第七十五話 エピローグ
「泣きすぎだぞ、メリンダ。」
「し、しがだないじゃありまぜんがぁ~…」
ポロス国の王城内に用意された来賓用の客室では、目を真っ赤にさせながら泣くメリンダとそんなメリンダを呆れながらあやすクレセントの姿があった。
この二人は先日、隣国のメンシス国にて盛大な挙式を挙げたばかりの新婚夫婦なのだがそんな二人がどうしてポロス国の王城、それも客室でこのような状況になっているのかは数日前に遡る。
「高濃度の塩素結晶をすり潰してたら聖銀と混ぜて、予め作っておいた調整鉱物と合わせる。そこに共鳴溶剤を入れて……」
数日前、メンシス国王城・王妃の私室は物であふれかえっていた。
これが宝石やドレスならばまだ理解ができたかもしれないが、今この部屋に溢れているのは宝石でもドレスでもない、女性の私室にはあまり似つかわしくないであろう魔法薬やら鉱石やらと言った魔道具制作用の材料と道具が散乱していた。
そのほとんどはメリンダが生家から持ち込んだものであり、追加で購入した物品も全てメリンダの自腹だ。
どこで資金を用意したのか甚だ疑問だがメンシス国の予算をびた一文も使っていない事と、公私は分けていることからある程度は好きにさせていたクレセントだったが一定期間分の公務を片付けてまで部屋に籠っているとあっては捨て置けない。
というか、自分がメリンダに放置されているという状況が気に喰わない。
「またえらい力の入れようだな、メリンダ。」
「……」
「メーリーンーダー」
「……」
「…あんまりほっとくならこの場で襲うぞ。」
「きゃぁ?!」
集中しすぎてこちらの声が届いていない様なので、メリンダの耳元で囁き掛けてやれば面白いぐらいに顔を赤くさせながら飛び上がる。
まるで魚の様に口をぱくぱくさせている姿が愛らしくていくらか溜飲が下がったクレセントは、机の上に散乱している魔法薬に目を向ける。
クレセントも王族であり一時は闇ギルドに所属していた経歴から多くの魔法薬を見てきたが、それでも見たことがない魔法薬ばかりが机の上にあった。
おそらくメリンダのオリジナルだろうとは思うが、魔法薬を一から開発するのは本職でも難しい事の筈なのにこうも量産している所を見ると本当にこの女性は規格外だなと再認識する。
「今、失礼なこと考えたでしょう。」
「いや?それよりも、何を熱心に作ってるんだ?この俺を放っておいてまで。」
「先日、ポロス国から招待状が届いたでしょう?」
「ああ、王子様とルナの結婚式の招待状な。」
顔の熱を冷ますように手で仰ぎながらクレセントの質問に答えるメリンダ。
確かに先日、アンシュルとルナから結婚式の招待状が届いていた。
隣国とはいえ気軽に行き来できる距離ではない為、二泊三日の長旅になることからクレセントの公務に目途が立ち次第出立することになっている。
だからメリンダが公務を一定期間分まとめて済ませること自体は何ら不自然ではないのだ、部屋にさえ籠らなければ。
「それがどうして魔法薬に繋がるんだ?」
「私、常々思っていましたの。」
「何を?」
「一瞬の風景をまるで絵画の様に切り取れたらどんなに素晴らしいかと…!」
「お、おお?」
「考えても見てくださいな!!例えば、目の前に大切な方がいるとしましょう。楽しく談話する中でふと見せる表情は一瞬の煌めき、咲いた瞬間に枯れてしまう様な刹那の美は意識の外で生み出される、つまり意図的に再現することはできないのです。どんなに腕のいい絵師に事細かく説明したとしても、刹那の美には遠く及ばない…それは仕方ありません、何故なら絵師の目に映らない美を描くことはできないのですから。でももし、そんな刹那の美を留めることができるとしたら?意識の外でしか咲かない至上の花をいつでも愛でられるとしたら?それはとても素晴らしいことだとは思いませんか!?」
「あー…つまり?」
「殿下とルナの結婚式の光景を写し取る魔道具を作るのです!!」
「そうきたか…」
メリンダの持論は置いておいて、確かに刹那の瞬間を記録できるとしたらそれはとても有益だろう。
だが、そんなことが本当に可能なのかという疑問もある。
魔法具に関してあまり明るくないクレセントが疑問に思うのも無理はない、そもそもこの世界にメリンダが望むカメラの様な概念は存在しないのだ。
発想ぐらいは過去に誰かがしたかもしれないが、刹那の瞬間を写し取る原理で頓挫するのが関の山だろう。
しかし、モノ作り好きの執念がその難所を乗り越えた。
「んで?成果はどうだ?」
「ふふん!後は光魔法の魔法陣を彫りこめば完成です!」
「ほー完成か……完成!?」
「はい!」
