薬茶
夏が近づくと、気温が高くなり、夜は屋敷が湿地帯に面している為か、寝苦しかった。土を盛ったり、室内に湿気が入って来ぬ様に工夫を凝らしてはいるが、元々この当時の主流である寝殿造りは通気性を重視しているため、左程効果はないのだ。高階妹姫はここのところ、体調が優れない様子だった。屋敷では薬湯や水分を補給し、野菜も多く食す様配慮ができたが、仕事中は中々そこまで行き届かない。たまに、木陰で高階妹姫が休憩を取っているのを高階姉姫は見掛ける事があった。
「具合が悪いの?」
「ううん、大丈夫」
高階妹姫は健気に笑う。そんな様子を見て、
(何とかしなくちゃね)
と思った。元々高階妹姫は体が丈夫な方ではない。他の外仕女に比べれば体力はある方だとは思うが、幼少の頃、夏場は大抵臥している事が多かったのだ。
翌日-
高階姉姫は高階家の屋敷内の庭にいた。高階家は下級貴族であったが、右京は前述の通り地形的な問題から早くから廃れていた。その為、広大な土地が余っていた。右京に居を構えた高階家は、隣家であった右兵衛少志の屋敷(二人の母の実家)を吸収し、敷地だけで言えば、上級貴族並みに広かった。高階姉姫は、鄙の海より持って来た苗や種を庭の一角に植えて育てていた。京の気候に合わないものもあり、大半は枯れるか芽が出なかった。高階姉姫も見よう見真似で殆ど知識もなかった頃だったので致し方なかったのかもしれない。宮仕えが始まって、その手の知識が入手出来るようになると、高階姉姫は貪欲に取り入れた。果物では蔔子・覆盆子・郁子・楊梅子、薬草ではドクダミ・ゲンノショウコ・センブリ等自生する種は生育した。二人の姫が大好きな瓜は言わずもがなであった。
薬草の類は比較的に容易に育った。元々は野山の雑草と同じく自生している種が多かった為か肥料もやらなくてもすくすくと育った。効用のある部分を摘み、あるものは乾燥させ、鄙の海の元医博士から譲り受けた薬研を使い細かく磨り潰す。そのまま薬になるものは紙に包み密封した。お茶になるものは茶筒等に入れ、食事の前に飲める様に携帯した。流石に薬草の調合は知識がなく、今は単体の薬草を使うしかなかった。
滋養に効くもの、風邪や夏の疲れ、肉体的な疲労に効くもののうち、煮出しができるものは竹の筒に入れ、携帯し、高階妹姫が直ぐに飲めるようにした。苦味や渋み、酸味の強いものは甘味を加え吞み易い様にした。
「二ノ姫、疲れが見えるようだから、これを飲んでおきなさい」
高階姉姫は妹の様子を見計らって、早めに薬草の入った茶を飲ませる様にした。程なく、高階妹姫も少しずつ体調が戻っていった。薬草と聞いて敬遠していた同僚の外仕女達も、高階妹姫が元気になっていくのを目の当たりにして、お裾分けを望む声が上がった。高階姉姫は分け隔てなく同僚に与えた。少しずつながら、書司内に薬茶の事が浸透していく。しかし困った事も起きる。余りの人気に高階妹姫用の薬茶が足りなくなったのだ。そんな時、知己にしていた仕女の一人が薬茶を飲む機会があり、これを大変気に入り、上司である采女の一人に庭の一角で薬茶の原料である薬草を育ててみてはと進言したのだ。前例故実を重んじる後宮にあって、意外と拘りの少なかったかの采女は、試しにやってみる事を認めたのだ。本来であれば、書司の次官である典書あたりにお伺いを立てるべきだったのだろうが、薬茶の話は瞬く間に采女だけでなく女嬬にも広がり、中には実際に飲む女官まで現れた。
「これはいいのう。茶として楽しめるだけでなく、薬草の薬効の恩恵に預かれるとは」
薬茶は上司である仕女や女嬬、采女にも好評だった。そのため、後宮内に薬草を植えるのは黙認された。姉妹姫の周りからの評価は高まった




