第三十九話
「んっ……」
瞼を上げる感覚で、眠っていたことを自覚する。
辺りを見渡すと石造りの部屋の中だと思われるが、調度品がまったくないので目の前の扉がなければ部屋と言うよりもはや箱と表現した方がいいのではと思う程。
そんな殺風景すぎるその場所に、私は転がされていた。
(やっぱりあの男が敵だったのはいいけれど、ご丁寧に手枷はしっかりされてるわね。でも、服の感触からして忍ばせてある暗器が取り上げられてないから身体検査はしていない。やっぱり年端もいかない子供だからと甘く見てくれたのね。)
忍ばせて置いた暗器を取り上げられても、ラルドの元で保管されている保存庫が無事である以上戦う術があるので問題はないが、あるのとないのでは心持がだいぶ違う。
冷静に状況分析をすることで気を紛らわせているが、少しだけ身体が震えている。
すぐに殺されることはないと分かっていても、やはり恐怖と言うのは拭えないなと他人事のようにつぶやいた。
「お、目が覚めてるな。」
「!」
「そう警戒すんな、取って喰おうなんてつもりはねぇよ。アンタは大事な荷物だからな。」
「荷物…?」
「ったく、可愛がるつもりなら俺らにも味見ぐらいさせてくれたっていいのによぉ。」
「おいおい、相手は子供だぜ?ペド野郎かお前。」
「ばっか!ガキはガキでも見てみろよ!数年後には目が眩むほど美人に成長するぜ!そんな上玉、唾つけときたいって思うのが男だろうが!!」
「てめぇの持論で男を語るなゲス野郎。」
「同じ穴の貉がよく言うぜ。」
ガッハッハッ!と下品に笑う二人は、こちらを厭らしい目で見はするものの危害を加えようとはしてこない。
居心地は悪いが、それだけは救いだと私の精神衛生の為にも意識を思考を回すことに向ける。
先程、この男共は私に危害を加えることを依頼人に禁じられていると言った、そして、私を荷物とも。
多分ここは闇ギルドの根城でも戦争屋の根城でもなく、ただの経由地点。
ここに来るであろう増援に私を引き渡せばこの二人の仕事は終了という事だ。
(だとしたら、この二人は組織の末端。大した情報は持っていないでしょうね…ここで制圧できないこともないけど、私を依頼人に引き渡すと言っていたしもしかしたら元凶の主に会えるかもしれない。なら、ここは大人しくしておくのが吉かしら。)
「それにしても上玉だよなぁ。なぁ、本当に味見しちゃダメか?」
「やめとけ、バレたら文字通り首が飛ぶぞ。」
「バレなきゃ問題ねぇだろ?」
「喰いたきゃテメェだけで喰え、俺は幼児趣味はねぇし首とおさらばしたくもねぇよ。」
「チッ、肝っ玉の小せぇ野郎だな。テメェそれでも男か?種なしか?」
「少なくともお前よりはマシだわな。俺は頭を迎えに行ってくる、その間に決めるこったな。骨は捨て置いてやるよ。」
「いってろ!!後で具合聞いたって教えてやらねぇからな!!」
(ちょっ!!待て待て待て待て!!こんな頭ぱっぱらぱーな下半身生物と二人きりにするな!!)
ストッパーとなっていたもう一人がいなくなれば、こういう低能は間違いなく行動に移す。
命を奪われるのも嫌だが、こんな奴に純潔を奪われるのもまっぴら御免だ。
だが無情にももう一人は部屋を出ていき、低能がギラリとこちらを見ながら歩み寄る。
一歩一歩歩みを進める速度が嫌にゆっくりに感じられて気持ち悪い。
(どうする!?クーを呼ぶ!?でも今騒ぎを起こせば依頼人の元に連れて行かれないどころか、頭という奴に殺されるかもしれない…でもだからって大人しくされるがままになるだなんて死んでも嫌!!)
