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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 三章

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第159話

 どこか嬉しそうな顔をする礼衣(れい)と、いつものむっつりクール顔を崩さない凪。

 やはりというべきか、凪は同年代の親戚が相手でも、持ち前の対人弱者っぷりを遺憾無く発揮していた。


「一年ぶりくらいかしら?」


「昨年の観桜会以来だよ。大凡(おおよそ)一年半だね」


 一年半。

 つまり凪は昨年の秋麗祭に訪れた際も、礼衣(れい)とは顔を合わせていないということになる。他でもない礼衣(れい)に招待されたのに、だ。もちろんこれが礼を欠いた行動だということは凪も理解していた。しかし考えてもみて欲しい。人見知り日本代表とでも呼ぶべき彼女が他校の、それも上級生の教室へなど行けるだろうか。否、行けるはずがない。結局当時の凪は『一応、ちゃんと来たのだからいいでしょう』として、軽く校内を一周してそのまま帰ってしまったのだ。

 

 そしてそれは入学してからも変わらない。

 そもそも凪は無意味な事や、迂遠な事を嫌うタイプだ。そういった()()()があるわけでもなし、理由もなく、ただ挨拶のためだけに親戚のもとを訪ねたりはしない。


 逆も然り。

 礼衣(れい)は生徒会長であり、校内では知らぬ者など居ないご令嬢である。またファンも多く、お姉様などと呼び慕う者も少なくない。そんな彼女が下級生(なぎ)のもとを訪れようものならば、それはもう大いに目立つことであろう。だが凪がそうした悪目立ちを嫌っていることを、礼衣(れい)は知っているのだ。故に礼衣(れい)の方からもコンタクトを取ることはしなかった。そうしてこの一年半という空白の期間が作られた、というわけだ。元より空白の期間などと言う程、仲良しこよしという間柄でもないのだが。

 

「それで、わざわざ放送まで使って一体何の用かしら。まさか久しぶりに顔を見たくなった、なんて年寄りみたいな理由じゃないでしょう?」


「ふふっ、相変わらずだね。これで機嫌が悪いわけじゃないんだからタチが悪い」


「ただの事務的な会話じゃない。どこにでもある普通の会話だわ」


「あっはっは。普通の人は会話を『事務』とは言わないよ」


 そう言われ、むすっとした顔で口を尖らせる凪。

 流石は風音の姪というべきか、凪にとっては少々やりづらい相手であるらしい。


「…………用件は? 私だって暇じゃないのだけれど」


「ふふふ。そうだね、すまない。久しぶりに会えて、つい楽しくなってしまったよ」


 ちなみにだが、別に凪は機嫌が悪いわけではない。

 会えて嬉しいとまでは思っていないが、さりとてこの親戚の少女を殊更避けているわけでもない。この相手を突き放すような言い草は凪の悪癖、織羽(おりは)と出会うまでずっと患っていた病の、その残滓である。幾分丸くなったとはいえ、長年染み付いた悪癖はそう簡単に抜けたりはしないのだ。


「凪さんを呼び出したのは――――ああ、わざわざ呼びつけて申し訳なかったね。でもまぁ、私が教室に来るよりはマシだろう?」


「そこは感謝しているわ。それで?」


「おっとすまない。話が脱線するのは私の悪癖だね。呼び出した理由は『秋麗祭』についてだ。凪さんに頼みたいことがあるんだよ」


 なおこの時、織羽(おりは)はメイドらしく後ろで黙っていたのだが――――。


(会話を楽しみたい陽キャと、早く帰りたい陰キャみたいだなぁ)

 

 などと不遜な事はしっかりと考えていた。

 他人を寄せ付けない凪、話が回りくどい礼衣(れい)、腹黒く毒舌系な織羽(おりは)

 現在この生徒会室には、まともな人間など一人も居なかった。

 

 ともあれ、漸く話は進み出す。

 

「知っての通り、秋麗祭は本学園のメインイベントのひとつだ。父兄はもちろんのこと、来年ウチを受験する子達も大勢やってくる」


「そうね。特待枠を希望する受験生も招待されるし、そういう意味ではおかしなところを見せらないイベントよ」


「まさにそこなんだよ」


 そう、秋麗祭はある意味オープンキャンパス的な側面も持っている。実際、この秋麗祭を見て進学を決める者も多いのだ。

 そして凪の言ったその部分こそが、今回呼び出された理由であるらしい。


「この学園には『迷宮情報科』という比較的新設の学科が存在するよね。そう、凪さんが在籍している学科だ」


「ええ。一般の学園ではそれなりに増えてきた学科だけれど、()()()()()()()()には珍しい学科だわ。人気もないし」


 凪やシエラが在籍している『迷宮情報科』という学科は、言うまでもなくダンジョンに関わる知識を学ぶ学科である。探索者になりたい者や、或いは将来ダンジョン産業に関わるつもりの者にとっては、非常に重要な知識を得ることが出来る。とはいえその性質上、どちらかと言えば()()()()の学科であると言えるだろう。


