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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第十一幕「俺で塗れ!」

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33/58

四席


 時は少しだけ進み、ポメロにとっての記念すべきデビューライブの日が訪れました。

  

 演奏順は四番目。舞台袖の暗がりに身を潜めながら、ポメロは狂乱の期待を汚い言葉で喚きたてるオーディエンス達を、冷めた目で見つめています。


 脳裏に浮かぶのは、新曲『俺で塗れ!』を書き上げ、メルダックに告げたあの日の光景です。

 

 完成したスコアを見るや否や、メルダックの瞳には常軌を逸した光が宿りました。彼女はポメロの肩を掴み、喉を鳴らして迫ってきました。

 

「アータ、今すぐベッドへ行くわよ!」


「ぴぇえ」


「じゃあもうトイレでいいわよ! そこですませちゃいましょう!」


「助けてデッカ先輩!」


 そんなやり取りさえ上の空に思えるほど、彼女はこの新曲に心酔しました。この感動と興奮を、今すぐ【愛すべきバカ共】と共有したい。その衝動に突き動かされたメルダックは、ポメロの初舞台を強引に前倒ししたのです。


 提示されたセットリストは、以下の通りでした。


 1.『俺で塗れ!』

 2.『ムカつくあいつの歌』

 3.『恋とか恋とかそんなのばっか』

 4.『ヤコウ引水フロンティア』

 5.『ヤダ!』


 一曲目に『俺で塗れ!』を置いたのは、すべてを切り開く鮮烈なスタートを飾るため。そして最後に『ヤダ!』を据えたのは、それを聴いたオーディエンスが、しばらく放心して動けなくなることを見越したメルダックの計算でした。


 ──ポメロの意識が、騒がしい現在へと引き戻されます。

 

 ステージでは、前の演者たちが十三番舞台の流儀をこれでもかと叩きつけていました。

 中世パンクバンドが楽器を破壊せんばかりに掻き鳴らし、「壊せ! すべてを壊せ!」と唾を飛ばして叫んでいました。


 自称【†最強†】のヒップホッパーは、観客を指差し、「俺の靴を舐めろ」と傲慢な韻を刻みました。


 髪を振り乱した女性シンガーは、自身の満ちる月による苛立ちを、空間を切り刻むような絶叫に変えて吐き出していました。


 圧倒される観客。熱狂し、沸騰するフロア。


 私にはまったく理解できない世界です。

 

 けれど、それを見つめるポメロの心は、時間が経つにつれて急速に冷えていきました。


 もはや、冷え冷えと言ってもいい状態です。


「落ち着いてるのね」


「ですです」


 激励に来たメルダックに、ポメロは小さく頷きを返します。


「大物ね」


「ですかね」

 

 視界の先では、期待に狂った客たちが殴り合いを始め、上半身を露出し、あろうことか自らの胸をナイフで刺している奴までいました。極限の興奮状態における自傷行為。


(……いやだな)


 ポメロの胸に、拭い去れない嫌悪感が込み上げます。


(これをさらに駆り立てるのか? 破壊に? 狂乱に? そんなの、僕がやりたいことじゃない)


「さあ、度肝を抜いてやりましょう」


 プレゼンターとして中央に躍り出た彼女の声が、拡声器を通して地下の深淵に響き渡ります。


 オーディエンスたちがメルダックを見て、さらに興奮を高めます。


 『彼女が前説をする新人にハズレは無い』


 誰もが経験からそう信じているのです。


「聞いているでしょう? アーシが若いツバメを飼ってるって噂。童子趣味に目覚めたとか。……そうよ、目覚めたわ! だってアーシをこんなに感じさせてくれるオスなんて、他にいないもの!」

 

 地鳴りのような卑猥な喝采が上がる。


「このカレったらひどいの。ギターに夢中でアーシを放置プレイ! でも朗報よ、その放置の間に、カレったら飛びっきりのを書き上げたの。……トぶわよ。さあ羽ばたけアーシのツバメ! 【熱情の魔物】! あどけない顔をした秩序の破壊者! アータの野心を見せてやれ!」


 期待感MAXのオーディエンスに、満を持してその名を放つ!


「――――――ポメロ!!!」


 「「「「うおおおおおおお!!!」」」」


 その絶叫を背に受け、ポメロは眩いスポットライトの中へと歩を進めました。


 伝説となる三分間が始まります。



───── ♬ ─────



「もっとだ! もっと狂わせてくれ!」


「私の絶望を、あんたの音で喰らってくれ!」


 眼前に広がる光景は、地獄の釜の底のようでした。観客の目は血走り、振り上げられた無数の腕は、まるで救いを求めるように空を掻いています。


 彼らが求めているのは、耳の肥えた市民が嗜む芸術などではありません。内臓を直接掴んで振り回し、己の欠落を埋めてくれるような、強烈な暴力としての刺激だけなのです。


 メルダックが温めた期待への回答。

 

 それをこの十三番舞台に援用するならば。この亡者たちのニーズに応えるならば。やるべきことは決まっている。その狂乱に油を注ぎ、さらに激しく、さらに暴力的に煽り立てること──。


 ポメロはギターのネックを、折れんばかりの力で握りしめます。


(やればできる。メルダックさんに認めてもらった、あの『俺で塗れ!』を、もっと汚く、もっと叫ぶようにぶつければいい。そうすれば、この会場は沸騰する。爆発する。僕は……『十三番』のスターになれる……!)


 けれど。

 

(……気に入らない)


 心の底から突き上げてくるのは、猛烈な拒絶反応でした。


 この狂騒。

 この醜悪。

 こんな連中に評価されたくない。

 こんな奴らに祭り上げられたくない。


 大体、ここでこいつらの望む音楽をぶつけることは、僕が奴らを染めるんじゃなくて、奴らに僕が染められるということじゃないか。

 

 汚いバケツに入っている原色のペンキを四方八方からぶっかけられて、僕という色を塗り潰されるのと同じことじゃないか。


 その時ポメロの脳裏に、三番舞台での驚愕がよみがえります。リノ。


 彼女はいつだって自由です。セットリストなんて無視して、『ねこねここねこ』を歌い出したあの日。それをちっとも悪いことだと思わずに、ただ自分の気持ちに従って、世界を自分の色で満たしていました。


 【主客一体】──無自覚な先駆者は既にいた!


(……やってみるか。やってやらあ!)


 ポメロの中で、何かが音を立てて外れました。

 

(お前たちの狂騒なんて、ちっとも怖くないんだぞ。裏切ってやる。その期待を、その飢えを、根こそぎ奪い取って、僕の色に染め上げてやる!)


「ちょっとぉ」


 ポメロがマイクに向かって放った声は、あまりに場違いで、気の抜けたものでした。

 

 会場中が、冷水を浴びせられたように静まり返ります。

 

 困惑の波が広がり、袖で見守るメルダックも、応援に来ていたデッカすらも、目を見開いて固まってしまいました。


「きみたち怖いよ。目が血走っててさ。歯を剥き出しにしてさ。……もうちょっと落ち着きを持った方がいいよ、絶対」


 ポメロの言葉に、客席から「あ?」という低い地鳴りのような声が漏れます。


「人間、余裕がないと何をしちゃうかわからない生き物ですよね。十五歳の小僧が言うセリフじゃ無いんだけど。……生意気でゴメンね。でも逆に言えば、十五歳の小僧程度が気付けちゃうくらい、君たちは尋常じゃないんだよ。だからね」


 ポメロは不敵な笑みを浮かべ、ギターを構え直した。


「そんなあなた達のために、心を込めて歌います」



 『ここらで一杯、茶が欲しい。』




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