満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに頷くメリンダに、素っ頓狂な声を上げるクレセント。
てっきりうまく行かずにぶすくれるだろうと言う予想を裏切り、完成させるとは思わず素直に驚く。
(これを流石の規格外と思うべきか、欲望は偉大だと思うべきか…判断に迷う所だな…)
「ここをこうして…光は抑え目にしたいから魔法式に手を加えてっ…………できました!」
クレセントが若干遠い目をしていると、その横で嬉しそうな声が響く。
意識を戻して目を向ければ、メリンダの手には片手サイズの水晶玉らしきものがあった。
らしきものとつけたのは、メリンダの手にするものの透明度が通常の水晶玉と違っていたからだ。
通常の水晶玉は無色透明で向こう側が透けて見えるが、メリンダの水晶玉は全体的に青く染まっていて向こう側も見えないのに魔力の循環だけは異様に見ることができた。
なんとも不可思議な魔道具をマジマジを見ていると、メリンダが試し撮りですと言いながら水晶玉をこちらに向けた。
「えっと、魔力をこうして…はい、チーズ!」
「は?」
耳慣れない言葉に思わずクレセントが固まると同時にパシャリと水晶玉から光が放たれる。
放たれた光は目を焼くような強烈なものではなく、木々の隙間から漏れる木漏れ日の様であまり気にはならない。
おそらく先程、光は抑え目にと言っていたのはこの部分についてだろうとクレセントが納得している横で何やら水晶玉を操作するメリンダ。
興味が引かれて手元を覗き込めば、水晶玉に先程のクレセントが投影されていた。
「やった!成功!」
「これは、俺か?」
「ええ!さっきのキョトンとした顔を激写したの。ふふっ、いつも自信満々な表情が多いからこんな顔をするのはレアなのよね。試し撮りのつもりだったけど、思わぬお宝ゲットしちゃったわ。」
嬉しそうに不意を突かれた自身の顔を見つめるメリンダを可愛いと思う反面、面白くないとも思う。
本物がここに居るのだ、ならそんなものに笑顔を向けるのではなくこちらに向けるべきではなかろうか。
何より、自分だけ撮られるのは納得いかない。
「メリンダ、その使い方俺にも教えろ。」
「クレセントも何か撮りたいものがあるの?」
「ああ、大いにある。だから教えろ。」
「構わないけど、帰ってからでいい?無事にカメラもできたから急いで荷造りしないと…」
「いいや、今教えろ。荷造りならお前の優秀な侍女が既に整えてあるからな、何も心配することはない。」
「そ、そう…?」
やけにグイグイくるクレセントに困惑しながらも、メリンダはカメラの使い方を指南することになった。
後に、そのことを後悔すると知らずに。
*
「とても綺麗よ、ルナ。」
「ありがとうございます、お姉様。」
カメラも完成し、無事にポロス国に到着するとクレセントとメリンダはすぐに王城へと向かった。
本当は前日に到着して余裕を持ちたかったが公務の都合上、挙式当日に滑り込ませるので精一杯だったのだ。
バタついた旅路にはなったが、こうして姉の特権として挙式前の新婦の控室を訪れることができたのだから問題はない。
(それにしても…アンシュル、センスあるわね。)
アンシュルが作らせたウェディングドレスはマーメーイドドレスを主体にしたルナの美しいプロポーションを引き立てる様にデザインされていた。
上半身部分にはレースをあしらって上品に整え、腰回りから流れるフリルはまさに人魚の尾鰭の様に美しい。
重くなくかつ下品にもならない絶妙なバランスで整えられ、加えてフリルにポロス国の伝統刺繍をあしらった非の打ちどころがないウェディングドレスはまさしくルナの為に在ると言っても過言ではない。
これ程までのものを見せられては、カメラを作った甲斐もあるという物だ。
「シア!」
「はい、メリンダ様。」
「ルナ、少しここに立ってくれる?」
「こう、ですか?」
「そうそう。そして自然に笑ってみて?」
「えっと、こう、でしょうか?」
「ん~すこし固いわね…そうだわ!目の前に殿下がいると思ってみて。」
「アンシュル様が?………」
「!」
ぎこちない笑顔を浮かべていたルナが目の前にアンシュルがいると考えた瞬間、とても優しくそして柔らかく微笑んだ。
今だとシアに視線をおくれば、心得たと言わんばかりにカメラを構える。
そして、私も笑みを浮かべればその瞬間、パシャリと光が放たれた。
「?!お姉様、これは一体…」
「ふふっ、私が新たに作ったカメラという魔道具よ。刹那の光景を記録することができるの。ほら。」
「凄い!!さすがお姉様です!」
子供の様にはしゃぐルナに癒されながら、これを使って今日はバンバン撮りまくろうと誓う。
推しのスチルはなんぼあってもいいのだから!
