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姫の護衛は楽じゃない  作者: しけもく
第二部 二章

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第123話

「ピヨちゃん、何見てるんです?」

 

「ん、ああ……一千華(いちか)君か」


 花鶏(あとり)が振り返れば、そこには見慣れた後輩隊員の姿があった。

 一千華(いちか)の手には紙コップのコーヒーがふたつ。どうやら差し入れがてら、休憩のお誘いに来たらしい。


 丁度これから昼休憩にするつもりであった花鶏(あとり)が、礼を言いつつコップに口をつける。

 もちろん一千華(いちか)が手ずから淹れたというわけでは無い。食堂に設置されている自販機で買ってきたものだ。よくあるオフィス用の自販機だが、しかしそこは流石の九奈白市。ただの自販機と侮るなかれ、これがかなり美味いのだ。そうしてコーヒーの香りと味を楽しみながら、先の質問に答えるように視線を落とす花鶏(あとり)。彼の手の中には小さなビニールの袋がひとつ。

 

「ほら、この間キミが見つけた例のボタン。あれの鑑識結果が返ってきたんだよ」


「あー、あれですかぁ……え、ていうかマジで鑑識に出してたんです? どう見てもただの落とし物でしょ?」


 意外そうな、というより疑うような目を向ける一千華(いちか)

 確かに不思議な落とし物ではあったが、しかしとても事件性などは感じられない、どこにでもあるただのボタンだ。当時は一千華(いちか)も『お手柄ですか?』などと調子に乗っていたが、当然ながら本心から思っていたわけではない。あの日の調査ではほとんど成果が得られなかったため、ふざけ半分で言っていただけだ。それをこのクソ真面目な先輩ときたら、本気にしていたのか。言葉にこそしなかったが、彼女のジト目はそう言っていた。


「で? なんか分かったんです?」

 

「うーん……どう説明したものか……」


「なんすか、煮え切らないですね。ここじゃ話しづらい事なんです?」


「いや、別にそういうわけじゃないんだけど。でもまぁ丁度良い時間だし、とりあえず食堂にでも行こうか」


 そう言うと花鶏(あとり)は席を立ち、一千華(いちか)を伴って食堂へと向かった。

 隊舎内に設置されたこの食堂は、外部の有名店から料理人を呼んで営業しているため料理の質がよく、おまけに値段も安いため隊員達からは大変人気の施設となっている。食堂内は丁度昼時ということもあり、二人が着いた頃には既に大層な賑わいを見せていた。土日のフードコートとまではいかないが、落ち着きのある空間とはとても言えない、そんな空気だ。


「うひゃー。やっぱりお昼は混んでますねぇ」


「なんだか学生の頃を思い出すね。学食はいつもこんなだったなぁ」


「そういやピヨちゃん、この街出身じゃないんでしたっけ」


「県外だね。そういう一千華(いちか)君は、確か――――」


 花鶏(あとり)がちらと視線を向ければ、そこにはわざとらしく()()を作る一千華(いちか)の姿があった。普段は少々()()()なところのある彼女だが、何を言いたいのか、それとも何かを言って欲しいのか。花鶏(あとり)は自身の記憶を咄嗟に掘り起こし、苦笑いしながらこう答えた。

 

「ああ、うん……そうだね、白凪学園だね……」


「おっ、ちゃんと覚えててくれたんですねぇ! 普段ノンデリの癖に、少しは成長したじゃないですか」


 折角期待に応えたというのに、随分な言われ様である。

 とはいえ花鶏(あとり)にデリカシーがないのは紛れもない真実であるため、言い返せるような立場にはなかった。


 そうして食券を購入した二人は、料理を受け取って席を探し始める。

 しかし先にも言ったように、現在食堂は中々の混雑ぶりだ。ちらほらと空いている席も見受けられるが、どれも一人分の席だけ。結局二人はトレイを手に、あっちへこっちへと右往左往する羽目になった。それから数分、二人がいよいよ立食いするか、などと考えだした頃。花鶏(あとり)を呼ぶ大きな声が、テラス席の方から聞こえてきた。


「オーイ、日和見! こっちこっち!」


「ほら、ここ空いてるぜ。ワンコロもこっち来な」


 呼ばれるままに花鶏(あとり)が視線を向ければ、そこには見知った顔がふたつ、お洒落なテーブルを囲み座っていた。

 やたらと体格の良いスキンヘッドの男と、細身だが目つきが鋭すぎる男。花鶏(あとり)と同期であり別部隊の隊員、南と壬生であった。食堂のテラス席は景色がよく人気も高い。秋口の今は気候も穏やかで、その人気ぶりには拍車がかかっている。そんな競争率の高い人気の席で、見るからに剣呑な男が二人、仲良く食事をしているなど冗談でも笑えない。しかし席を探し困っていた花鶏(あとり)達にとって、この厳つい相席は正直に有り難かった。なお、ワンコロとはもちろん一千華(いちか)のことである。


「助かったよ二人とも、ありがとう」


「珍しいな、二人で食堂なんて。今日は外いかねーのか?」


「まぁ、たまにはね。話したいこともあったし」


 花鶏(あとり)達にとって、南と壬生の二人は治安維持部隊(ガーデン)内でも仲が良い部類の隊員だ。

 同期ということもあるが、この二人は話が分かるタイプだからだ。こうした仕事に就いている以上、聞かれたくない話や上司に報告したくない話、暗黙の了解といったことは少なからず存在する。そういった『いちいち言わなくてもいい』話を、言わずとも察してくれるのだ。要するに『いい奴ら』ということである。


