第二十七話
「ごきげんよう、殿下今晩は私の方が早かったみたいですわね。」
「まぁね。でも、遅刻の理由は分かっているだろ?」
「ええ。そのご様子だと吉報と取ってよろしいのでしょうか?」
「勿論だとも。」
夢の庵。
私より体感時間で数時間後に現れアンシュルは、楽しそうな笑みを浮いていた。
それはまるで悪戯が成功した子供の様に無邪気だが、策略を楽しむ怪しい笑みだった。
尤も、それは私にも言えることなのだろうが。
「状況をお教えいただけます?」
「ああ、君の計画通り、魔物の異常な移動を警戒して騎士団の派遣が決まった。まだ動き出した魔物は低級が主だから動いている騎士もそう多くはないが、時期に投入数は多くなるだろう。」
そう、私の計画は魔物に不自然な動きを起こさせて魔物暴走が起こるのではないかと誤認させることだ。
魔物暴走とは魔物が何かしらの理由によって大量発生し、大群となって押し寄せることであり、災害の一つとされている。
その予兆は様々だが最も有名なのが、魔物が生息地を変える事。
なのでインヴァイトを使い、一時的に魔物を誘導し生息地をめちゃくちゃにしたのだ。
「確か、アレを飛ばしたのは王族直轄領付近でしたわよね?」
「あそこには魔物の巣があるからね。それに、王族直轄領という仰々しい肩書を持つわりに住民はいない場所だから民に被害が及ぶ危険もない。それでも、隣接する土地の領主は気が気じゃないだろうけどね。」
ニヤリとまたも子供らしからぬ怪しい笑みを浮かべるアンシュル。
お互いの状況を報告し合うようになってから分かったことだが、どうやらアンシュルが活躍する事を面白く思う貴族が一定数いるらしい。
高い地位であればあるほどそういった輩が湧いてくるというのは、どうやら前世も今世も変わらないらしい。
それに大層ストレスを感じているアンシュルは、今回の計画を利用して嫌がらせを画策したのだ。
人的被害を出すつもりはないのであくまで与えるのは恐怖だけという所がアンシュル曰く優しさらしいが、私としたら嬲っている様に見えてならない。
それでも、アンシュルのストレスは私達の目的を遂行する上での障害にしかならないので助けるつもりは毛頭ないが。
「巣があるのなら魔物暴走の可能性は更に上がりますからね。王族直轄領を横切って自身の地に魔物が押し寄せたらと恐怖に駆られた貴族の声はとても大きなものでしょう。」
「ああいう輩は他人を落とすのは大好きなのに、自分を落とすことは大嫌いだからな。自分がいかに可哀想であるかを伝える為に、状況をより大げさに吹聴してくれるだろう。」
「その声が大きければ大きいほど、こちらには都合がいいですからね。」
魔物暴走が起きるかもしれないとなれば、婚約にかまけている余裕はなくなる。
というか、そんなことをしたら王家の信用にかかわる。
「さて。これで一先ず時間を稼ぐことが出来たわけだが。根本的な解決にはならないだろう。」
「はい。」
先程までの笑みを引っ込め、真剣な表情でアンシュルが告げる。
この計画を立案した時点で、時間稼ぎにしかならない事は分かっていた事だ。
だからずっと根本的な解決案を考え続けているのだが、一向に妙案が浮かばない。
仮に、このタイミングで奴隷商の完全な検挙が叶ったとしてもアンシュルの目的であるルナと結婚するにはあと少し足らない。
そもそも、王家がオートクチュール公爵家と縁を結びたいのは国内の安定の為なので功績があって家格も釣り合ったとしても、国王派や貴族派の貴族と婚姻を結ぶことを認めることはないだろうし、平民なんて以ての外だ。
「俺と君の婚約が保留になるという事は他の問題も起こりやすくなるからな…早々に片を付けたいところだ…」
「そういえば、ある貴族派の貴族から熱烈なラブコールがあったとか。」
