一席
■本作品をお読みになる前に、よろしければご一読を。
●カーネギーの歩き方(本文読み方ガイド)
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3605243/
【トルバドール】。
吟遊詩人とか訳されがちですけど、こちらでの扱いは、そちらでいうところのSSWとかソロアーティストに近いものですね。自ら作詞作曲した楽曲を、自ら歌唱演奏して、お金を貰う商売なわけです。
四半世紀ほど前までは、諸国を遊歴して腕を磨き、文化の伝播などにも貢献していた職業でした。
ですが昨今、こうした固定拠点を持たないトルバドールは、バガボンド型とかクラシックスタイルとか呼ばれてます。主流は、大型都市に留まって活動するアーバンスタイルとなってます。
彼等の活動拠点として最たる都市は【カーネギー】!
大陸中に認められる音楽の都!
「全ての音楽はカーネギーに通ず」という故事に由来して、大陸各地からカーネギーへと至る街道は、すべて【スコア街道】と名付けられているのです。その偉大さも、わかろうというものでしょう。
歌は文化。
文化は力。
さて、そんなスコア街道。
未開の山林をがっつり抱え込んだ林業都市エルプフィルとカーネギーを結ぶ、通称エルプ=スコア。
カーネギーまでまだ暫くかかりそうな地点を、一台の馬車がぽっくりぽっくり、のんびりと北上しておりました。
その幌の中からは、アコースティックギターの音色……
どうやら若きニューチャレンジャーがいるみたいですね。ちょっと様子を覗いてみましょうか。
───── ♬ ─────
「ふふん、さあ聴いてちょうだいお客さん! 歴史に残る大トルバドールが産み落とした、記念すべきデビュー曲のお披露目だ!」
ああ……もう。のっけからそれですか。何調子にのってくれてるんですか。すごくお調子者じゃないですか。もうもうもう!
「わー!わー!わー!」
「聞かせて聞かせて!」
無垢なお子様たち。あなた方がそうやってイイ反応しちゃうから、ワナビー君が調子に乗っちゃうんですよ?
「タイトルは、『おのぼりさん、北へ』!」
彼が膝の上に抱え直したのは、一挺のギター。ところどころの塗装が剥げ、ボディには幾多の傷が刻まれた、ボロい楽器です。
このギターは、少年が十歳の折、村をふらりと訪れた遊歴のトルバドールから譲り受けたものでした。
がけ崩れで足止めを食らったその男と過ごした、二週間ほどの奇妙な交流。それが、カーネギーでのアーバン型トルバドールを目指す、この少年の原点です。
少年は男の名前をもう忘れてしまいました。ですが、初めて本物の演奏を間近で聴いた時、胸の奥底から湧き上がった狂おしいまでの熱情だけは、今も鮮明に覚えています。
その熱は、今でも彼の胸の中で渦巻き、少年を前へ、前へと急き立てているのでした。
ですが、少年は未だ気づいていません。
いずれ気づくことにはなるのですけど。
かの男が、華やかなカーネギーから都落ちし、人知れず故郷へ帰る途中の敗残兵であったことを。
しかも男が、少年にギターの手ほどきを授けたのは、決して少年の才能を愛でたからではありません。
もはや重荷でしかなくなった夢の残滓を、見知らぬ土地の子供に押し付け、捨てていったに過ぎなかったのです。
村人たちも、そんな男の事情など気にも留めませんでした。ただ、一人の少年が呪いのような情熱を引き継いでしまったことだけが、厳然たる事実として残ったのです。
少年が元来持つ能天気さと鈍感力が、重いルーツをほどよく中和しているので、今はこんなんですけどね。
♪――田舎は僕には狭すぎる、コケコッコなんて聞き飽きた。
少年の指先が弦に触れた瞬間、呪いのギターは活気ある音色を放ち始めました。
奏でられるのは、軽快な三拍子のカントリーフォーク。
♪――きらきら輝くステージが、世界のどこかで待ってるはずさ。
それは、着飾った貴婦人たちが大理石の床の上で優雅に回るような、気取った宮廷音楽ではありません。
土の匂いがし、麦の香りが漂う農村の収穫祭で、村人たちが手を取り合って笑い転げるような、素朴で飾らない調べ。
それでいて、聴く者の心臓の鼓動を強引に早めてしまうような、原始的な活力に満ちていました。
♪――行かなきゃ、そこへ。今すぐに!
