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トルバドーれ!  作者: 袴田八峰
第四十幕『まことの奇祭のものがたり』

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123/129

二席

 『楽曲制作者として、直々に挨拶を』

 

 【六歌仙】のモトロード自ら足を運んだうえでの依頼。

 

 その最恵待遇に、ポメロは喜ぶより先に驚きました。

 

 ポメロの下宿たる、山の手の際、奏鳴荘。

 

 今やポメロの知名度は街の上澄みにまで達し、その旋律は流行の最先端として、貴族から平民までを虜にしていました。

 

 ですが、伝統派の最高幹部である六歌仙が、わざわざ自らの足を運んで「成り上がりの野蛮人」を訪ねるなど、天地が覆るほどの異例です。

 

 モトロードは「垂直の美学」を体現したような立ち姿で、ポメロを見下ろしていました。

 

 その眼差しは鋭く、伝統という重圧をそのまま形にしたような威圧感を放っています。

 

 ですが、その瞳の奥底で、何かが激しく悶えていることにポメロは気づきません。

 

「伝統派の凄い人がわざわざ来てくれるなんて! 僕の音楽の楽しさを、みんなに分かってもらえるチャンスですね!」

 

 素直な喜びを爆発させるポメロに対し、モトロードは短く、事務的な肯定を返すのが精一杯でした。

 

 街の人気者となり、もはや無視できない存在となったポメロを、伝統派が公式に認めたかのようなこの状況。

 

 ポメロはただただありがたいことだと感激し、疑うことを知りませんでした。

 

 モトロードが去った後、物陰から現れたエピタフが、切迫した表情でポメロの肩を掴みました。

 

「断れ。いいか、今すぐ断るんだ」

 

「えっ、どうして? モトロードさんは、こんなところまでわざわざ来てくれたんだよ?」

 

「どう考えても罠だ。師匠のお人柄の良さは知っているが、その思想の隅々までが伝統派の歴史に支配されていることも知っている。あの人たちが、お前のような不純物のために動く理由がない」

 

 それを聞いてなおきょとんとしているポメロに向けて、エピタフは言葉を続けます。

 

「お前が有名になりすぎたからこそ、彼らは公衆の面前でお前を【公式に】叩き潰す──恥をかかせる必要があるんだ。覚えているか? 僕の九番舞台での初舞台を。伝統派の扇が閉じられるとき、それは沈黙ではなく、断罪の合図なんだぞ」

 

 エピタフの警告は、実感を伴った重みを持っていました。

 

 彼はデビュー演奏に相応しからぬ高難易度の楽曲を弾くという選択をした為に、伝統派から「おきばりんぼ」というレッテルを張られ、初演を失敗に導くべく、注意事項を書き散らした大事なスコアを隠すというイジワルしぐさに基づく妨害を受けたのですから。

 

 それを思い出したポメロも、またエピタフに向き合いました。

 

「でも、モトロードさんはちゃんと僕の目を見て話してくれたよ。それに、僕の曲を聴いてくれる人たちに、直接ありがとうって言いたいんだ。エピタフが心配してくれるのは嬉しいけど、僕は逃げたくない」

 

「お前……この僕が折角啓蒙してやったというのに、このアホ犬め……!」

 

 エピタフは天を仰ぎ、激しく頭をかきむしりました。

 

 ポメロの楽観は、ある種の強さでもあります。

 

 しかし、今回ばかりはその強さが、彼を逃げ場のない処刑台へと誘っているようにしかエピタフには見えませんでした。

 

 

───── ♬ ─────

 

 

 一方、自室に戻ったモトロードは、震える手で一杯の水すら飲み干せずにいました。

 

 彼は伝統派の重鎮(の使い走り)として、ポメロを舞台という名の檻に誘い込みました。

 

 それは派閥の長老たちから下された、絶対的な命令です。

 

 背ければ自分だけでなく、愛弟子であるエピタフの将来すら奪われるという、逃げ場のない脅迫の結果でした。

 

「……ほどよくだ。ほどよく、立ち振る舞わねば」

 

 独りごちる声は、ひどく掠れていました。

 

 伝統の今を守るために、新旧和合という伝統の未来の芽を摘みます。

 

 革新の波が伝統を無視し続けて四十年。


 初めて訪れた素敵な和合の可能性。


 その矛盾が、モトロードの強靭な精神を内側から磨り潰していきます。

 

 彼は鏡に映る己の、徒弟制度に縛られた「看板」としての顔を、ただ虚無的に見つめ返すことしかできませんでした。

 

 

──── ♬ ────

 

 

 伝統派の深奥、光さえも規律に従って差し込むような静謐な広間。

 

 そこには、時代そのものを凍結させたような長老たちが、等間隔の配置フォーメーションで鎮座していました。

 

 中心に立たされたモトロードは、自らの呼吸が乱れぬよう、母指球筋を強く握りしめていました。

 

「……計画は、以上です。本番当日、登壇直前のポメロを特定の控室へと誘導し、外から施錠。祝賀の音色が最高潮に達する中、楽曲の主役が「敵前逃亡」したという醜態を、街の上澄みたる来賓たちの前で晒させます」

