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後編






 そうして待ちに待った翌日、私と美香は担任の先生のところに駆けつけた。


「河野の以前の住所? 紹介の時に北海道って言わなかったか?」

「先生! 北海道がどれだけ広いか分かってますか!?」

「そうですよ!」


 私と美香の勢いに、先生はすっかり押され気味だ。


「す、すまん」


 そうして先生は苦笑と共に資料を掴み出すと、パラパラと捲りはじめる。


「具体的な番地は伏せるぞ……えぇっと、河野は室蘭市の出身だな」


 北海道、室蘭市……。

 私は忘れないように、ノートの端に書き留めた。


「先生! ありがとうございました!!」


 聞きたかった事が聞きけた。私と美香は先生にお礼を言って、くるりと踵を返した。


「あ、ちょっと待ってくれ! あのな、本来なら担任が個人的にこんな事を言うのはあれなんだが、お前達なら河野と上手く打ち解けられると思うんだ。河野の事、よろしくな?」


 すると先生が私達を呼び止めて、言葉を選ぶようにしながら告げた。


「はいっ!」

「先生、心配しなくても朱音がじきに親友になっちゃいますから!」


 私も美香も、顔を見合わせて力強く頷く。そんな私達を見て、先生は破顔した。


「そうか! よし、それじゃ気を付けて帰れよ」

「「はーい」」


 私と美香は、今度こそ足取り軽く職員室を後にした。


「よし朱音、放課後は中央図書館に行くよ」


 職員室を出て、美香の開口一番。


「なんで中央図書館?」


 私は学内の図書室に行くのだと思っていた。中央図書館に行かずとも、学内の図書室にだって、日本全国津々浦々の地図や資料はあるはずだ。


「図書室の資料じゃ駄目?」

「駄目じゃないけど、非効率だよ。中央図書館ならパソコン閲覧席があるじゃん! それで調べる方が早いよね?」


 !!

 なんて、効率的! 美香の言う通り、紙の資料を捲るより、インターネットの方がずっと効率的に調べられる。


「美香、やっぱり美香って凄いよー!!」

「もう、なんでもいいけど放課後はダッシュだよ!」

「うん!」


 ふと、気付いた。私と美香は昨日から、何かにつけてお互いを称え合ってばかりだ。

 だけど、それって凄く素晴らしい事! 尊敬出来る親友がいる事は、とても幸せな事だ!




 そうして放課後、中央図書館に到着した私達は、一直線にパソコン閲覧席に向かった。丁度良く、二席隣り合って空いており、私と美香はさっそくパソコンと睨めっこをはじめた。

 キーワードは、北海道室蘭市、校舎と、まずはそんなところだ。


 するといくらもしない内に、それらしい建造物に行きあたった。

 隣りの美香も、ほとんど同じタイミングで辿り着いたようだった。見ているサイトこそ違うけれど、画面上の建造物は私が見ている物と同じだった。


 ……絵鞆小学校、河野さんの絵のモチーフは間違いなくこれだった。北海道室蘭市の絵鞆小学校は、特徴的な円形の学び舎だった。

 

「円形の校舎なんてあるんだ。はじめて見た……」


 隣で美香が、ポツリと呟く。


「うん……」


 私も静かに頷いた。


 そのまま私と美香は、言葉少なに検索を進めた。

 記事を読み進めて、分かった。

 絵鞆小学校は、今年度で閉校が決まっていた。

 転校で叶わなくなったけれど、河野さんは絵鞆小学校の円形校舎を卒業する、最後の卒業生になるはずだった。


「心残り、なんてものじゃないよね?」


「そうだね」


 それはきっと、身を切られるような思い。

 共に学んだ学友と、卒業を目前に離れる。それだけでも、重く辛い別れ。

 そこに、共に過ごした学び舎の閉校まで加われば、その苦悩はいかばかりだろう。


 河野さんは校舎の題材に、迷わず故郷の校舎を選んだ。

 忘れない、忘れたくない、心はずっとそこにある。そんな河野さんの心の声が、滲み出すようだった。


 私は弾かれたように、席を立った。


「朱音?」


 美香はそんな私を怪訝な表情で見上げた。


「美香、私、河野さんの家に行く!」

「え!? 今!? これから!?」


 河野さんの越してきた先は、三丁目の新築一軒家だ。三丁目なら、十分ご近所といっていい距離だ。同級生が転校してくるらしいという情報も一緒に、建築中から囁かれてた。

 仲良くなれたらいいなって、完成していく家屋を横目に、私はずっと思ってた。


「今なの! 今、河野さんに会いたいの!!」


 思い立ったらもう、居ても立ってもいられなかった。

 伝える事を躊躇う必要なんてない。もしかすると、絵の真相すら建前で、私の臆病風が拘らせたのかもしれない。


 友達になろうよって、体当たりでぶつかって良かったんだ!


 だって、心細い時に向けられる笑顔は、不安や迷いを払拭するエネルギーに満ちている。かつての私が、身をもって体感したじゃない! 


 だけど今、そこに思い至ったから! だから今こそ、河野さんに余さず伝える!!


