案件がある。」
「なんだい?」
「勇者の魔王戦に伴う各大陸の動向を調査してもらいたい。どうもここ最近の暴動の激化が感に触る。誰かが操ってるとしか思えない。この大陸に近づくほど大陸ではどこかで革命や暴動が起きているんだからな。」
「了解。報酬はいつもの通りで。あ、あとで僕の家族もこちらに避難するってさ。」
「わかった。城の警備兵には話を通しておく。」
鳩の状態のくせににっこりと笑うと、バルコニーから飛び去って行ってしまった。
外はやけに肌寒い。冷たい風が身体に突き刺さる。
勇者はもうすぐ目の前まで来ていた…。