「ああ…何を考えているのか、自分の娘は器量よしで見目もいいから俺の相手もぴったりだと押しかけて来てな…例え言葉通りの令嬢だったとしても貴族派である時点で望みがないと分かるだろうに…」
「野望はあるが頭は軽い、という事ですか…ん?押しかけて来た?」
違和感のある言い方に首を傾げる。
是非うちの前を!という貴族は多くいるだろうが、そういった場合を表現するなら言ってきたが適切だ。
まさか…とアンシュルを見れば、そのまさかだと顔に書いてあった。
「…警備はどうなっているのです。」
「メイドを買収したらしい…そのついでとばかりに自分の息のかかった人間を幾人か潜り込ませていることが分かった…」
「…警備はどうなっているのです。」
「俺もそう思う。」
大切な事なので二度言いました、というのを自然に行う日が来るとはある意味感動ねと他人事の様に考えるが、現実逃避している場合ではない。
頭が軽いくせにお金がある連中は変に思い切りが良い時がある。
もし買収した人間を使って既成事実を作られでもしたら、バッドエンドまっしぐらだ。
「事が落ち着いたら、掃除する必要があるようですね…」
「同感だ。」
二人そろってため息が出る。
確かにこれは時間稼ぎが出来たからと言って悠長に構えていられなくなった。
メンシス国との情勢もいつ変動するか分からず、誤報だとしても魔物暴走に動揺する貴族の鎮圧に、唯一の王位継承者として貞操を狙われる不安…ほんの些細なことで現状は容易く崩壊するほど危うい上に成り立っている。
それを打破するには、王家とオートクチュール公爵家が婚約する事が一番の近道だ。
(どうする…この際、婚約をして後から破棄する方向にシフトする?私に傷は残るだろうけど、そこは国外追放という建前でポロス国から逃がして貰えば生き残るぐらいはできるかもしれない…けどリスクが高すぎる。最悪、国益を優先して暗殺からの拘束だなんてこともあり得る。)
前世で定番、というかお約束の断罪からの国外追放の流れだがあれは物語の世界だから許される茶番だ。
もし現実でそんなことをしようものなら、婚約破棄を声高らかに宣言した王族は生涯幽閉されヒロインは斬首、良くて毒杯。
そして二人を支持した貴族や平民も国家を揺るがした罪を問われ軒並み駆除されるだろう。
しかしそれは他に王位継承者が居た場合の離未だ。
ポロス国において、王位避承者はアンシュルただ一人。
そんなアンシュルが婚約破棄からの国外追放という茶番を強行しようとすれば、最悪ルナは王家によって暗殺され、アンシュルは何らかの制設の上で国に縛り付けられる。
そして私もまた、そのアンシュルの監視役として国に縛り付けられる。
(仮にそうなったとしても生きているという意味では私の目的は達成される。でもきっと、 私の心は死んだも同然になるんだろうな。)
ルナを失い失意に沈むか、はたまた愛しい人を奪った国に対する憎悪を燃やす相棒の姿を何もできず人形のように監視するしかない人生は、残酷以外の何物でもないだろう。
そんなの、まっぴらごめんだ。
(そうだ、そうならない為に今必死で考えているんだ。婚約自体をなかったことにはもうできないし、陛下もアンシュルの功績を最悪なタイミングで知ってしまったからより一層王位継承者として手放すことはしないだろう。)
クーに協力してもらって死んだことにする?いや駄日だ、運よくルナと出会い国外へ逃亡し結婚できたとしてもそうなってしまえば恐らく“闇夜”が発生する。
確証はない、だけど小説で描写されていた背景と条件が合いすぎているし、何より”闇夜” が発生しなかったとしてもそれに匹敵する騒乱はまず間違いなく起こる。
ここで自分が幸せならあとはどうでもいいと思えたなら、もっと簡単だったかもしれない。
(そもそも、そう都合よくルナと出会えるのかって話になるわけで……ん?)