 だがこの学園に通う令嬢達は使()()()の者が多い。

 故に全体でみれば、迷宮情報科の生徒数は非常に少なかったりする。クラスで言えばわずかに二クラスしか存在しないのだ。


 もちろん、ダンジョンについて学ぶことは経営側にとっても非常に重要なことだ。この九奈白市で生きていくつもりであれば尚更に。だからこそ凪も在籍しているわけで、彼女に言わせれば『絶対に入れておくべき知識』である。しかし残念ながら、現時点でそこまでしっかりと考えられている令嬢は少ない。故に凪は、迷宮情報科に在籍している令嬢達を『分かっている子達』と言う風に認識している。


「そうなんだよ。重要度が高い学科なのに、悲しいかな人気がない。まぁウチの生徒層を考えれば致し方ないことではあるんだけど…………でも、これからはもっと迷宮情報科の生徒を増やしたい。いや、増やさなければならないと私は考えているよ」


「その意見には概ね同意するけれど――――それって生徒会長(あなた)が考えるようなことかしら?」


「ふふ、確かに。でも、これでも生徒会長なんだ。学園がより良くなるようにと考えるのは、そうおかしなことでもないだろう? その責任があるとも思っているよ」


 そう言って自嘲気味に笑う礼衣(れい)

 凪の言う通り、いち生徒が考えるべき内容ではない。しかし名家の娘であるが故か、責任感は人一倍強いらしい。こうした部分こそが人気者たる所以なのだが、彼女にとってこれはごくごく当たり前のことでしかない。


「なんてね。実はこれは私が勝手に言っているわけじゃなく、学園側の望みでもあるんだよ。要するに相談されたわけさ、『何かいい方法はないか』ってね」


「成程、呼ばれた理由が大凡分かったわ」


 腕を組み、得心がいったという表情を見せる凪。

 学園側からの信も厚い礼衣(れい)だ、そうした相談を受けるのはそう不思議なことでもない。当然ながら、これは学園の経営に関わるなどという馬鹿げた話ではない。ただ在学生として、何かしら意見を求められているというだけの話である。しかし責任感の強い礼衣(れい)のことだ、頼られたからには一定の結果を出したいのだろう。


「流石、話が早い。じゃあ正式に依頼するよ――――今年の秋麗祭、迷宮情報科をどうにか盛り上げて欲しい」


「…………は?」


 そうして凪が納得を示した直後の、この無茶振りであった。

 成程確かに、礼衣(れい)が頭を悩ませている理由は分かった。九奈白家の娘として、出来うる限りの協力はしなければと思っていたところであった。しかし凪が想定していたのは、精々が企画の発案程度のものであった。まさか実行を丸投げされるとは思ってもみなかったのだ。礼衣(れい)の責任感云々は一体なんだったのかと、瞳を細めて無言の抗議を行う凪。


「凪さんが覚えているかは分からないけど…………迷宮情報科の展示は例年、まぁ盛り上がらなくてね」


「何をしれっと話を進めているの?」


 視線による無言の抗議を無視し、何事も無かったかのように話を進める礼衣(れい)

 ばん、とテーブルを叩き抗議を始める凪。しかしこれもあえなくスルーされてしまう。


「ほら、他のクラスは馬鹿みたいに予算を追加するじゃないか。まぁそれも秋麗祭の風物詩ではあるんだけど――――その一方で迷宮情報科は比較的、それほど金銭的に余裕がない生徒が多い。特待生も基本ココだしね。もちろん十分過ぎるほどクラス予算は出ているんだけど、その『追加予算』の所為でどうしても質に差が出るんだよ」


「ちょっと!? 聞きなさい!」


「ところが今年は各クラスに、業界を代表する二家のカリスマご令嬢が在籍しているじゃあないか。いやぁ天啓、天啓」


 礼衣(れい)の言う二家とは、いわずもがな九奈白家と国宝院家のことである。

 確かに凪とシエラの二人であれば、ネームバリューはもちろんのこと、とれる手段の幅も大いに広がることだろう。


「なに、別にお金を出せと言っているんじゃあないよ。むしろ先々のことを考えるなら、お金にモノを言わせない手法が望ましいね」


「お金を出すだけの方がマシよ!」


「あっはっはっは! もちろん企画の発案は私も協力するとも。共に頑張ろうじゃあないか」


「乞われているのは私の方でしょう!? どうして私が協力を仰ぎに来たみたいになってるのよ!?」


「はーっはっは! ちなみにこの反響如何で、今後の特待枠増設も検討するそうだよ。責任重大だね」


 快活に笑う礼衣(れい)と、面倒事に巻き込まれたくない凪。

 そんな二人を後ろで眺めていた織羽(おりは)は、またぞろこんな風に考えていた。


(無理矢理遊びに誘う陽キャと、早く帰りたい陰キャみたいだなぁ)

 

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