第十二話
目が覚めると、ほんのり顔が濡れていた。
夢では我慢できたと思っていたけれど、どうやら体は正直だったらしい。
でも、気分は晴れやかだった。
自分の中で、ようやく何かがしっかり決まった気がしたから。
「よしっ!!」
気合を入れ、ベッドから降りると早速身支度を整えていく。
やるべきことが山積みだが、不思議と頭は痛くならなかった。
「おはよう、レイ。」
「お、おはようございます。メリンダ様。」
レイは昨日よりも顔色がいいように見えた。
恐らく、きちんと食事をして眠ったからだろうが未だに隈は取れていない。
改めて見れば隈があっても崩れぬバランスを持つ造形美に、これで身嗜みを整えたらどうなるんだと場違いな好奇心が沸き起こった。
「食事は口に合った?」
「はい、とても美味しかったです。」
「それは良かったわ。じゃあ今日は、身嗜みを整えましょう。せっかくのイケメンが勿体ないわ。」
「い、イケメン?!」
ドギマギするレイを横に置きながら、衣服を始め髪や爪を整えていく。
まぁ、奴隷の紋があるから衣服だけは私が整えたが、小さい体にしては会心の出来だと思う。
そうして出来上がったレイは、事情を知らない者が見れば貴族と見間違うほどに光輝いた。
「磨けば光ると思っていたけれど、予想以上ね…」
「はい、よくお似合いです。」
「ありがとうございます…」
繁々と観察する私と、穏やかに称賛するシアにレイは照れくさそうに俯く。
イケメンの赤面は目の保養になるというが、レイの赤面顔は何だが和む。
なんだろう、弟の様な感じだからだろうか?弟居たことないからわからないけど。
「さて、次は朝食ね。シア、今日は私もここで食べるわ。」
「かしこまりました。」
「え!?それではメリンダ様にご迷惑が!!」
「私がここで食べたいの。それに、一人で食べる食事って味気ないというか暖かいお料理でもちょっと冷たく感じるのよね。あ!もしかして、レイは静かに食べたい人かしら?」
「え、あ、その…そういう訳では…」
前世で仕事が上手くいかずに精神を病みかけていた時は、周りの目が気になって人前では食事をすることができなかった。
かといって、孤食は何だか物足りなくて儘ならない思いを持て余していた。
しかし、人の中にもいろいろな感じ方を持つ人がいる。
孤食に何も感じない人や、むしろ孤食を好ましく感じる人もいるだろう。
もし、レイがそう言う人種ならば干渉する気はない。
でも、モジモジするレイの様子はこちらを心配して遠慮している風にしか見えなかった。
「なら、今日だけでもいいからご一緒しましょう!ね?」
「メ、メリンダ様がそう言うのであれば…喜んで。」
照れくさそうにするレイに和んだのは私だけではないらしく、心なしか食事に用意がいつもより早かった。
「メリンダ。」
「はい、なんでしょう。お父様。」
「今日の朝食の席に居なかったが、どうかしたのか?」
食後、すぐにお父様から呼び出しがあった。
いつもと違う行動を起こせば何かしらアクションがあるとは思っていたが、予想より早かったし、多かった。
何がって?人数がさ★
呼び出された執務室にはお父様の他にお母様とお兄様も居た。
勢揃いじゃんか。
「既にお耳に入っているかと存じますが、先日一人の少年を保護いたしました。本日の朝食は彼と共にと思いまして。」
「うむ、報告は受けているよ。メリンダは彼がどういう立場にあるのか分かっているのか?」
「ええ。」
やっぱり報告が上がっていたか。
恐らく医者からだろうから、レイの体調面での状態も同時に報告されているだろう。
ここまでは予想通りだ。
「ならば、起こさなければならない行動も分かっているね?」
「勿論ですわ。ですが、一つ懸念点がございます。」
「懸念点?」
「はい。彼は、レイは他国の人間である可能性があります。」
「!」
これは、殿下と考えたシナリオだ。
*
「それで、君はこれからどうすべきだと考える?」
「そうですね…現状、私だけの力でレイを引き留めることは不可能です。なので、少しお力をお借りしたいと考えています。」
「こちらもそれはやぶさかではないが、現実での俺と君の接点はまだ作りたくない。そうだろう?」
「ええ。なので、実際に動いてもらうのは副騎士団長です。」
アンシュルの元に居た時、レイについて分かっているのは何者かによって奴隷にされたことだけだったがこちらで保護したことで新たに見えたものもある。
それはなにかを探している事と一定の教育を受けている事だ。
尤も推察の域を出ないけれど、恐らくどちらも当たりであろう。
それに加えて、恐らくレイは他国の人間である可能性が高い。
「そう思う根拠は?」
「この国は識字率こそある程度の水準を持っていますが、奴隷に関しての知識を持つ者は少ないからです。」
これは平民に学がないからというわけではない、何代か前の国王が奴隷に関する情報は国の恥部だとして情報を秘匿したのだ。
その影響は現在にも残っており、奴隷を買ってはいけないという漠然的な認識しか浸透していないのだ。
かく言う私も奴隷の紋について調べている時に読んでいた本に偶然そう記されていたおかげで知る事が出来たが、そうでなければ知りえない事だ。
「なるほど。奴隷に関する情報を制限していた我が国よりも、他国の方は周知されているのは事実。でも、それだけじゃないだろう?」
「これは、完全な憶測なのですが…もしかしたらレイは、隣国の…メンシス国の人間ではないかと思うのです。」
「やはりな。」
ポロス国の奴隷禁止法を作るにあたって、当時完全に奴隷撤廃に成功していたメンシス国の法律を参考にしたのだ。
その為、ポロス国の奴隷禁止法はメンシス国の法律に酷似したものとなっている。
だが、それでも決定打には弱い。
もしかしたら、レイはこの国の裕福な家に生まれた歴史に興味があるだけの子供かもしれない。
前世でも歴史オタクなる存在はいたし、私も少し齧っていた。
「ということは、殿下もそう思っていたのですか?」
「俺のはもっと漠然としたものだが、黒髪は全くいないわけではないが我が国では珍しい。それは他の国も同じことだが、唯一メンシス国は違う。」
「あの国は黒髪やそれに近い髪色を持つ者が多く居ますからね。」
「ああ。だがそれだけで決めるのは弱いし、危うい。」
珍しいというだけでメンシス国以外にも黒髪はいる。
それに、もしレイがメンシス国の人間ではないのにそちらの国の住人を発見しました等となれば最悪の場合、ポロス国がメンシス国を謀ったと見なされ冷戦が始まるかもしれない。
唯でさえ今メンシス国は、どこぞの国から密偵を放たれピリピリしているのだ。
そこを刺激しようものなら蛇どころか鬼が出てきてしまいかねない。
ん?待てよ…これ使えるんじゃないか?
