第十一話
「やぁ、メリンダ。」
「ご機嫌麗しく、殿下。」
夢の庵では、アンシュルがにこやかに私を出迎えた。
その佇まいはいつもと変わらない様に見えるのに、なんだか面白そうにこちらを見ている気がしてならない。
全てを知られているかのように。
「あの、殿下…」
「何かな?」
「もしかして、ご存じだったりします?」
「何をかな?」
「……」
あーこれ知ってるな。
仕方ない、下手を打ったのはこちらだし誠意をもって謝罪しようとも決めているのだから無駄なあがきはすまい。
そう腹を決め、姿勢を正すと頭を下げた。
「申し訳ありません。例の少年を保護したのですが、私の不手際故に奴隷であることを隠し通すことは出来そうにありません。」
「報告は受けている、君を責めるつもりはないよ。中身が中身だから忘れがちだけど、君はこの世界に生まれてまだ五年しか経っていないんだ。知らない事があって当然だ。」
素直に謝れば、張り付けた様な笑みは引っ込み苦笑いではあるものの自然な表情を浮かべてくれた。
気さくな物言いで普段はあまり感じないがこの人には王族特有の他者を圧倒するオーラがあるのだ。
中身は同郷のはずなのに、転生先の固有スキルかなにかなのか時折漏れ出るそのオーラに何度たじろいだことか。
素直に言うと揶揄われそうだから何も言っていないが、気づかれているような気がしないでもない。(それでも藪蛇が嫌なので黙っている)
兎に角、唯でさえそのように振舞われると背筋が強制的に伸びるというか緊張するのに、それが謝罪の場となれば冷汗も出るから引っ込めてくれて正直有難い。
というか、やっぱり報告は受けていたのね…凄腕さんあたりからか?
「なのに、一と問えば十と答えてくれる君に甘えてこちらも配慮が欠けていた。それに、この世界には小説の中に描写されていない要素が数多く存在している。」
「!」
「そのうちの一つが、奴隷の紋だ。」
アンシュルの言葉に気づかされた。
クレッセント・ドロップには奴隷商の事など登場しないし、奴隷の紋も、レイのことだって描写されていない。
それを、私は作者の頭の中にあって物語の中には描写する必要のなかった情報と考えていた。
だがその考えが根本的に違うのだ。
転生して最初こそ混乱したけれど、今ではこの世界が今の自分にとっての現実であると認識している。
けれど、どこか物語のみを主軸に考えていた。
それは、心のどこかでそうであってほしいと願う自分が居たからだ。
(だって、そうでないと私がいる世界が本当はクレッセント・ドロップに酷似しているだけの異世界だと言う事になる。)
転生した時点で薄々考えていた可能性、それが私には恐怖だった。
右も左も分からない異世界に訳も分からないまま転生して、前世では縁も所縁もなかった地位やら権力やらに塗れた生活。
その何が怖いかと聞かれても、私には明文化することができない。
でもここがあの大好きだった小説の世界だと知った時、恐怖は和らいだ。
「…やはり、そうでしたか。」
「気づいて、いや、調べたんだんだ。」
「はい。残念ながら回復魔法では消すことはできず、術者に解除させるしか方法はないと書かれていました。でも、クレッセント・ドロップにそんな魔法は登場しなかった…ふふっ、良い感じに何とかなって問題解決!なんてことにはならないってことですね。」
「メリンダ…」
もしかしたら逃げられるかもしれない。
自分がどの役になっていたとしても、本が擦り切れるほど読み込んだ物語ならどこかに抜け道を見つけ出して誰にも気づかれない隅っこで慎ましく暮らせるかもしれない。
そこは物語の切れ端。
メインキャラも、モブすら居ない物語の果て。
心躍る展開は皆無だけれど、同時に身を引き裂かれる悲劇もない凪の世界。
そこならきっと、恐怖のない楽園。
そう思っていたのに、気づけば目の前の人に協力して共に目的を達成しようとしている。
我ながら、真逆の行動をしているというか、矛盾しているというか、チグハグすぎて失笑すら沸かない。
