3.通り魔の噂
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直紙町の定点よりX83Y-90の地点に「通り魔」の目撃情報あり
至急調査を開始せよ
直紙町にある猿焼地蔵の前で怪事件が起きた。
二つに折られた割り箸が大量に落ちていたのだ。
数えてみたところ、全部で80本もあった。
この謎めいた事件には警察も動き、近隣のパトロールも行われることとなった。
僕は時田衣名と二人でその片付けに参加しつつ調査をしていた。
この町で起きた「通り魔事件」との関係を疑ってのことだった。
通り魔は直紙町公民館の裏手を歩いていた70代の男性の背中をいきなり尖ったもので刺し、すぐさまその場から逃亡した。
刺された男性は命に別状はなかったが、痕の残る怪我を負った。
しかしその姿を公民館で卓球をしていた多くの人に目撃されており、犯人逮捕は時間の問題と思われていた。
それから半月経ち、まだ犯人は捕まらない。
僕はその「尖ったもの」が「折った割り箸」だったのではと睨んでいた。
殺傷への衝動を割り箸を折ることで抑えつけ、しかし抑えきれず犯行に及び、犯行と自分を結び付けられることを恐れて捨てた。
僕は落ちている割り箸を何本かピンセットで掴み、真空パックに入れた。
僕は作業をしながら、その場にいた50代くらいの女性となんとなく話すようになった。
その際彼女から興味深い話を聞いた。
ここに落ちていた割り箸はすべて箸先がハの字に開かれ、付け根の折れ口にくっつけるように置かれていたというのだ。
皆構わず拾ってしまったが、気味が悪いと彼女は話した。
片付けが終わり、皆各々の家路につく。
僕も衣名と共に帰ろうとしたとき、地蔵の横に生えている木の陰に何かが動いているのが見えた。
それは何か、「棒のような細長いもの」だった。
直紙町でまた事件が起きた。
尖った細い木の棒で子供が足を刺されたのだ。
これは例の通り魔の犯行だと、町は大騒ぎになった。
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結局警察は割り箸と通り魔を結び付けることはしてくれなかった。
それから二日後、上司の神谷が奇妙な物を見せた。
それはプラスチックの先割れスプーンを挟み込むように針で固定した、「食器の昆虫標本」だった。
「これは製作者の前でひとりでに動いて、しかも生殖行為まで行ったそうだ。…無論普通の人ではない。作ったのは精神病院の入院患者。いわゆるアウトサイダーアートというやつだ」
神谷は丁寧にそれをしまいながらまた話を続ける。
「彼はこれの作り方をある男に教えてやったらしい。誰に、とまでは聞かなかったが」