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第16話「空いた枠」

 街の中央にある古い円形闘技場では、今日も銀花祭の武闘会が開かれる。


 間もなく開始であることを告げる銅鑼が鳴らされ、闘技場はすでに多くの人でごった返していた。


「早く来いよレティ!」


 後ろを振り向きながら叫ぶルシアン。


 手には串に刺さった肉がもう一片。


「飲み込むの遅いぞ!」


 そう言いながら串焼きの串を高くかかげ、人混みの中を走るルシアン。


(......美味しいから飲み込みたくないのに)


 レティシアも人をよけながら走った。


 串焼きはもうあとふたつ。


 名残惜しそうに、ごくんと飲み込んだ。




 2人は闘技場の入り口に到着した。


「すごい人ね...…」


 入り口にはたくさんの人が並んでいる。


 人の波に押され、ルシアンとはぐれそうになるレティシア。


「こっちだって!......あぁもう!」


 ルシアンは人混みをかき分けレティシアに近づいた。


 そして、串焼きを持っていない左手を、きゅっとつないだ。


(手、小さ...…!)


 握った手の小ささにルシアンは驚いた。


(迷子になることなんでないのに、ルシアンは心配性ね)


 レティシアは持っていた串焼きの最後のひとつを、惜しむように口へ入れた。


(手に全ての神経を集めよう...)


 ルシアンがそう念じた時、レティシアにくいっと手を引っ張られた。


「ねぇ、ガレス先生がいるわよ」


 レティシアは人混みからガレスを見つけ、繋いでいた左手をほどいてガレスを指さす。


「めずらしくきょろきょろされているわ」


 ガレスは、誰かを探しているようだった。


「もしかして私たちのこと、探されているのかも」


「行こう」


 手を解かれがっかりするルシアンだった。


 人混みをさらにかき分けて、ガレスのもとにたどり着いた。


「先生、ガレス先生」


 ガレスは、闘技場の正面入り口から西側にある扉の前に立っていた。


「おう、来たか。」


 ガレスは二人を見て、踵を返した。


 そして、指で扉の方を指さした。


「準備しろ。出番はすぐだ」


 ガレスはルシアンに剣を差し出した。


「いや、何言ってるんですか?先生」


 ルシアンは突然のことに驚く。


「枠が余った。ルシアン、出ろ」


 いよいよ闘技会が開始されることを告げる三回目の銅鑼が鳴らされ、会場内からは大きな声援が沸き上がった。




 ――同じ頃、


 アルフォンスとアレクシスが闘技場の前に到着したとき、入り口はすでに入場の順番を待つ人々でごった返していた。


「すごい人だな、アレク。どこからか他に入れる場所はないか?」


 アルフォンスはきょろきょろした。


「すぐに中に入れる方法はありますとも、アルフォンス殿下。」


 かしこまった口調でアレクシスが返事した。


 アルフォンスはすぐにピンときた。


「……身分を明かす方法以外で考えてくれ」


 いたずらそうにアレクシスが舌を出した。


 しかしその方法も悪くない、と考えたときだった。


「あれ?あれは……」


 と、アレクシスが正面入り口の東側の方へ歩いて行った。


 そこには貴族らしき若者が座っていた。


「ノエルじゃないか」


 アレクシスが声をかけた青年は、弟のノエルだった。


 街の青年に扮したアレクシスがすぐに兄だと分からなかった。


 ノエルは兄だと気が付くと、すぐに笑顔を見せた。


「あはは、誰かと思ったけど、兄さんか」


 ノエルはアレクシスを見て嬉しそうに笑った。


 隣にいる青年にも軽く会釈をする。


(兄さんの友人?お忍びで来たから案内させているんだろう…)


 ノエルは、兄が連れているのは街に住む青年なんだと思った。


「どうしたんだ?今から武闘会に出るんだろう?準備しなくていいのか?」


 アレクシスはすっかり兄の顔になっていた。


「それが……出られなくなっちゃったんだ。」


 ノエルは困ったように笑った。


「なぜ?お前は、優勝候補だろう?」


 アレクシスは目を丸くした。


「実は昨日の訓練中にけがをしてちゃってさ。」


 ノエルが包帯が巻かれている右足を兄に見せた。


「僕、平気だと思って隠してたんだけど、さっきガレス先生にばれちゃった」


 ノエルの言葉に、アレクシスはしばらく何も言わなかった。


 その沈黙が、逆に怖い。


「いや、怒らないでよ兄さん」


「怒ってはいないさ。ただ、父上に何て報告しようかと考えていたんだ…」


 ノエルは頭を掻きむしっている。


「ごめんよぉ……」


 小さな声でつぶやくばかりだ。


「あとさ、言いにくいんだけど、僕の枠が一つ空いちゃって。」


「それで?」


「出られる人、今から探せないかなぁ」


 ノエルの言葉は切実だった。


「今からかぁ……?」


 いよいよ闘技会が開始されることを告げる三回目の銅鑼が鳴らされ、会場内からは大きな声援が沸き上がった。


(ヴァレンティーヌ家としては、優勝候補であるノエルが出られないのは家門としては痛手…)


(そして代わりの剣士を探す暇がない…)


 アルフォンスはしばらく考えた。


 アレクシスはちらっとアルフォンスを見た。


 アルフォンスは闘技場の方へ視線を向けていた。


 大きく湧き上がる歓声。


 観客の熱狂。


 そして、優勝候補であるヴァレンティーヌ家の空席。


(……見過ごすべきではない)


「その枠、出よう」


 アルフォンスは無言で上着を脱いだ。


その瞬間、闘技場の奥から、地鳴りのような歓声が響いた。


【主要登場人物です】

■ レティシア・ヴァレンティーヌ

この物語の主人公。絹糸のような淡い銀髪で紫水晶を思わせる大きな瞳をもつ公爵令嬢。未来の皇后候補として厳しく育てられ全てに秀でた“完璧令嬢”として知られていた。


■ アルフォンス・ルーヴェル

ルーヴェル帝国の第一皇子で、次代の皇帝として期待される存在。

金髪でアイスグレーの瞳をもつ端正な顔立ちをしている。


■ ルシアン・エヴラール

隣国であり友好国であるラヴィエール公国の小公爵。レティシアの幼なじみ。

軽薄そうで何を考えているかわからない。黒髪の危険な色気があり女性からもてる。 

レティシアの本性を知る数少ない人物。


【ルーヴェル帝国 関係者】

■クラウディウス皇帝

ルーヴェル帝国を長年統治している偉大な皇帝。

理性的で威厳があり、民から敬愛されている。


【 ヴァレンティーヌ公爵家】

帝国屈指の名門公爵家であり、代々皇室騎士を輩出している武門の家系でもある。

 

■ ヴィクトル・ヴァレンティーヌ

ヴァレンティーヌ公爵家当主。厳格で威厳ある人物で皇室からの信頼も厚い。


■ セラフィーナ・ヴァレンティーヌ

ヴィクトルの妻であり知性と品格にあふれる公爵夫人。


■ アレクシス・ヴァレンティーヌ

3歳年上のレティシアのでヴァレンティーヌ家の後継者。聡明で冷静。


■ ノエル・ヴァレンティーヌ

1歳年下のレティシアの弟。剣術好きで明るい性格。


■ベアトリス・ローエン

レティシアの教育係。

帝国最高の淑女を育て上げることに強い誇りを持っている。


■ガレス・オルディン

かつて帝国騎士団を率いていた元騎士団長。熊のように大柄な体格と、頬に走る古傷のせいで恐れられることも多いが、その剣技は帝国内でも伝説的と語られている。


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