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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第127話

 九奈白市外のとある料亭にて。

 その場所に織羽(おりは)が到着したのは約束の十五分前、服はもちろん正装――――メイド服だった。


 招待された側とはいえ、相手が相手だ。

 緊張しているわけではないが、しかしあの織羽(おりは)が気を使う程度には、真面目に応対しなければならない相手。

 つまりは九奈白嵐士からの呼び出しだ。連絡先を交換してからまだ一月も経っていないというのに、随分とまあせっかちな事である。

 

 そうして約束の場所にやってきた織羽(おりは)は、個室に入った途端露骨に顔を歪めた。

 そこには嵐士だけでなく、よく見知った顔があったからだ。


 「げっ……何で隆臣が居るのさ――――いらっしゃるので?」


 短く刈り込まれた短髪、顎には無精ひげ、そして目元の大きな古傷。

 迷宮情報調査室一課の室長であり、織羽(おりは)の上司でもある天久隆臣がそこにはいた。

 流石に料亭ということもあってか、いつものサングラスはかけていなかった。サングラスの下は意外と可愛い目をしている――――などといったことはなく、この男の場合は外したところで普通に厳つい。そんな反社感満載の上司は、嫌そうな顔の織羽(おりは)を見てニヤリと笑った。


「いきなり『げっ』はねぇだろ。つーか俺ァ一応、お前の保護者兼直の上司だぞ。そりゃ居るだろバーカ」


「…………今回のお話は調査室への正式な依頼ではなく、あくまでも私的な頼み事だと伺っておりますが?」


「もちろん建前だ。こんな面白そうな話、首突っ込まずにいられるわけねぇだろ」


「それが本音ですか」


 呆れ顔の織羽(おりは)が小さなため息を吐きだす。

 どうやら隆臣は、今回の()()()の内容を既に知っているらしい。

 隆臣と嵐士が既知の仲であることは、織羽(おりは)も聞いている。その繋がりで話を聞きつけた、といったところだろうか。


 とはいえ、隆臣が居たところで何か問題があるわけでもない。

 頼み事とやらの内容こそ知らない織羽(おりは)だが、仮にも相手は九奈白家の現当主。人となりや性格に関しては未だ掴みきれていないところもあるが、何度か話して受けた嵐士の印象は『真面目でちょい変人』といったところである。娘を見ればさもありなん、あまりおかしな事を頼まれたりはしないだろう。


「お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」


「なに、乞うたのはこちらで、無駄に早く来たのもこちらだ。気にしないでくれたまえ」


 そうは言いつつ、もちろん申し訳ないなどとは微塵も思っていない織羽(おりは)

 そんな社交辞令を述べつつ、勧められるがままに空いていた対面の席につく。


 正直なところ、織羽(おりは)はさっさと話を切り上げて帰りたかった。

 そもそもからして連絡先を交換しているのだから、Rainでやりとりすればいい――内容が面倒そうならスルーも可能だ――だけなのだ。わざわざ市外の店にまで呼び出された理由が分からないし、何より明日は普通に平日である。つまりは学園の授業があるわけで、凪専属のメイドである以上は当然織羽(おりは)も登校しなければならない。明日の準備などを考えれば、こんなオッサン二人と仲良く食事をしている暇などないのだ。


「それで、私にどういったご要件でしょうか」


「そう焦らずともいいだろう? まずは食事をしながら話でもしようじゃあないか。主に本日の凪について」


 しかしオッサンとは、得てしてこういうものである。

 早く帰りたいという若者の雰囲気など、彼らに理解るはずもなく。

 或いは理解っていて敢えて、という可能性もあるが、とにかく帰らせてくれないものなのだ。


「おう、いいじゃん。俺も丁度、お前のメイド生活っぷりを聞きたいと思ってたんだよ。ぐっ……くくくっ」


「このエテ公が」


 そんな厄介な中年が二体ともなれば、最早織羽(おりは)に抗う術はない。

 二人ともちゃんと()()()()()というのがまた面倒で。

 直接呼び出したのはこれが狙いだったのかと、まんまと誘い出された織羽(おりは)は臍を噛んだ。成程確かに、これなら既読スルーもへったくれもない。こうして来てしまった以上、話を聞かずに帰るのは心情的に難しい。市外まで足を運んだ労力が無駄になるし、預かり知らぬところで勝手に話を勧められるのも気に入らない。

 