無駄な足掻きと分かってはいるが、男が近づくと同時に後ろに下がるもののすぐに壁にぶつかる。
それが楽しくてしょうがないのか、ニタリと男が笑う。
気持ち悪くて吐き気がした。
「下衆が…」
「おお、お綺麗な顔して汚ねぇ言葉を使うんだな。ますますいいじゃねぇか。従順なヤツよりもアンタみたいなのを屈服させる方が俺は好みなんだ。」
(ほんと気持ち悪い!!!)
騒ぎを起こしたくはなかったが、もう我慢の限界だ。
壁に擦り付ける風を装って隠し持っていた暗器で縄を切ると、そのまま暗器を男の股間めがけて投げた。
隠し持っていた暗器の中でも特に小さい暗器は、綺麗に男の股間に命中し奥深くまで突き刺さった。
「ぎゃぁああああああぁああぁあぁあぁぁぁああぁぁ?!」
あまりの激痛に悶え苦しむ男に思わず追撃しようとするが、扉から慌しい足音が聞こえる。
急いで切った縄を両腕に巻きつけ、さも縛られていますという恰好をすると同時に扉が開かれた。
「なんだ?!」
「あ゛あぁあああぁぁあ゛ああぁぁあ!!!!」
「おいどうした?!おい!!」
「くっ、あっはははははは!!」
「頭?!」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、こんな餓鬼に沈められるなんてな。馬鹿以下だったようだな。」
「が、がじら゛ぁ…」
「寄るなうっとおしい。」
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」
頭と呼ばれた男に悶絶した男が手を伸ばすと汚らわしい物を見る目で見降ろしながら、あろうことか悶絶する男の股間を踏みつぶした。
それが決め手になったのだろう、叫び声をあげた男はそのまま失神した。
女性には分からない痛みだと前世で聞いた事があるが、今世でもそれは変わらないのだと隣にいる男がヒェッ…と息のを呑む音で悟る。
まぁ、欠片も同情心はないのだけれど。
「で?お綺麗な顔してやることがえげつねぇお嬢さん。アンタ、何した?」
「……乱暴されそうに、なったので……蹴りました。」
「ほぉ、蹴ったか。足癖が悪いなんて意外だな……手が自由なくせに。」
「!!」
(バレてる…!?)
やはり頭と呼ばれるだけはある、という事なのかそれとも単に私の誤魔化し方が下手なのかは分からないが不味い事になった。
あの男への仕打ちから見て仲間意識は高くない、だが私の事をまるで玩具か何かの様に見定める眼差しからは仕事に対して独自の美学を持つような高潔さは見えない。
恐らくこの男は愉悦に主観を置くタイプなのだろう。
依頼人が契約を反故にしようと、組織にダメージが与えられようと、自身が楽しければそれでいい。
(そんなタイプには…っ)
「…触りたく、なかったのよ。」
「ほぉ?」
「どうして私が、あんな汚らわしいものに触れなければならないの?それとも、貴方だったら触ったの?手で。」
「遠慮するね、反吐が出る。」
「私もそうよ。それに、手を出す気は元々なかったわ。」
「ふ~ん、それなのになんで手を自由にしたんだ?」
「決まっているでしょう?蹴りにくいからよ。ああ、殿方には馴染みがないから分からなくて当然ね。長いスカートって手で押さえないと足を振り上げにくいのよ。」
敢えて強気に、そして図太く接する。
これが正解かどうかは分からないが、相手に自分は面白い存在だと思わせるのだ。
上品なルナの外見でレイにもクーにも令嬢らしくないと言われている私が中身なら、傍目に見てとっても愉快な少女に見えるかもしれない。
例え見たとしても面白さに欠けるか、この男のお気に召さなければ始末されてしまう可能性が高いが、今は賭けるしかない。
怯えを隠して、さも当然という感じで見上げれば、頭と呼ばれた男は声を上げて笑い出した。
