第五十三話
「メリンダ?」
「おーい…」
「ハッ!!」
目の前で手を振られながら声をかけられてようやく我に返った。
ガルツ国の時も一気に情報が入ってきてオーバーヒートを起こしかけたが何とか踏みとどまったと言うのに、やはり身内に関することの方が衝撃が強いという事だろうか。
(…いや、ただ単にガルツ国ではオーバーヒートを起こす暇も余裕もなかっただけの話な気がする。)
再び遠い目をしそうになるのを何とか堪えつつ、情報を整理する。
ただの護衛従僕だと思っていたミシェルの正体はオートクチュール公爵家の諜報兼戦闘員。
前世で言う所のスパイ等の活動をする役職の事で、影やら暗部やらとも呼ばれる。
一定以上の腕と高い忠誠心がなければ熟せない仕事なので、その数はかなり少ない、とも言われている。
その内の一人が、ミシェルだ。
(なおの事気まずいぃぃぃい!!!)
「大丈夫かい?」
「え、ええ…少し驚いてしまいましたが、言われてみれば納得できる部分もあります。」
「納得?」
「前、レイを保護する際にミシェルが回復魔法を使えると言っていました。例え低級と言えど回復魔法を使える者は極僅か、それほどの者がただの従僕だと考えるのは少し不自然でしたから。」
「なんと…」
この世界に聖女は存在しない、その為か回復魔法はかなり特異な立ち位置にある。
適正さえあれば誰でも使えはするものの、魔力量が少なければ発動すらせずまた魔力コントロールが未熟だと自分の命すらも危うい。
擦り傷を治そうとして術者と対象者の二人が命を落とす事態になった、だなんてこともあるぐらいなのだ。
それほどまでに扱いが難しい回復魔法を使用できると言うのであれば、それは熟練者である証。
「御見それ致しました。流石はお嬢様、ほんの僅かな違和感を的確に見抜くとは。」
「そんな大層なものではありません。こうして答えを与えられなければ違和感で終わらせてしまいましたし、それに…私は未熟者ですから。」
丁寧にお辞儀をしながら賛辞をくれるミシェルだが、その賛辞を私は素直に受け取れない。
諜報兼戦闘員になれるのだからミシェルはオートクチュール公爵家に高い忠誠心があるのだろう。
それなのに、私はその忠誠心の上に胡坐をかくような真似をしてしまった。
決して本心からの行動ではなかったものの、実際にあんな言動を浴びせられたミシェルには関係なの話だ。
そう、私の意志か意志じゃないかは関係ない、大切なのはミシェルがどう感じたかだ。
「ミシェル。ずっと、ずっと言わなければならないと思っていました…」
「お嬢様?」
「レイを助けたあの時、心無い言葉を浴びせてしまった事…本当にごめんなさい…」
「お、お嬢様!?」
深々と頭を下げる私にミシェルが慌てる。
気持ちは分かる、こちらに非があろうとも従僕であるミシェルが使える相手の範疇に居る私に頭を下げさせているのだ、心情としてはレイとルナに頭を下げられた私と同じだろう。
あんな気苦労をかけたい訳ではないが、どうしても謝りたかった。
「顔をお上げください!!私は気にしておりません!!」
「ありがとう、ミシェル…それと、重ねてごめんなさい。本当はもっと落ち着いた時に謝りたかったのだけれど色々タイミングを逃してしまって…あ!お兄様、お父様、これに関しては完全に私が悪いのでミシェルを責めないでくださいね!事情に関しては後程、ご報告するので!」
「安心してくれメリンダ、そのことに関してなら既に把握しているよ。」
「え?」
「忘れたのかい?あの時、ミシェルをメリンダに付き添わせたのは僕だってことを。」
「あ…」
そういえばそうだった、それに私が我が儘という体で要求を通そうとした時にもお兄様に報告を~とか言っていた。
ミシェルに謝る事ばかりに意識が向いていたが、お兄様に情報が行っているのであればお父様にも情報が行っていておかしくない。
もしそうなら、レイが予想以上にすんなり公爵家預かりになったのは滅多にない娘の我が儘を叶えようとしたという要因もあったのかもしれない。
「あの時からミシェルはメリンダの事をちっとも怒ってなんかいないよ、むしろ思い遣りのある子だって褒めてたんだから。」
「そう、なのですか?」
「はい。確かに平民にとって貴族の助けを受けることは必ずしも幸福になるとは言えません、だからと言って見捨てた方がいい訳でもありませんが大抵の貴族はそれを理由に手を差し伸べることすらしません。なのに、お嬢様は当たり前の様に手を差し伸べた…それは誰にでもできることではありません。」
「でも…私の行動も打算です…既に、ご存じなのでしょう?」
「ええ、それでもお嬢様は私に頭を下げてくださった。その事実はお嬢様が素晴らしい心根の方である証明であり、確証でもあります。」
「確証?」