「殿下。」
「お、何か思いついたのか?」
「少し小耳にはさんだのですが、近々メンシス国から使者が来るとか。」
「どこで知ったんだよそれ…一応情報規制かけてるんだけど?」
「秘密です。」
情報源はレノール先生だ、あの人ほんと何者なんだろうか。
私の態度から、オートクチュール公爵令嬢はメンシス国に大層ご執心だと思われたのか様々な情報を教えてくれたのだ。
(そう言えば使者が来ると言った時、ちょーっと顔が歪んだように見えたが、きっと気のせいだ。)
「それで?」
「レイに隣国の人間かもしれないという嫌疑がかかっているが確証がない。しかし、王城に保護していては使者と鉢合わせしてしまう可能性もある。よって、一次的にオートクチュール公爵家にレイを預けるべきだと副騎士団長に進言してもらうのです。」
「そうすれば俺は判断しただけで干渉はしていない、と。」
「多少は繋がりが出来てしまうかもしれませんが、それも匂わせ程度の細いもの。これぐらいならばむしろ、いずれ正式にお会いする際の助けになるかもしれません。」
アンシュルの目的であるルナとの結婚と私の目的である生き残りを両立させるには、婚約をいかにして綺麗に処理するかが鍵になる。
今の所、明確な道筋は見えていないが最低でも互いに出しゃばった真似をしない事が必須条件となる。
例えば、アンシュルが先導して婚約破棄もしくは解消をしたとしよう。
解消ならいざ知らず、破棄となれば責任問題となり王家よりも立場が弱い公爵家のダメージは深刻なものとなる。
ダメージを考慮して王家の有責としても、無傷では済まないしそうなれば良縁にはまず恵まれない。
修道院に出家と言う手もなくはないが、王家の有責で婚約破棄した令嬢という王家に対して強く出られるカードを欲に塗れた貴族共が離してはくれないだろう。
最悪の場合、命があるだけの道具に成り下がる。
逆に私が先導して婚約破棄した場合、まず間違いなくオートクチュール公爵家は没落する。
アンシュルが裏で手を回して安全な場所に表向き国外追放してくれればいいが、アンシュルがルナと結婚できる程の悪事を働くとなると高確率で極刑になる事だろう。
つまり、私達の望む場所はこの二つの丁度中間。
そのためには、全くの無関係では後々不都合が生じる。
「ふむ…よし分かった。副騎士団長についてはこちらで上手く誘導しよう。」
「ありがとうございます。」
「そのために、レイについての報告を副騎士団長に上げてくれ。」
「承知しましたわ。」
*
「それは本当か?」
「推測の域を出ませんが、恐らく。なので、騎士団にご報告するにしても階級持ちの方にご報告した方がいいと判断しました。」
「確かにな。今の情勢では、不用意に波風を立てるのは得策ではない。分かった、私から騎士団の方に報告しておこう。」
「でしたら、一つお願いが。」
「なんだ?」
「副騎士団長にご報告願えないでしょうか?」
「それは何故だ?」
副騎士団長の名を出した途端、お父様よりもお兄様が過剰に反応した。
身を乗り出す勢いに思わず背を仰け反るが、その表情は怒りと言うよりも気に食わんと言った方が適切に思えた。
(副騎士団長とお兄様って親交あったっけ?というか、顔が違いですお兄様…)
「エリック、メリンダが驚いているわ。」
「おっと、すまないメリンダ。それで、どうして副騎士団長を推薦するのかな?」
「えっと、お会いしたことがあるというのが一番の理由です。保護したのは私ですから、事情聴取もされると思います。その際に、全くお話したことがない方よりも、落ち着いてご説明できると思います。」
「それだけかい?ほかに他意はないかい?」
「はい、それだけですが…」
「本当に?」
「逆に何があるんですか…」
げんなりと問い返すと暫くじぃ~っとこちらを見つめた後、満足したのかにっこりと笑った。
普段は冷静で思慮深い良い兄なのだが、時折起こる不可解な行動の意味は未だに分からない。
しかし、お父様とお母様は止めないからそれほど奇行と言うわけでもないのだろう。
「なら、よし!」
「はぁ…」
「こほん!それでは副騎士団長に報告しておこう。それまでその少年についてだが…「私が、責任を持って、保護いたしますわ!!」…分かった、メリンダに一任しよう。だが、無理はするな。いいな?」
「はい!」
少し強引に割り込んだが、どうかご容赦くださいね、お父様。
読んでいただきありがとうございました!
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