第二十九話
「さて、 まずはお召替えだな。」
夜空の散歩を十分に楽しんだ後、どこかの街へ降り立ったクーはその足で近くの服屋へ向かった。
確かに、就寝前にまるで覆われるように来てしまったので今の私は寝間着の状態だ。
前世でも褒められた服装ではないが、殊更今世では良識のある人間に見つかれば即説教されるほど推奨されない服装だ。
「いらっしゃいませ。」
「すまないが、見繕ってくれないか?」
「かしこまりました、ご要望はございますか?」
「そうだな…可愛いよりは綺麗めで頼む。」
「ちょっ! 私今お金ないわよ!?」
「大丈夫だって、軍資金はたんまりある。」
服を調達できるのは有難いが、所持金を気にして声を上げればクーは自信満々に言い放つ。
恐らくアンシュルが気を回してくれたのだろう、次の会議の時に何か手土産を持っていかねば。
「では、こちらにどうぞ。」
案内されるまま奥へはいると、これはどうだあれはどうだと服を合わせていく。
いくつかの候補を宛がった後、テキパキとコーディネートを組み立てていく手腕は見事としか言いようがない。
ブロは違うなぁと流れに身を任せていると、鏡の前にはちょっとめかし込んだ商家の娘が立っていた。
「いかがでしょう?」
「おお!とても素敵です!」
流石に夜の街に貴族令嬢が居るのはよろしくないのでとても有難い。
満足してクーの前に戻れば少しだけ目を見開いた後、納得したように頷いた。
「お代はこれな。」
「はい、確かに。」
「んじゃ、行くか。」
「ええ。」
どれぐらいの金額なのか知りたかったが、小袋に入れられていたので正確な数字は分からなかった。
アンシュルに渡されたままを渡したのか、それともこちらが気負わないように配慮してくれたのか、どちらかは分からないがなんというか様になっていて少し腹立たしい。
「それで、何処に連れて行ってくれるのかしら。」
「いい所のお嬢様が行ったことがないようなところだよ。」
エスコートというよりも、年の離れた妹を連れていく感じで案内されたとこは所謂、夜市だった。
宵闇を明るく照らす魔道具の光はまるでスポットライトの様に屋台を彩り、安寧の眠りが支配するはずの静寂とは真逆の声が溢れている。
酒を飲む男達はまるで豪快な歌を歌うように語り合い、給仕に回る女達の足取りはダンスの様にが軽やかだ。
確かに、いい所のお嬢様はこんなところには来ないだろう。
だが、私にとっては少しだけ懐かしい光景だった。
「とても、賑わっていますね。」
「ああ。ここは炭鉱が近いから炭鉱夫達が疲れを癒しによく飲みに来るってんで時折、こうして市場風の酒場を開いて客を楽しませてるんだ。」
「確かに炭鉱夫が多いようですが、そうでない人もチラホラいますね。」
「ありゃあ冒険者だな、市場風の酒場の噂が広まって最近よく来るようになったらしい。お陰で珍しい素材を卸してくれるようになったと武器屋のおっちゃんが喜んでたぞ。」
冒険者と聞いて目が輝くのを自覚する。
物語によって冒険者の立ち位置は変わるが、基本的に自分の力で生活している武芸の達者な人達だ。
扱う武器はそれこそ剣や杖等が定番かもしれないが、中には双剣の様にトリッキーなものや飛び道具を扱う者だっているだろう。
もしそんな人達と話をすることが出来れば、暗器の扱いももっと上手くなるかもしれない。
「だがま、今日のお目当てはこっちだな。」
「え、あ、ちょ!」
「子供に酒場はまだ早ぇよ。」
「ぐぬぬ…」
分かっている、クーの言う通りだ。
それに、ここで子供らしく駄々をこねて酒場に入れたとしてもまともに取り合ってはくれないだろう。
それでも下がる肩を取り繕えないぐらいには、残念だった。
「ほら、ついたぜ。」
「ここは?」
「入ってみりゃわかる。」
しょぼんとする私にクーが案内したのは、夜市の奥にポツンと佇むテントだった。
雰囲気から酒場出ない事は分かるが、店先に看板も店のジャンルを示すものもない為、そもそもここが店なのかという疑問すら湧いてくる。
だが、クーはさっさと中に入ってしまうので慌てて後を追えば中にはまるでガラス細工の様に美しい装飾品が並んでいた。