「はい。きっと、お嬢様は同じような状況に遭遇すれば打算など関係なく手を差し伸べるという事への、確証です。」
「!」
どこまでも優し気な表情で言い切るミシェルに、酷く安堵した。
この優しい人を傷つけていなかったことに、公爵家の人間なのにとがっかりさせなかったことに、唯々安心した。
そして同時に嬉しかった。
私のことを、認めてくれていると分かったから。
「…ありがとう、ミシェル。」
「もったいなきお言葉です。」
少しだけ目元が熱いけれど、全く気にならなかった。
クーの前であれだけ泣いたからというのもあるけれど、それ以上にずっと胸につかえていたもやもやが晴れたことの爽快感がとても強かったから。
「…ミシェル、わかっていると思うがメリンダは僕の妹だからな?」
「何を心配しているんですか、坊ちゃん。」
「心配もするさ!分からないとでも思ったか?お前、あの時から結構メリンダのこと気に入っていただろう!!」
「お仕えしている方が将来有望で、しかも素晴らしい方なのですよ?そりゃあ敬愛もしますよ。」
「とか言って事あるごとにメリンダの傍に行こうとしただろうが!!レイという客人の監視だーとか尤もらしいことを言って!」
「実際、それで何度か脱走を阻止したのですからいいではありませんか。」
「それはそうだがお前でなくては捕まえられないわけじゃないだろう!!我が公爵家には優秀な人材が多いのだからな!」
「だから外の仕事ばかり申し付けていたのですね…」
(屋敷でミシェルに会わなかった理由はお兄様だったのか…というか、今サラっとレイの監視とか言ったわね…)
何がエリックのセンサーに引っかかったのかは分からないが、それがなければもっと早くミシェルに謝れていたかもしれないと分かると何とも複雑な気持ちになる。
それは、私にエリックを責める資格がないと分かっているからなのか、許してもらえたという事実を知ったからなのか、正確なことは分からないが兎に角、あの時から心に漂っていた後悔や不安は綺麗に消え去ったのだから、少しの不穏には目をつむろう。
実際、私の知らない所でそれは私を助けていたのだろうから。
「さて、話は済んだかな?」
「あ、はい。お父様。」
「では、エリック、ミシェル。改めてお前達にメンシス国の調査を命じる。方法についてはお前達に任せるがくれぐれも危険のないようにな。」
「はい、父上。」
「承知いたしました、旦那様。」
ぎゃーぎゃーと言い合っていた二人だったが、お父様の声に姿勢を正すと丁寧にお辞儀する。
こういう切り替えの良さは見習うべきだなと内心、両手をたたいた。
*
「旦那様、お客様がお戻りです。」
「ああ、入ってくれ。」
「失礼します。」
エリックとミシェルが退室した後すぐにレイモンドが戻ってきた。
きっと屋敷に戻ってからメイド達に世話されたのだろう、仮住まいで身に着けていた衣服ではなく上等なドレスを身にまとい髪も綺麗にセットされている。
「お初にお目にかかります。オートクチュール公爵家が当主、マッケイド・オートクチュールと申します。メンシス国のルナフィール姫にお目にかかれたことを光栄に思います。」
「ルナフィール・セレス・メンシスです。こちらこそ、オートクチュール公爵家当主マッケイド・オートクチュール様にお会いできて光栄です。」
平民のルナではなく、メンシス国の王族として相対するルナに丁寧にお辞儀をするお父様。
釣られるように私も立ち上がり、カーテシーを行うもののルナの視線が何故か悲し気というか、不服そうに見えた。
「?」
「早速ですが、公爵様。お話はレイから聞きました、是非ともお受けしたく存じます。」
「よろしいのですか?当家といたしましては歓迎いたしますが、周囲の目もありますので扱いは一介の貴族と同じになります。」
「構いません。けれど、一つだけお願いがございます。」
「私めに叶えられるものであるならば、なんなりと。」
「私、メリンダ様の妹になりたいのです。」
「へ…?」
確かに、私も過去にルナを妹にしようと画策したことがある。
でもそれはルナが平民だと思っていたからだ。
例え年上だったとしても元平民が貴族の姉になることは容易いことではない。
妹となる令嬢の反発もあるが、何よりも周囲の風当たりが強いのだ。
だからこそルナを妹にして守ろうと思っていたのだが、メンシス国の王族であるのなら話は別だ。
王族という心強い後ろ盾によって風当たりは殆どなくなる、ならば一介の貴族令嬢である私の顔色を伺わずにのびのびと過ごすことだって可能なのに何故、妹になりたがるのか分からなかった。
「ええ、勿論ですとも。メリンダ、君も異論はないかい?」
「異論はありませんが、本当によろしいのですか?長女という立場のほうが、都合がいいこともありますでしょう?」