「で、その話って結局なんなんです? ボタンの話っすよね?」


「そうそう。なんというか、意外な結果が出たんだよね」


 そうして食事をしながら、先程の話へと話題を戻す花鶏(あとり)達。

 同席している南達には当然、なんのことやらさっぱりだった。語り出しから察するに、仕事の話だということは分かったが。


「オイ、それ俺らが聞いていい話か? 面倒事なら勘弁だぜ。面白い話なら聞きたいが」


「面白いかどうかは分からないけど……別に問題はないよ?」

 

「なら聞こう!」


 本当は聞きたくて仕方がなかったのだろう。

 南達は一応の確認こそするものの、聞く姿勢に移行するのは恐ろしく早かった。それを見て苦笑しつつ、花鶏(あとり)が話を始める。もちろんメインは一千華(いちか)との相談であるため、しっかり彼女の方へ身体を向けて、だ。


「結論から言うと、()()は白凪学園の制服に使われている袖ボタンだったよ」


「へぇー」


「へぇーって……キミの母校でしょ?」


「いや、流石にわかんねーすよ。確かに制服人気はありますけど、私は制服目当てじゃなかったし」


 フォークを咥えたまま、肩を竦めて頭を降る一千華(いちか)

 いくら出身校といっても、制服のボタン柄まで覚えている筈もない。まして、それがただの袖ボタンであれば尚更だ。これが白凪学園のボタンと聞かされた今でさえ、微塵も思い出せないほどである。とはいえ、今は彼女がボタンのことを覚えているかどうかなど、まるきりどうでもよいことだ。


「結局、それがなんなんです? まぁ確かに、あんな場所に落ちてるのは不自然かもっすけど……やっぱりあり得ないって程の話じゃないですよ」


「それだけなら、そうなんだけど。でもこのボタンから、極々僅かに血液が検出されたんだよ」


 花鶏(あとり)はそう言うと、ボタンの入った小袋をつまみ上げ、見やすいようにテーブルの中央へと差し出す。

 一千華(いちか)がしげしげと眺めてみるも、しかし極々僅かという言葉の通り、血が付着しているかどうかは全く分からなかった。経験豊富であれば分かるのだろうかと、一千華(いちか)がベテランである南と壬生のほうへ視線を向ける。だがどうやら二人にも分からなかったらしく、共にただ肩を竦めるばかりであった。


「はえー…………いやいや、別に学園のお嬢様だってケガのひとつやふたつするでしょ。特別事件性は感じないんですけど?」


「ワンコロの言う通りだ。俺は詳細を知らんが、血が検出された程度ではな」


 一千華(いちか)の発した当たり前の言葉に、壬生もまた同意する。

 それはそうだ。現場で発見されたボタンならばいざ知らず、これはただ現場付近の路地に落ちていただけのボタンなのだ。多少血が付いていたところで、それが一体なんだというのか。ビルの屋上に残されていた破壊痕とボタンを結びつけるのは、いくらなんでも飛躍が過ぎる。少なくとも一千華(いちか)にはそう思えた。

 続く花鶏(あとり)の言葉を聞くまでは。


「このボタンから検出された血液は、例の『血海事件』で現場に残されていたものと一致するそうだよ」


 瞬間、三人の表情は意外を通り越し、驚き一色に染まる。

 ボタンに付着していた血液とやらは、当然その持ち主のものだと三人は勘違いしていた。そうして数秒の後、三人を代表するかのように、南が()()()と笑いこう言った。


「面白そうじゃねーの。詳しく聞かせろ」




       * * *




 その頃、迷宮情報調査室所有のセーフハウス、クロアの部屋にて。

 

「……おやクロア、制服のボタンが外れていますよ」


「うん? ……あ、ホントだ。全然気づかなかったや。まぁ別にいいやぁ」


「仕方ありませんね……ほら、付けてあげますから脱いで下さい」


「え、いいのぉ?」


 着ていた制服をいそいそと脱ぎだすクロア。

 それに飽き足らず、そのまま下着まで全て脱ぎ捨てる。


「バカなんですか? 誰が上裸になれと」

 

「うぇへへ」


「まあもういいです。それで、どのボタンにします?」


 そう言って、別段気にした風もなくソーイングセットと予備のボタンをいくつか取り出す織羽(おりは)

 そうしてずらりと並べられたボタンを見つめ、クロアが不思議そうな顔をする。


「なんでこんなドギツイ色のボタンしかないわけぇ?」


「毒を持つ自然界の生き物は、大体こんな感じの色です」


「あー、確かにそうかもぉ。じゃあ折角だし、もっと派手なのにしようよ♡」


「おっ、いいですね。いっそ光るLEDボタンとかどうです?」


「いいねぇー」

 

 などと言いながら、ノリノリで制服の魔改造を始めるポンコツ二人。

 調査の手が裏から迫っていることなど、二人は知る由もなかった。

 或いは、もし調べられたところで最後までは辿れない、という自信があるのかもしれないが。

 

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