「アンシュル様もきっと驚きますよ!」
「ええ!!…とても驚くでしょうね。」
(気に入ったのが合ったら言い値で買い取りそうね。)
そして、時間は元に戻る。
「ううっ…」
「もう泣くな。思う存分記録もしたんだろ?」
「はいぃ…」
ハンカチで涙を拭いながら撮りまくったカメラをそっと撫でる。
結婚式は、素晴らしいの一言に尽きた。
というか、素晴らしい以外の言葉が見つからない程で写真を撮る手が止まらなかった。
アンシュルもルナも幸せそうで、そんな二人をポロス国の皆が祝福している。
小説でもアンシュルとルナの結婚式はあったが、あれは祝福というよりも”闇夜”が終わった事の象徴としての意味合いが強かったので終戦祝いの様な雰囲気だった。
だから、あんなにも笑顔に溢れた場所で幸せそうに誓いを交わす二人を見ることができて本当に嬉しかったし、思わず感涙するぐらい感動した。
でも、一つだけ心残りがあった。
「ううっ…あと数台作ってシアやレイにも協力してもらえばよかった…」
「どんだけ撮る気なんだよ…」
「だって!一生に一度なんですよ!?全てを余すことなく記録しても足りないくらいなのに、私は…」
「いや、どんだけだ。」
冷静なクレセントのツッコミに反論する気も起きず、ベッドに突っ伏すメリンダ。
カメラとは言わずにビデオを作るべきだったのではととんでもない構想を渦巻かせるメリンダの後ろから、クレセントが覆いかぶさる。
予想外の重さに顔を上げると、すぐ近くに端整な顔が不機嫌そうにこちらを見ていた。
「く、クレセント…?」
「なぁ、俺はかなり我慢したぞ。」
「へ?」
「王子様とルナがお前のオシ?なのは知ってるし、そういう感情が皆無だってのも分かってたから好きなようにさせていた。だがな、いい加減俺を蔑ろにしすぎじゃねぇか?」
「え、えっと…」
「お前が子供の時から必死に手を伸ばしてきた夢ってのも理解してる、だからこそここまで我慢できた。だが…」
「ひっ!!」
後ろから押さえつけられた体制のまま、首筋をそっと舐められる。
身体が痺れるような感覚に身を振るわせれば、先程まで不機嫌そうだったクレセントがニヤリと悪い笑みを浮かべている。
「例え喜びの涙だとしても、俺以外の事でお前が泣くことは我慢ならん。」
「ど、どんな理由ですかそれ!」
「お前がなくのは俺の手以外認めねぇって話だ。」
「だからそれが意味分からな…ちょっ!ここ他国ですよ!?」
「安心しな、王子様には話を通してある。」
「いつの間に…って、本気ですか?!」
「ああ、勿論。ここ最近ずっと放って置かれた分、たんまり構ってもらうからな?」
ニッコリと黒い笑みを浮かべたクレセントに適う訳もなく、メリンダはベッドに深く沈んだ。
*
「~♪」
帰りの馬車の中、前日にクレセントによってたっぷり泣かされたメリンダは根性で別れの挨拶を完璧にこなし、馬車に乗り込むと同時に意識を飛ばした。
かなり無理をさせたと自覚しているので大人しく枕の役目に徹する中で、クレセントはカメラの記録を見ていた。
カメラの中に収められている記録の大半はアンシュルとルナの結婚式の光景だが、最後の方に数枚だけ昨夜の事情を写し取ったものがあった。
メリンダが気づかない様にこっそり撮ったそれをご満悦で眺めながら、ぐっすりと眠るメリンダの頭を優しく撫でるクレセント。
カメラの話を聞いた時、これだと思った。
これなら、自分だけのメリンダを手に入れられるかもしれないと。
メリンダとアンシュルがお互いにそう言った感情を持っていない事は分かっている。
万が一、アンシュルがメリンダに恋したとしてもメリンダが物理的にアンシュルを沈めるだろうし、逆にメリンダがアンシュルに恋をしたら自害しかねないだろう。
分かっている、分かってはいるがだからと言って平気なわけではない。
クレセントにとってアンシュルもまたメリンダとは違った意味で大切な存在だし、何より幼い頃から互いに支え合いながら歩んできた二人の仲を引き裂きたいわけでもない。
ただ、アンシュルですら知らないメリンダが欲しいだけ。
(ま、見つかったら間違いなく激怒されるだろうから帰ったらすぐにここだけ移動させるか。)
メリンダは知らない、メリンダの様に魔道具を作る事は出来ないが扱う事に関してクレセントはかなり優秀であることを。
そして、タイミングを逃し続けて言えていなかった願いを叶える権利を使って、どうやってお子供の頃情報共有していたか聞き出そうと思案している事を。
新たな故郷となったメンシス国に帰りついても、メリンダが心穏やかに休めるのはまだ先になりそうだ。
終わり
読んでいただきありがとうございました!
遂に最終回を迎える事が出来ました!
初めてのオリジナル長編小説と言う事に加えて、途中で体調を崩すというハプニングもあり予定通りに進まない所が多々ありましたが何とか完結まで漕ぎつける事が出来ました!
ここまで読んで下さった皆様、評価を下さった皆様、本当にありがとうございました!
次回作は少し間を開けてから投稿予定です!
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