「いいえ。メリンダ様の妹になること以上に都合がいいことなどありません。」
ニッコリととてもいい笑顔で言い切るルナに気後れしつつも、本人がいいのであればいいかと納得する。
もしかしたら、元々妹であったが故に姉として振舞うよりも気楽なのかもしれない。
「では、そのように進めましょうか。」
「ええ!」
「は、はい。」
上機嫌のルナに満足げなお父様、そんな二人に挟まれた少しだけ困惑気味な私に何故かレイモンドが意味深な笑みを浮かべていた。
*
「やあ、メリンダ。」
「ごきげんよう、殿下。」
夢の庵でにこやかに手を挙げるアンシュルの姿がなんだか久しぶりのように感じる。
確かに、私が泣きつかれて深い眠りについた影響で夢の庵での会議は一日ぶりなのだが、魔力欠損の影響で数日眠りについていた時よりも久しぶりに感じた。
「殿下、まずはお礼を言わせてください。ありがとうございます。」
「流石に肝が冷えたよ。」
「申し訳ありません。あの時は、絶望のあまり混乱していて…」
「ああ、あいつから詳細は聞いているよ。本当に間に合ってよかった。」
心底安堵したと息をつくアンシュルに、重ねてお礼を述べる。
彼が手を回してくれなかったら、眠りから目覚めた私は再度命を絶とうとしたかもしれない。
思いっきり泣いて、多少はスッキリしたとしても現状が変わるわけではないのだからと思い詰めてもおかしくはなかった。
「まぁ、この事に関して君を責める気はないよ。というか、誰が悪いわけではない…いや、強いて言えば母上のせいかな。」
「そういえば、王妃様の説得にお母様が向かったと聞きましたがその後どうなりました?」
「それが…」
「?」
「説得に応じるふりをしてオートクチュール公爵夫人を王宮に引き留めていてね…よほど俺と君を婚約させて夫人と関係を持ちたいらしい。」
「うわぁ…」
執念がすごい、なにをどうしたらそこまでになるのかちょっと気にはなるけど絶対に知りたくない。
知ったら最後、今よりももっと面倒なことになる。
露骨に引く私を窘めるどころか、自分そうだと言わんばかりの態度のアンシュルに王宮は今、別の意味で大変なのだろうと察した。
「夫人を解放するためにもインヴァイトの効果を止めてくれないか?」
「それは構いませんが、大丈夫なのですか?まだメンシス国の内情も不明瞭なところが多い状況ですが。」
「ルナは快諾したのだろう?」
「ええ、それはとてもいい笑顔で。」
「なら問題はない。俺のほうでも母上の暴走にかこつけて得た手札があるからね。」
ニヤリと笑ったアンシュルの顔は、いつか見た悪巧みをするときの顔だったが若干黒さが増しているように見える。
策を企てる手腕が上がったとみるべきか、それほどまでに王妃の暴走は深刻なのかと勘繰るべきか悩むところだが、ひとまず今は保留だ。
あまり深入りしすぎると巻き込まれかねない、ここ最近の出来事で既に私の容量はいっぱいいっぱいなのだからこれ以上は無理だ。
「さて、それじゃあ今後のことについてもう少し詰めていこうか。」
「あ、はい…ああ、でもやっぱりその前に二つお聞かせください。」
「ん?なんだい?」
「あの時、クーが近くにいたのは殿下が遣わせたからなのでしょう?何か御用があったのではありませんか?」
「……」
「それと、家族に私と殿下の関係を開示する際に私が身投げをしかけたこともどうやって共有したのでしょう?」
「……」
純粋な疑問だったのだが、何故かアンシュルはとても複雑そうな表情をした。
そこまで答え難いことだったかと首をかしげるが、あの表情はどうやって説明すればいいか迷っているのではなく、言っていいのか迷っている時の顔だ。
もっと正確に言えばとても言いたいが言えないという感じだ。
「えっと…無理なら別に構いませんよ?」
「いや…俺としては言いたい、とても言いたい!!というかもういい加減言えよと言いたいぐらいなんだ!!でもな…俺も男だからわかるんだよ、葛藤が…それでも背を蹴り飛ばしたいというのが本音だ。」
「は、はぁ…」
「だから、近いうちにその件を含めた全てを話す場を整える。それまで待っていてくれないか?」
「承知しました。」
やけに鬼気迫る表情で詰め寄られ条件反射的に頷いてしまったが、少し文章がおかしい気がする。
その物言いだとまるで、アンシュルではない誰かのことを言っているように聞こえる。
(その点についても聞きたいところだけど、たぶん同じことを言われる気がするわね…)
未だにブツブツ呟いているアンシュルに困惑しつつも、話してくれるというのだから待てばいいかと気楽に考えていた。
読んでいただきありがとうございました!
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