装飾品の種類は多種多様で、首飾りや耳飾りを始めとした王道のものから足飾りと言ったマイナーなものまで並んでいる。
ただ一貫しているのは、その全てにガラスの様に透明感のある素材が使われているという事。
「どうだ?あんたでも見たことないだろう。」
「はい…見慣れないものばかりですがどれもとても美しい…それに…」
「それに?」
「どの品もとても手が込んでいます。一見シンプルな装飾に見えても細やかな細工が施されていますし、何より光に空かした際に美しく輝くように計算されてカットされています。逆に豪勢に仕上げたものでも決して他の調和を乱さない絶妙な加減で仕上げられている。それに見てください!この見事な隠し彫り模様!!こんなに細かいデザイン、普通に彫るだけでも難しいのにさり気無い演出をする為に薄く彫るなんて並大抵の職人にはできない仕事ですよ!!」
「ははっ、嬉しいこと言ってくれるね。お客さん。」
「!!」
第三者の声にようやく正気に戻る。
あまりに見事な細工に我を忘れていたことは恥ずかしいけれど、素晴らしいものを誂える職人に礼儀を尽くさなくていい事にはならない。
「す、すみません…その、少々我を忘れてしまいました…えっと、ここの店主さんでしょうか?」
「ああいいっていいって、堅苦しいのは苦手なんだ。俺は職人兼オーナーのマドルグってもんだ。お嬢ちゃん、かなりの目利きだな。」
「そこまでじゃありませ…ないわ。何かを作ることが好きだから普通の人より技術面の方に目が行ってしまうだけ。」
「それを世間じゃ目利きってんだよ。」
わしゃわしゃを大きな手で髪の毛を混ぜるように頭を撫でられる。
言動からかなり豪快な人という印象を受けるマドルグがこんなにも繊細な細工物を作れるとは驚きだ。
けれど、堅苦しいのを嫌う小ざっぱりした性格だからこそできるのかもしれないとも思えた。
それほどまでに、彼の仕事は素晴らしかったのだ。
「マド爺、その辺にしてくれや。」
「爺いうんじゃねぇ。それよりも、お前さんにこんな物の良し悪しが分かる目のいい知り合いがいたとはな。」
「まぁ、いろいろあってな。」
「ほぉ、いろいろねぇ…」
「なんだよ。」
「いいやぁ?俺ぁ当人同士が承知してんなら文句はねぇが、騙し討ちの様なことは男のする事じゃねぇぜ?」
「そ、そんなことしていない!!」
「本当かぁ~?どー見ても分かってない所を掻っ攫ってきたにしか……おめぇ、まさか本当に攫ってきたんじゃねぇだろうな?」
「ねぇわ!!」
(仲良しね。)
テンポのいい会話に思わず笑みが零れる。
これまでクーが誰かと会話をしている所を見たことがなかったから新鮮に見えるのかもしれないと思いかけたところで、違うと考え直す。
クーが誰かと会話をしているところは見たことはない、聞いた事があるだけだ。
あの時、国境の所でクーは黒髪の女性と会話をしていた。
お互いに知り合いの様ではあったが、マドルグと会話している時とはまったく違っていた。
マドルグとはまさに祖父と孫の様な感じだが、あの女性とクーは敵対はしていないがどこか緊迫した空気だった。
まるで、何かを隠しているかのように。
「とにかく!!頼んでいたモンできてんだろうな!」
「誰にもの言ってやがる、とっくにできてるわ。」
「!」
思考の海に潜り過ぎていたのか、話をぶった切ったクーの声にようやく我に返る。
クーの言葉から何かを注文していたと知ると、途端に興味がわいた。
これほどまでに見事な品を作るマドルグに態々依頼したのだ、一体どんな品でどんな細工が施されているのか考えるだけで胸が躍った。
「ほれ。」
奥から戻って来たマドルグの手には小さな箱があった。
カウンターの上に置き、そっと蓋を開けると中には美しい蒼い結晶のペンダントがあった。
蒼い結晶はを球体に整えられ、大きさはビー玉ぐらい。
棚に並ぶガラスの様に透明感のある素材とは違って、どちらかと言えば水をそのまま閉じ込めたように不思議な輝きをしていた。