「殿下。」
「なんだ?」
「ルナって、学園に入学する前はどこで何をしていたのか覚えていますか?」
「それは確か…どこかの街の片隅で、物を売って日銭を稼いでいたはずだ。」
平民であるルナは決して裕福とは言えない生活を送っていた。
明日の食事も分からない生活、とまではいかないがまともな職にありつけない為、いつもお腹を空かせていた。
そんな彼女の生活を支えていたのは、彼女自身の力。
「ルナは手先が器用である事を生かして、見た目が綺麗な石を磨いたりしてアクセサリーにしていたな。俺も一つ欲しい。」
小説の挿絵にもなっていた光景を思い浮かべているのだろう、アンシュルの顔が優し気に綻ぶ。
だが今気にすべきはそこではない。
五歳児の身体になったからこそ分かるが、幼子の身体で石を加工するのは並大抵のことではない。
だがそれは物理的に削ったり磨いたりするのであればの話だ。
この世界の石は前世の石と違って大なり小なり魔力を含んでいるので、知識さえあれば誰でも、それこそ子供でも加工は出来る。
しかし、その知識を得るためには金がかかる。
平民から見れば莫大な金が。
「はい、私もそう記憶しています。ただ気になるのがルナのアクセサリーの材料はほぼ全て石、子供には加工が難しすぎる素材です。」
「確かにな、身近な素材だったとしても石の加工には知識と技術が要る。研鑽を積むことで得られる技術はどうにかなるかもしれないが、知識は誰かから授かるしかない…!メリンダ、もしかして君はルナの賢さを利用しようというのか?」
「その通りです、殿下。」
ルナの賢さは小説の中でも折り紙付きで、その気になれば国を落とす事すら出来るのではないかと表現されるほどだ。
そんな彼女ならば、貴族の中にも溶け込める。
「ルナを、私の妹にするのです。」
「確かに、王家はメリンダと俺の婚約を願っているのではなくあくまでオートクチュール公爵家と王家の縁を望んでいる。ルナがオートクチュール公爵家の一員となれば結果は同じということか。」
「はい。ただの平民ならば不可能でしょうがルナの頭脳は私よりも余程上等です。それに、今のルナは私と同年代のはずですしその頃から色々叩き込めばそこらの令嬢なんて目じゃないご令嬢に成長するでしょう。」
「美しいルナがより美しく…」
脳内のルナがより美しくなったのか、アンシュルの頬がさっと赤くなる。
純情少年の様な姿は新鮮だが、これはこれで可愛らしい。
(ここにカメラがあればこの姿を激写して後でルナに渡したい所ね。)
「…!こ、こほん…確かにそれができるのであればそれが一番だ。だが根回しはどうする?オートクチュール夫妻は民選意識がある人種ではないが、周りは煩そうだぞ。それに、王家も優秀とはいえオートクチュール公爵家の血が流れいないルナを選ぶとも思えない。」
そう、問題は其処だ。
ルナをオートクチュール公爵家で引き取る事に関しては当てがないわけではないが、王家にルナを選ばせる手札が現状ない。
手札がないのなら、作りだせばいい。
「ルナをオートクチュール公爵家で引き取る事に関しては私の方に当てがあるのでご安心を、ただ王家がルナを選ぶ為にはクーの協力が必要になります。」
「アイツの?何をする気だ。」
「クーに私を攫ってもらうのです。」
「攫う?……おい、まさか!!」
「王族の婚約者は純潔を重んじられます。賊に攫われたとなれば真実はどうあれ、あらぬ疑いを持つ貴族が出る事でしょう。その噂はやがて私の傷となり、時間が経てば経つほど大きくなる。」
「正気か?確かにアイツなら無体を強いることはしないだろうが、世間的に君の評判は地に落ちることになるぞ。」
「恐怖がないと言えば嘘になりますが、今現在考えられる方法はこれしか…」
多少なりとも権力を使って無理を通すという振舞いをしてきたのだから、ここぞとばかりに誹謗中傷は起こるだろう。
そうでなくとも公爵家を追い落とす絶好のチャンスなのだから、欲に染まった連中が見逃すはずはない。
正直に言おう、怖い。
見ず知らずの他人に自分が遠巻きにされるのはまだいい、でもそのせいで家族にまで害が及ぶことが怖い。
転生した当時は、今生の家族を家族だとは思えなかった
私にとっての家は前世の家族だけで、今生の家族は他人だと心のどこかで思っていたし今も若干そう思っている。
でも、だからと言って情がないわけじゃない。
転生して数年一緒に生活していれば嫌でも見えてしまう、分かってしまう。
お父様は、厳格であろうとしているが子煩悩で愛妻家であることがバレバレで
お母様は、のほほんとしているが案外強かで
お兄様は、仲睦まじい両親に呆れているが同時に強く尊敬していて
貴族の務めを実直に、正しく果たしている。
とても、善い人達だ。
(少しでも悪い人間であればこっちが楽だったのにって思うのは、弱さかな…)
そうすれば嫌われたとしても、苦しくも悲しくも辛くもなかったのに。
「…ありがとう、メリンダ。そこまで考えてくれて。でも、それを実行させることはできない。」
「!!なぜですか!?」
「あまりにも君の負担が大きすぎる。忘れたか?俺達は相棒だ、片方だけが重責を負うのが相棒なのか?」
「それは…でも、これ以外に方法は…」
「もう一つだけ、方法がある。」
そう言ったアンシュルの顔は、見たことのないほどに真剣だった。
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