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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第十三幕『だいじょうぶ』

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二席


 領主の館、その広大な敷地の最果てに、外界から隔絶されたように佇む洋館がありました。

 

 夜の帳が下りる頃、その二階の会議室には、重苦しい沈黙を纏った十四人の有識者たちが集まっていました。円卓には十三の席。それと向かい合う形で、孤立した一人用の椅子が置かれています。議長席。

 

 彼等こそカーネギーの楽壇を支配する【有識者会議】です。

 

「これより臨時の有識者会議を始める。議題は──【クレオパトラの処遇】について」

 

 そこに坐す領主の声は、感情を排した石のように冷たく響きました。

 

 会場の有識者たちの正体を探ることは、この街の暗黙の了解として禁じられています。ですので、報告を始めた歳若な女のローブの下に見え隠れするレガシー弦楽器に見覚えがあったとしても、賢明な者ならば口を噤むでしょう。


 もし皆さまがこの委員の疲労感を隠せぬため息に心当たりがあったとしても、口にチャックを締めていただきたい!

 

「昨日昼過ぎ、単馬車線ストリートの北部にて、クレオパトラ女史が歌を紡がれました。偶然居合わせたタイムズの新聞記者が女史に接触。結果、この記事に至ります……つらい」

 

 円卓に広げられたのは、刷りたてのタイムズ紙でした。一面には、露悪的なほど大きく、リノのイラストが載っています。


 金切声を上げ、顔を歪め、拒絶を露わにした少女の姿。


 あのあと、新聞記者は己の正義感に従って、事件容疑者を追い込むように一方的なインタビューを浴びせかけたのです。



───── ♬ ─────



 ストリートの片隅。

 

 逃げ道を塞がれたリノは、手首を掴む記者の指の硬さに、呼吸の仕方を忘れてしまいました。

 

「今の歌は何だ。舞台でもこれを歌ったのか。ネコ条例を知っているか」

 

 記者の声は低く、乾いていました。

 

 それは純粋な問いではなく、確定した罪状への自白を迫る検事の響きでした。


「自覚がないのか。お前は人の気持ちを操作している。都合よく、誰かを塗り替えているんだ。……マンモス様のことだってそうだ。彼は猫嫌いだったんだ。怯えていたと言っていい。私は昔そのトラウマを記事にしている」

 

 リノは震える唇を動かそうとしました。けれど、恐怖という澱が喉に詰まって音になりません。記者の瞳に宿っているのは、社会の安寧を守るという確信に満ちた、暴力的なまでの正義感でした。

 

 記者の目は、一切揺れていませんでした。


 先ほどまで街を包んでいたあの温もりを、まるで最初から存在しなかったもののように、切り捨てていました。

 

「だが、先日彼は子猫を膝に抱いて息子だと愛でていたよ。あなたのせいだ。あなたが変えたんだ。何を泣いている? 今まで自覚がなかったのか? あなたが、マンモス様をマンモス様じゃなくしたんだ」

 

 リノの視界が、涙で滲みました。

 

 違う。お爺ちゃんは笑っていた。優しかった。それは悪いことじゃない!幸せになるのは、いけないことじゃない!

 

「■■■■■、■■■!」


 リノの絶叫!

 

 ですが言葉になりません。不快な金属音がストリートに響き渡る!

 

「泣いたら許されると思っているのか! 赤子でも包丁で人を刺したら罰を受ける。それが王国法だ。お前の罪はいかほどだ? 何人変えた? 何人曲げた? その罪にふさわしい罰とはなんだ!? 答えろ、魔女め!」

 

 怖い。

 

 その思いが、リノの本能を刺激し、歌が零れます。


 ♪―― !!


 怖い。怖い。助けて!

 

 ああ、それが最後のトリガー! ストリート中に響き渡る恐怖感の大合唱!

 

 泡をふく市民!

 膝をつく市民!

 あてどなく逃げ出す市民!

 失禁する市民!

 

 パニックが伝播する!


 記者は湧きあがった恐怖を持ち前の社会的正義で跳ね除けて、リノを指弾する!


「また罪を重ねたな! この惨状、一体どうやって始末をつける気だ! 答えろ奇跡の歌姫! 答えろクレオパトラ!!」

 

 リノは、もはや自分の声が何を破壊しているのかすら理解できませんでした。

 

 怖い、怖い、怖い!



───── ♬ ─────



「──以上が、顛末です」

 

 報告を終えた女性が、三弦を叩くこともなく静かに報告を終えました。

 有識者会議の空気は、たっぷり水分を含んだ砂のような重さを湛えています。

 

「軽傷者までしか出なかったのが幸いだったな」


「ただ後遺症の類は要経過観察だと医師は申しております。突然言い知れぬ不安や恐怖心が原因なしに湧きあがるという症例も出てきておるようです」


 老練な有識者の一人が口を開きました。


「だいぶ恣意的な記事になっておるようじゃな。記者が追い詰めねばこんな暴発はしなかったんじゃないのか? のう? あんたに言っとるのじゃぞ?」


 小ぢんまりとした年寄りが、ロマンスグレーのパイプ男に糾弾しぐさ。


「有識者会議で表の稼業について糾弾するのはご法度ではないですかな? とは言えこの記事は一部正義感を暴発させた記者どもの暴発であるらしい。タイムズ経営陣も綱紀を粛正すると思われるね。被害者の一部にはお見舞い金の拠出も検討中だとか」


「まあ、あの歳の少女がただ怯えただけですからねぇ…… これを罰するのは大人としてあまりに無体じゃありませんか」


 会場にはわずかに同情的なムードが漂います。


 ですが、彼等は大人です。


 街に責任を持つ。音楽に責任を持つ。いかに責任を果たすのか。


 それが有識者会議の目的であり意義なのですから――

 

「しかし、放置はできますまい」


 当然、こうなります。


「彼女の歌は、人の精神を根本から作り変える。今回は恐怖だったが、それが悪意であればどうなる。あるいは、国王陛下への忠誠を塗り替えるような真似をすれば? 彼女は存在するだけで、王国の秩序と安寧を根底から揺るがす爆弾なのだ」

 

「だが、彼女の音楽は凄い。いや凄いの言葉では言い尽くせぬ表現力がある。あれを日の目の当たらぬところに閉じ込めてしまうのは音楽的損失だ」

 

「いや制御できぬ楽器など楽器にあらず。ここは人知れず……」

 

 議論は、リノを一人の少女としてではなく、一個の現象として、あるいは楽器と見做してして展開していきます。

 

「クレオパトラには首輪がついていたんじゃないのか?」

 

「ドリーという養祖母がいます」

 

「ああ、前の問題の時に自分が面倒を見ると啖呵を切っていた老女だったか。結局面倒を見切れなかったじゃないか。まあ、あれだけの脅威を市井に野放しにするのは無理があったということだろう」

 

 大人たちの論理が、リノを奏鳴荘から引き剥がすための外堀を埋めていきます。

 

「わたしは反対ですね。リノちゃんの本質は……」

 

 会議は回ります。

 

 その結論はどう転んでも、リノの「だいじょうぶ」な日常を、跡形もなく粉砕することになるのは間違いありません。



───── ♬ ─────



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