「くっ……あっはははははははははっ!!!」
「か、頭…?」
「くくくっ…あ~いいね、いいわ。嫌いじゃねぇぜ?アンタみたいな女。コイツと同意見なのは腹立たしいが、確かに数年後が楽しみだな。」
「あらそう?」
一先ずは殺されずに済みそうで安堵するが、愉快そうに細められた目は私を油断なく見つめている。
私が妙な事をするか、楽しむ価値無しと判断したら、すぐにでもこの男は私を始末しようとするだろう。
そうなる前にさっさと依頼人という者の所に連れて行って欲しいと思う。
こことどっこいどっこいの緊張感だろうが、クーという安心剤を召喚しやすいという心の支えがある分、マシに思えた。
「もうちっと話していたい所だが、そろそろ時間だな。」
「あら、エスコートして下さるの?」
「俺は面白いやつには優しいんだよ。おい、そこのゴミ始末しとけ。」
「はい!」
後ろで組んでいた腕を取られ、立ち上がらせられる。
地面に沈んでいる男には目を向けるどころか仲間、いや、人間扱いすらしない、冷酷で粗暴な言動をする男だが、言葉の通り気に入った相手には優しいようで私に対する扱いは優しかった。
それが余計に恐怖心を煽ったが、ここで及び腰になる方が余程恐ろしい事になると理解しているから必死で虚勢を張る。
「それで、どこに連れて行って下さるのかしら?」
「とてもいい所だぜ。少なくとも、こんな無骨な場所よりはな。」
「それは良かったわ。寒いのよ、ここ。」
*
石の部屋から連れ出され、馬車らしきものに乗せられて向かった先は男の言う通り上等な建物があった。
見た目は派手ではないが、細部に細かい装飾が施されておりとても上品な作りをしている。
状況が状況でなければじっくり観察したい所だと、現実逃避気味に私が考えている間に馬車らしきものは建物の敷居をくぐる。
「さ、降りな。」
エスコートをする気があるのは本当らしく、手を差し出してくれる。
強気に突っぱねる事も出来たが、ここは大人しく手を借りる選択をした。
別に降りるのが怖いわけではない、ただその方が便利だと思ったからだ。
「建物の趣味はいいようね。」
「へぇ、やっぱお上品な方は見る目もあるんだな。」
「その理論だと、それが分かる貴方もお上品になるのでは?」
「俺みたいな粗雑で冷酷な奴をお上品だなんてアンタ、変わってるなぁ。お嬢さん?」
「貴方の理論に則って発言したまでですわ、お頭さん?」
緊張はそのまま、隙は見せずに敢えて挑発的な発言をすれば男は愉快そうに笑う。
この男が笑っている内はまだ呼吸することができる。
逃げ出そうとは今の所思っていないが、クーを呼ぶタイミングを見逃さないように神経を研ぎ澄ます。
あの末端二人なら私でも対処できたけれど、この男は無理だ、間違いなく殺される。
(落ち着いて、冷静に…)
呪文のように内心で呟きながら進む建物の中は、外装と同じ様に派手さはないが細部に散りばめられた見事な装飾が優雅さと上品さを醸し出している。
本当に、こんな時でなければもっと心穏やかに過ごせただろうにと思えるほどの素晴らしい仕事を拠り所に、どうにか震えることなく歩ききった。
「ここだ。」
「…私をご招待いただいた方、と言う認識でよろしいかしら?」
「ああ、それでいい。」
ニヤリと笑いながらゆっくりと扉が開かれる。
この先に居るであろう依頼人は、恐らく全ての元凶かそれに近しい存在だろう。
一体どんな人物なのか、壮年の厳つい紳士か、それともザ・悪役と言わんばかりの癖の強い巨漢か。
固唾を飲んで開かれて行く扉を見つめるが、そこに居た人物に私は固まった。
扉の先には、私より一つか二つほど年上だと思われる男の子が居たのだ。
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