4.妖怪の噂
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冠中町一ツ原村の定点よりX-43Y131の地点に「妖怪」の目撃情報あり
調査を開始せよ
僕と時田衣名は山を登っていた。
山としては低く勾配も緩やかな道ではあったが、衣名はものの数分で体力を使い切ってしまい時折僕が肩を貸しながら歩を進めていた。
道中で休憩がてら地面に座り込み、二人してスポーツ飲料を飲みながら汗を拭った。
と、どこからか奇妙な鳥の声がした。
山の中なのでそれ自体何ら不思議ではないことだが、今まで聞いたことがない声だった。
聞きようによっては人のそれのようでもある…そんな声が遥か頭上から聞こえた。
僕は立っている木々を見上げた。
特に変わったものはない。ただ、広がる青空の端に黒い雨雲がかかっているのが見えた。
山の天気は崩れやすい、とは誰しもが知る山の専門知識だろう。
僕は疲れ切っている衣名を抱えて急いで下山することにした。
雨具はあったが、濡れたくなかった。
下り坂を進んでゆく途中、突然衣名が「ヒッ」と悲鳴を上げ、のち気絶してしまった。
「妖怪」を見たのだ、と直感し、僕は後ろを見た。
そこにいたのは宙に浮く黒い人影だった。
指を開いた両手を水平から少し上げ、両足は水平から少し下げて開脚したような恰好をしたそれは空中でゆらゆらと揺れている。
…僕は衣名をその場に寝かせ、それに近づく。
人影はゆらゆらと揺れ、腕と足を動かし…ある瞬間にパタン、と「閉じた」。
それは巨大な「蝶」だった。
近づいた僕に驚いたのか、蝶は止まっていた枝から離れ、空の向こうの黒い雨雲の方へ飛んで行ってしまった。
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「それはすごいね。もし本当なら世紀の大発見だよ…人間と同じ大きさの蝶なんてさ」
神谷は本人曰く「先割れスプーンに噛みつかれた」といって休暇を取っていて、代わりに学者でもある壺井博士がオンラインミーティングに参加していた。
「けど…まあ、あれは蝶ではないですから」
壺井博士は不思議そうな顔をしていた。
「蝶は『助けて』なんて声を出さないでしょう」
部屋にかけられたティントレットのミニレプリカが、がたっと音を立てて傾いた。