私は、何がしたいのか─
「本当に、配慮が欠けていたな…」
「え?」
「メリンダ、少し話をしようか。アンシュルでもメリンダでもない、唯の日本人の話を。」
*
「俺は、前世ではしがない会社員でな。過労で死んだと言ったが、別に家族の為にとか大義名分があったわけじゃない。ただ逃げていたんだ。」
「逃げていた?」
「早くに両親を亡くした俺は妹と共に施設で育った。高校生までは面倒を見てくれる所で、卒業後は就職して何とか生活していた。そんな時、一年後に凄い奴が入社してきたんだ。俺とは違って仕事は出来るし、自分の意見をはっきり言うし、ちょっと我が強い所がアレだけど社内の誰もが頼りにしていたよ。」
今でも脳裏に蘇る、ちょっと意地っ張りで素直になり切れない所があるのに、懐に入れた奴には優しくてなんだかんだ言いながら助けてくれるアイツ。
俺とは一年違いだったけれど、年齢は同じだと知った時はああ、土台が違うとこうも違うのかと納得した。
でも、少しだけ羨ましかった。
アイツの様に仕事が出来たら、振舞えたら、少しは自分に自信が持てる気がした。
「それからというもの、張り合う様に仕事をした。アイツにとって俺は同じ会社の奴程度の認識だっただろうけどな。」
「殿下が…いえ、貴方が憧れる程の人だったのですね。」
「ああ。いつか、アイツと肩を並べられるぐらいになりたいと思っていた…でも、それは永遠に叶わなかった。」
「まさか…」
「そう、アイツさ持病があったんだ。上司には言ってあったみたいだけど俺達には全く言ってなくて、その日もいつも通り出社して、仕事して、退社して、また明日って言ってそれっきりでさ…葬式にも出たのに、アイツが居ないってことが全く実感がなかったんだ。」
明日出勤したらなんてことない顔してデスクで仕事をしている気がした、何をぼさっとしてるんだと少しだけ刺々しい言葉を投げつけながらも仕事の資料を纏めて置いてくれて、そんで少しだけ不敵に笑うんだ。
どうだと言わんばかりに。
それが悔しい様な、羨ましいような、複雑な感情を持ちながらも負けるかって仕事に打ち込んで、退社が被れば飲みに行ったりして。
明日出勤したらそんな日が始まると、そう思って会社の扉を開けてすぐに現実に打ちのめされる。
「頭では分かってるんだ、このままじゃいけないって。アイツの為にも前を向かなきゃいけないって。でも、そう思えば思うほど頭がこんがらがって気づけば仕事ばかりしていた。他の同僚が心配してくれているのに、その手を振り払って仕事して…前世の俺の方がよっぽどアンシュルっぽいって最近思うんだ。」
もしかしたら小説のアンシュルも何かから逃げたかったのかもしれない。
でも、俺の様に仕事に打ち込むなんてことが出来なくて自分の世界に閉じこもる事で身を守っていたのかもしれない。
そう思ったら、なんだがストンと何かが落ちてきた。
「君は?どんな人生だったんだ?」
「私は…そんな綺麗な社会人ではありませんでした。新卒で入社した会社は希望した部署に入れず、他部署に回されました。まぁ、そこは良いんです、人員数もありますからね。でも、回された部署の仕事は肌に合わず上手くいかない日々に辟易していました。」
どうして上手くいかないんだと自分で自分をなじる日々。
工夫しようと、努力しようと、現状は改善されず周りの目が次第に怖くなっていった。
何故こんなこともできないんだと、何故こうも要領が悪いのだと、そう思われているのではと考えると体が竦んで動けなくなった。
「結局、精神を病んで退社。両親に迷惑をかけながら少しずつ社会復帰しましたが、自分が本当にちゃんとできているのか分からないままでした。」
前よりはできている、前よりは成果が出ている、でもそれは本当なのか。
ずっとずっと、自問自答が終わらない。
社会復帰をして暫くして、自問自答が無意味であることは理解した。
どんなに問いかけたところで答えなんてないし、何より、成果とは、結果とは、自分で判断する物じゃない。