 結局嵐士が本題に入ったのは、『今日の凪ちゃん』をたっぷり一時間も聞いた後であった。

 方や辛気臭い真顔の親バカ、方やウザ絡みのヒゲゴリラ。一応の体裁はどうにか保っていた織羽(おりは)の態度も、この頃にはすっかり雑なものへと変わっていた。


「さて、話も聞けたことだし――――ではそろそろ本題にはいろう」


「お願い致します…………これで下らない話だったらマジで蹴りますよ」


「やめてくれ、死んでしまう」


 そう言って肩を竦め、頭を振る嵐士。

 嵐は探索者ではないため、織羽(おりは)が本気で蹴りを入れようものなら即、お陀仏である。

 もちろん()()()冗談なのだが、織羽(おりは)のムッスリ顔を見て、どうやら流石の嵐士も日和った様子である。


 嵐士が一度、わざとらしく咳払いをする。

 そうして椅子に深く座り直し、織羽(おりは)の目をまっすぐに見つめた。


「ごほん。もしかすると既に凪から聞いているかもしれないが――――今、この街には私の妻が来ていてね」


「九奈白風音様の事ですね。伺っております」


「そうか、では直截にいこう。妻の目的は凪の婚約者探しだ。そして私はそれを断固阻止したい。婚約者などと、凪にはまだまだまだまだ早過ぎる」


「はぁ」


 知らんがな、という言葉をぐっと飲み込む織羽(おりは)

 これは夫婦間、もっといえば家族間の話だ。勝手に家族会議でもなんでも開けばいいじゃん、と思うのは当然のことである。

 しかしこうして、無関係の織羽(おりは)に話をするくらいなのだ。恐らくはそれが出来ない、やむを得ない事情が何かしらあるのだろう。

 

 例えばそう、実は嵐士が尻に敷かれているだとか。

 もちろん、そんな下らない理由ではないことくらい織羽(おりは)も承知している。

 一般の家庭とはおよそ環境が違うのだ。天下の九奈白家当主が嫁の尻に敷かれ、あまつさえ口答えすら出来ないなどと。

 であれば、いったいどういった事情なのか。

 

「それで、何故私にその話を?」


「妻の計画を阻止するため、協力してもらいたい」


「私に出来る事があるとは思えませんが。旦那様が直接、風音様にそう訴えればよいのでは?」


「うむ」


「うむ、ではなく」

 

 当然とも言える織羽(おりは)の問に、無駄にキリっとした顔で頷いて見せる嵐士。

 事情を教えるつもりはない、ということだろうか。そう考える織羽(おりは)に答えを齎したのは、意外にも隣のゴリラであった。

 

「コイツ、嫁さんに弱いんだよ」


「……は?」


「尻に敷かれてんだよ。だから逆らえねーの。笑えるだろ?」


 まさかまさか、なんと織羽(おりは)の予想通りであったらしい。

 織羽(おりは)()()()、と嵐士の方へ顔を向ける。


「本気で言ってます?」


「うむ」


「うむ、ではなく」


 やはり決め顔で相槌を打つ嵐士。

 こいつぶん殴ってやろうか、という考えが織羽(おりは)の脳裏を過るも、既のところでどうにか振り払う。

 

 九奈白風音は近々、祝賀パーティーを開くつもりである。しかしそれは表向きの理由で、真の目的は凪の婚約者探しである。

 そして当人である凪はもちろん、父である嵐士も婚約者探しには反対である。

 しかし凪は母娘という関係上、そして唯一立場が対等なハズの嵐士は、尻に敷かれているため正面から反対出来ない、と。

 

 凪から聞いた話と合わせ、現状をまとめるとこういうことになる。

 

(そんなアホな)


 あまりの情けない理由に、織羽(おりは)は嵐士の評価を三段階ほど下方修正した。

 

 それはさておき。

 だからといって、織羽(おりは)に協力を願う意味が分からない。

 先にも言ったが、これは家族間の問題だ。それも随分と特殊な家庭の、である。


 娘と夫が反対出来ないというのに、無関係の自分に一体どうしろというのか。

 織羽(おりは)が風音に『やめておきましょう』などと言って聞き入れられるわけがない。そもそもそんなことを言う意味もわからない。突然メイドがそんなことを言い出せば、その日のうちに解雇待った無しである。噂に聞く九奈白風音が、たとえどれだけ甘い人間だったとしても、だ。


 風音をボコして言うことを聞かせてくれというのであれば、まぁ役には立てるかもしれないが。

 万が一、仮にそうだったとして――――当然ながらそんな依頼は御免被る。引き受けるわけがない。


「はぁ…………それで? まだ話が見えないのですが、私に何をさせようと?」


「なに、簡単な話だ。婚約者探し自体を止められないのなら、こちらで婚約者を用意すればよいだけのこと。風音さんが納得するほどの、完全無欠な()婚約者をね」


「えっ。今の情けない話の後に、その顔とその口調を?」


「…………うむ」


 しゅんと、こころなしか小さくなる嵐士。

 酒が入っているからというのもあるだろうが、なんとも小物臭い所作であった。


「で、なんでしたっけ? 偽の婚約者を用意する……ですっけ?」


「ああ。シンプルだが効果的だと考えている」


「ははぁ。成程確かに……とにかくパーティーさえ乗り切れば良いと考えれば、まぁ悪くはない――――おや? 何か嫌な予感がしますね」


「うむ」


 然り、とばかりに頷く嵐士。

 その無駄に凛々しい顔を見た織羽(おりは)は、手を出さなかった自分を褒めたくなった。

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