 

 モトロードの声は、自らの魂を削り出すような響きを帯びていました。

 

 しかし、長老の一人は、三段階で開いた扇の隙間から冷酷な視線を投げかけました。

 

「甘いですな、我が弟子モトロード。ただ閉じ込めるだけでは足りませぬ。窓には板を打ち付け、内側からの叫びさえも「無音の正解」として処理せねばなりません。徹底的に、あの不純物を絶望の底で消耗させてこそですよ」

 

 あまりに陰湿な細部の追加に、モトロードは「垂直の静止」を崩し、震える声で具申しました。

 

「我が師匠……。しかし、そこまでせずとも、公衆の前で恥をかかせれば、彼の名声は地に落ちましょう。これ以上の仕打ちを重ねるのは、伝統派の矜持に……」

 

「そこまでせずとも、と申されるとな?」

 

 別の長老が、氷のような失笑を漏らしました。

 

「貴様は誰のおかげで六歌仙になれたと思っている! お前のような若造が重鎮の末席に座れているのは、我ら長老派がその規律を保証しているからだ。お前など、いつでも下ろせるのだぞ」

 

 完全なる徒弟制度。

 

 その頂点に君臨する老人たちにとって、モトロードは代替可能な機能に過ぎませんでした。

 

 モトロードは沈黙しました。巨大な筋肉が、屈辱に震えています。

 

「まだ不服か。ならば、追い打ちが必要だな。……ああ、エピタフという弟子も、もちろん道連れにしてやるぞ」

 

 モトロードの目が見開かれました。

 

 隠しているつもりでした。

 

 証拠は全て握りつぶしたはずです。

 

 しかし長老たちは、エピタフが伝統から逸脱し始めていることを見抜いていました。

 

 それを盾に、モトロードの急所を正確に突き刺したのです。

 

「あやつが最近奏でている色づいた音……。あれが伝統への反逆と見なされれば、師であるお前の責任は免れまい。どうだ、モトロード。弟子の指を、我らの手で折らせたいか?」

 

 モトロードは言葉を失い、喉を激しく上下させました。

 

 弟子の未来を、そして彼が守りたかった伝統の洗練の可能性を人質に取られ、彼はついに絶望と共に、ポメロを罠に嵌める役割を引き受ける決意を固めました。

 

 洗練の為に和合を売ったのです。

 

「承知、いたしました。全ては、伝統の正解のために」

 

 その言葉は、誰にも聞こえないほどの微かな掠れ声でした。

 

 ポケットに忍ばせた高級菌糸を模した飴を指先で握りしめながら退室するモトロードの背中は、いつになく小さく、そして岩のように強張っていました。

 

 

──── ♬ ────

 

 

 祝祭の日は、残酷なまでの快晴でした。

 

 九番舞台の周辺は、王国賛歌の凱旋をひと目見ようとする群衆で溢れ、着飾った有力者たちが次々と正面玄関に吸い込まれていきます。

 

 ポメロの名声は今や最高潮にあり、誰もがその若き天才の登壇を待ちわびていました。

 

 ですが、当のポメロは、窓に厚い板が打ち付けられた「開かずの控室」に立ち尽くしていました。

 

 扉のノブを何度回しても、外側から厳重に施錠されたそれは、冷たい金属音を返すのみでした。

 

 ポメロは何度も叫び、扉を叩きましたが、その声は伝統派が仕掛けた「消音の壁」に阻まれ、華やかな喧騒にかき消されていきます。

 

 暗い部屋の隅に座り込み、ポメロは自らの膝を抱えました。

 

(エピタフの言っていたことは本当だったんだ)

 

 伝統派にとって、自分はやはり歓迎されない不純物でしかなかったのです。

 

 外からは、自身の書いた楽曲が、伝統派流の洗練という名の骨抜きにされた状態で響いてきます。

 

 主役不在のまま進む、完璧な祝祭。

 

 そのとき、暗闇の中で何かが蠢きました。

 

 ポメロが息を呑んで振り返ると、そこにはいつの間に入り込んでいたのか、月明かりさえも届かない部屋の隅で「屹立」する巨大な影がありました。

 

 影がゆっくりと一歩を踏み出します。

 

 それは、全身を白タイツに包み、馴染んだ鼻眼鏡に天狗のお面を横被った、異形の存在でした。

 

 タイツ越しにも分かるその肉体は、伝統派の音楽家とは一線を画す、爆発せんばかりの筋骨隆々な威容を誇っています。

 

「おゲフィンですんましぇ~~ん!!」

 

 男は、伝統派のあらゆる美学を蹂躙するような、グニャリとした不気味な深い礼を繰り出しました。

 

 あまりの光景に、ポメロの思考は一時停止しました。

 

 しかし、絶望の淵で出会ったこの場には最もふさわしくない下劣とカオスの化身との再会に、ポメロの魂は大きく震えました!

 

「ゲフィンおぢさん!」

 

 

──── ♬ ────




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