それだけも美しい球体だが、その側面はさり気無い飾り彫りで彩られておりその存在感をより際立たせ装飾は球体のみというシンプルなデザインなのに、物足りなさがまったくなかった。
「綺麗……」
「やっぱしお嬢ちゃんには分かるか。」
「私じゃなくたってわかるわ…素材の美しさを損なうどころかより際立たせるための細やかな仕事…素晴らしい以外に言葉が見つからないわ…」
「それを分かってくれるなら、作った甲斐があるってもんだ。なぁ、坊?」
「…そうだな。」
豪快に笑うマドルグとは対照的に何故かクーは照れたように呟く。
そこに疑問は持つのに、目の前の見事な仕事の方に意識が向いた私は深く追求する事はなかった。
「あ一…お嬢。」
「……え?私ですか?」
「他に誰が居るんだよ…」
「いやぁ、そう言われるの慣れてなくて。」
「まぁそうだろうな。って、んな事より後ろ向け。」
「へ?後ろ?」
「いいから向け。」
恐らくここでメリンダと言うのはまずいと判断したのだろうが、いきなり聞きなれない呼び名で呼ばれて反応が遅れてしまった。
本当はペンダントに意識が持っていかれていたからなのだが、クーは深く追求せずに半ば強引に後ろを向かせる。
私に見られたら不味い取引でもあるのだろうかと許しむ私の首に、ひやりとした感触がした。
「!?」
「ん、ちょうどいいな。」
「あたぼうよ、俺の仕事だぞ。」
「へーへー。」
「ちょっ、く…これ、これっ!!」
「あんたにやるよ、お嬢。」
「!?!」
ひやりとした感触は、ペンダントのチェーン部分が触れたものだったのだ。
胸元に輝く見事な結晶に目を奪われそうになるが、何とか意識をクーに向ける。
態々マドルグに依頼したのだから、クーの仕事に使うかアンシュルに献上するのかと思っていたのにやけに簡単な口調で放り投げるように渡された私の身にもなって欲しい。
見事な仕事だ、これ絶対高いだろう。
「こんな素晴らしい物頂けません!!」
「お嬢が受け取らないなら今ここで砕く事になるぞ。」
「なんってこと言うんですか!?それは職人の仕事に対する冒使ですよ!?」
「なら受け取っとけ。」
「〜っ!!!」
クーの目は本気だ、私が受け取らないなら本当にここでこの結晶を砕くつもりだ。
だが、こんな素晴らしい物をなんの対価もなく受け取ることも私の中の何かが許さない。
しかし、無難な対価として上げられる金銭の類は屋敷にある為、今渡すことはできないしアンシュルと違って私とクーには連絡手段がないのだ、今を逃せばもう二度とこのペンダントに対する対価は支払えなくなる。
それは駄目だ、どうする、どうする…とぐるぐる頭を悩ませてる私に、クーは目線を合わせるようにかがむ。
「なら、俺の望みを叶えてくれるか?」
「え?」
「あんたのことだ、何もなく受け取る事に遠慮してんだろ?ならさ、俺の望みを叶える対価としてそれを受け取ってくねぇか?」
「!わかりました。でも、この素晴らしい品と釣り合う程だとかなり大きな願いになります。しかし、私にできることはそんなに多くありません。ですから、質より量でもよろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。それときっちり釣り合う願いを用意してるから。だが、それはもう少し時間がたたねぇと頼めねぇことでな。それまで待っててくれ。」
「時期がある願い、ですか。わかりました、ではその時までこの品は大切に預かっておきます。」
「くくっ、律儀だな。対価として渡したんだからもうお緩のモンだろ。」
「私が対価を支払っていないのでまだ貴方のです!」
そこは譲れない!と胸を張れば、クーは楽しそうに笑う。
何がそこまで楽しいのかわからないが、クーも私も納得したならそれでよしとしよう。
ただー
「坊、世間一般じゃそれを騙し討ちって言うんだぜ。」
「黙っとけ爺。」
マドルグが何とも言えない表情でクーの肩を叩いたのがやけに印象に残った。
読んでいただきありがとうございました!
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