時折、少年の手がボディを叩き、鋭いスラップ音をパーカッションのように割り込ませます。そのリズムに合わせて、彼は勇ましくもどこかおどけた様子で歌を紡ぎます。
♪――困った街は遠すぎる。お日様お空のてっぺんだ。
「ああ、なんてこった!」
劇的な絶望を装い、少年は歌の途中でピタリと演奏を止めました。いわゆるブレイクです。
彼は困り果てたような、滑稽なまでの泣きべそ顔をして、自慢のエビのような髪の付け根をポリポリと掻いてみせました。
♪――母さん特製お弁当、持ってくるのを忘れてる!
コミックソングだった!?
「あわてんぼさんだ!」
「おかーさん怒っちゃう!」
この演出に、子供たちは腹を抱えて大喜び。
しかし、この急停止は予想外の影響を及ぼしました。馬車馬が、少年の劇的演出に伴う大声に苛立ち、不快なお気持ちを嘶きで表明したのです。
「わわわっ!?」
「おい、中のお調子者! 馬を驚かせるんじゃねえ!」
御者席から、慌てふためいた行商おじさんの怒声が飛んできます。少年は舌をペロリと出し、幌の隙間からひょいと顔を出しました。
「おじさんごめーん! 曲の出来が良すぎて、馬たちまで感動しちゃったみたいだ!」
そう言ってアハッ、と笑います。屈託なく。
馬車が向かう先は、遥か北。
夢を追う者たちが最後に辿り着く場所。
あるいは野望に燃える若者を飲み干す巨大な坩堝。
――音楽の都、カーネギー。
そこは、二十四時間絶えることなく何処からか音楽が聞こえ、富と名声が石畳の隙間に転がっていると謳われる街。成功すれば王侯貴族をも跪かせ、失敗すれば路端の石ころとして忘却の彼方。
少年の名は、ポメロ。
サクセスを夢見る、などという生温い段階ではありません。
自分は必ずや歴史に名を残すと、露ほどの疑いもなく信じ込んでいる、恐るべき無計画なワナビー少年。
ああ、なんという無謀!
身の程を知らぬとはこのことですが、そのあまりの無知な輝きに、破滅の予感がしてハラハラと胸が騒いでしまいます。
そんな彼の無謀な自信の根拠は、ひとえに故郷での人気にありました。
そりゃあ、娯楽の少ない田舎です。片田舎じゃなくてド田舎です。
ちょっとでも面白いことを見せたり、珍しい旋律をかき鳴らしたりすれば、たちまちのうちに村一番の人気者になってしまうのは仕方のないこと。
そもそも、ギターを持っているのは村でポメロただ一人。ええ、そりゃあ村祭りでは引っ張りだこだったでしょうよ。
さらに、彼が村を出発する時には、村人全員が総出で旗を振って見送ってくれたのです。ああ、あったけぇ……
もっとも、その自信満々な足取りの第一歩は、この行商人のおっちゃんの馬車に「歌を聴かせるから」という条件でタダ乗りさせてもらうという、ちゃっかりしたものでしたがね。
これほどまでに愛され、称えられれば、己を天才と勘違いして図に乗ってしまうのもしかたないですね。かわいそう。
井戸の中の蛙は、自分が大海を飲み干せる巨大な怪物だと、本気で思い込んでいるのですね。ほんとうにかわいそう。
きっと、いえ、間違いなく。
彼はすぐに身の程を知ることとなるでしょう。
挫折の苦い味をかみしめることになるでしょう。
現実に立ち塞がる壁を見て、足をすくませてしまうことになるでしょう。
ですがみなさん、心配しないで。
まだ座布団を投げないで。
お願い、席を立たないで。
悪いばかりの話じゃないんです。
だって、やがてこのポメロ少年は。
「熱情の魔物」
「魂のカッティング技師」
「ジャンル横断者」
などと評されて。
果てには―――「革新の冠を抱く男」。
カーネギー第二の生誕祭と呼ばれる偉業を成し遂げる、
大トルバドールとなるのですから。
本当に、歴史に名が残っちゃうんですから。