「前に、死因が分からないと言いましたよね?」
「ああ。」
「その時は、記憶の欠落かとも思ったのですが。単純に、私が思いだしたくないからなのかもしれないと思うようになったのです。しっかりすることもできずに死ぬなんて情けなさすぎるって…」
死に安寧を求める資格すらない愚か者が、剰え転生なんて許されるはずがない。
終いには転生先で死の運命を否定しようとしている。
生を望むのであればそれに見合うだけの人物になってみせろ、誰もが認め許す程の生を望まれる人に。
「君は、社会復帰を成し遂げたのだろう?」
「はい、一応…」
「それで得た金は何に使っていたんだ?」
「生活費や趣味の他は、全て迷惑をかけた両親に渡していました。」
「それなら、十分に立派な事だと思うけどね。」
「え?」
「自分で得た金だから、どう使おうと誰にも文句は言えないし言う資格もない。それなのに、君は君じゃない人の為に金を使った。それは誰にでも出来る事じゃない、現に俺はそうできなかった。」
「そんな!貴方は、そうしたくてもできない事情があるじゃないですか!」
「いいや。確かに実の両親は居ないが、妹や俺を育ててくれた施設の人達がいる。その人達だってとてもいい人で、俺が辛い時に親身になってくれた。その他にも、俺と同じか別の事情で施設に来た小さい子供達も居た。そいつらを想うなら稼いだ金を寄付する事だって出来たのに、俺はしなかった。」
「妹さんは?」
「俺と同じで高校を卒業と同時に就職した。俺よりも要領のいい奴で、俺の手なんて必要ないぐらいバリバリ仕事をしていたよ。でも、だらかと言って情がなかったわけじゃない。俺が無理するようになると頻繁に様子を見に来ては叱ってくれた。」
なんて生活をしているんだ!と真剣に怒ってくれているのに、俺は自分の事で精一杯で向き合う事もお礼を言う事もできない。
そんな自分に比べて、目の前の女性は痛みに耐えながら立ち上がって迷いながらも歩みを進めている。
これで立派でないというのであれば俺は何だというのだ。
「君が君を認められないというなら、俺が君を認めよう。君は十分に立派だ。この俺が、協力者として望むほどの人物だと。」
「わたし、が…?」
「勿論。今行ってる奴隷商のことだって元はと言えば君が立案してくれたものだ。俺だけだったら騎士団に丸投げして終わり、地盤固めも何もなく下手したら”闇夜”
を引き起こして国が壊滅、だなんてことにもなっていたかもな。」
「ふっ…それでは、極悪人一歩手前ではありませんか…」
「おお!つまり、君は未来の極悪人を更生した英雄と言う事なるな!凄いじゃないか、英雄なんて誰でもなれるもんじゃないぞ。」
楽しそうに笑っているこの人の思い遣りに気づけない程、鈍感ではない。
この人は精一杯伝えてくれているのだ、私は認められていると、私は立派にやっていると。
その言葉一つ一つに、涙が出そうになる。
本当は誰かに言って欲しかった、たった一言だけでいい、心からの言葉を。
その言葉があれば、どんな所ででも立つことができるから。
「英雄ですか、それは光栄な肩書ですね。」
「そうだとも。英雄に協力者として交渉できるのは王族ぐらいだろ?」
「ええ。それで、高名な王族は英雄に何をお望みなのですか?」
「お!受けてくれるか?」
「見返り次第です。」
お道化た言葉に同じ調子で返せば、ニヤリと笑って手が差し出される。
「君を死の運命から回避させる代わりに、私の望みを叶える手助けをしてほしい。」
「乗ったぁ!!」
パシンッと音が出る程に固く結ばれた掌は、今まで感じたことがない程に暖かく、心強かった。
今なら、例えここが全く知らない異世界だとしても怖くない。
なんだってやってやる、生き残り目の前の人の望みを叶える為に。
誰にも知られることなく、王子と令嬢は相棒となった。
読んでいただきありがとうございました!
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