「待ってよ朱音! 私も、行くからっ! ……って、ここ図書館。朱音、走ると怒られるじゃんかぁ」


 唐突に駆け出す私の後を、美香も慌てて追って来た。背中に聞こえる美香の嘆き節に、慌てて歩を緩めて謝罪した。






 ピンポーン。


 インターホンを押せば、少しの間の後、中から扉が開かれた。扉は、河野さん本人によって開かれた。

 河野さんは突然の私達の訪問に驚いたように、目を見開いた。


「河野さん、素敵な校舎で学んでたんだね!」


 ここが玄関先だとか、そんな事はどうでもよかった。私は逸る心のまま、河野さんに語り掛けていた。


「え?」


河野さんはキョトンとした表情で私を見上げた。


「河野さんの絵がどうしても気になって、私達で調べたの。そうしたら、河野さんの故郷の小学校にいきついた。河野さんが通ってた小学校、円形校舎だったんだね」

「私さ、校舎は長方形の建物ってばかり思ってた。だから今回、円形校舎っていうのをはじめて知って驚いちゃった。教室も中央ホールを向いた扇形をしてるんだってね」


 美香も私に続いて、思いを口にする。


「……実写の時間にわざわざ故郷の校舎を持ち出して、私の事、偏屈って思った?」


 語りながら、河野さんの目に、薄っすらと涙の膜が張る。


 円形校舎に滲ませた、河野さんの想い。新しい環境で、敢えてそれを選び、描いた想い。

 忘れない。忘れたくない。覚えていて?

 切なく揺れる河野さんの心を、どうして偏屈だなんて思うだろう?


「そんな事ある訳ないよ! だってあの絵に、私は心を打たれたもん! 河野さんの事、もっと知りたいって思ったよ」

「私も朱音と同じだよ!」


 クシャリと、河野さんが泣き笑いみたいに笑う。河野さんは微笑むと、頬にえくぼが浮かんだ。


 河野さんの笑みに、私は改めて思い知った。

 河野さんの胸を占めるのは、新しい場所への気後れだけじゃない。これまで過ごした学び舎、学友、 同郷の多くの人達との別れがある。


 新しい環境に順応する事は、そんなに容易な事じゃない。それは、これまでの環境、新しい環境、心に折り合いをつけて自分の思いを昇華させる大変な道のりだ。


「河野さん、よかったらもう一度、一緒に絵を描かない?」

「それいいね! そうだよ河野さん! 今度は新しい校舎を描こうよ!?」


 美香も即座に同意をくれる。

 何度、何枚描いたっていい。心のキャンパスは無限に広がっていていい。


 河野さんは驚いたように、目を瞠った。


「河野さん、これまでの思い出や、その時々に得たありとあらゆる感動も、そのまま胸にあっていいと思うの。絵鞆小学校の友達は、距離が遠くなったって変わらずに友達でいいんだよ。だけどこうして縁あって出会えたから、だから私の事も心の端っこに置いてくれたら嬉しいよ」


 見開かれた目が、見る間に潤む。

 ほろり、ほろりと透明な雫が河野さんの頬を伝う。


「……私、転校に対してちょっと意固地になってたの。私だけ絵鞆小の友達と離れちゃう。閉校にあわせて学校中が一致団結してたから、その思いは一層強かった。新しい学校では、どうせ余所者だからってそんなふうに心に鎧を、被ってた……」


 河野さんの心の吐露が、胸を打つ。


「当然だよ! 新しい場所に馴染むって緊張するし、怖いし、そうなっても当たり前だよ!」

「そうそう! 一年生の時越して来た朱音も、最初は鎧どころかガッチガチの岩みたいだったんだから!」


 !?

 美香のカミングアウトにギョッとして振りかぶる。


「美香~? 岩ってあんまりだよ~」

「だって本当の事だもん」

 

 美香は相変わらず、ポーカーフェイスを崩さない。


「ふふっ、ふふふふっ……、うっ、うっ、うぅぅぅっっ!!」


 河野さんが、泣き崩れた。


「!? 河野さんっ!!」


 慌ててハンカチを差し出すけれど、まるで涙の防波堤が決壊してしまったみたいに、河野さんの頬を、後から後から溢れ出る滂沱の涙が濡らす。それはもう、差し出したハンカチでだって拭いきれない。


「河野さん、ごめんね。もっと早く積極的に誘っちゃえばよかったよね」


 河野さんは力いっぱい、首を横に振った。

 途中から、拭う事を諦めてハンカチは引っ込めた。そうして河野さんと一緒になって、私も美香も泣いた。


 両手にそれぞれ、親友の手を取って、私達はいつまでも固く握り合っていた。






「うわ! なにソレ!!」

 

 三人で輪になって描き上がったばかりの絵を見つめていれば、後ろからヌッと影が掛かった。

 振り返れば、麻里と咲良の二人だった。


「朱音の絵、めっちゃ上手いんだけど!?」


 実は今、私が手にしているのは、私が描いた絵じゃない。


「上手いでしょ? でも、これ描いたのは私じゃないよ。巴菜が描いたんだから!!」


 本人じゃないけれど、何故か私が胸を張って答える。


「なになに!? 河野さん、絵上手いの??」

「えー? じゃあ、こないだの絵ってなぁに?」


 すると麻里と咲良が興味津々な様子で巴菜に寄って行った。巴菜はもう、俯かなかった。


「……うん、あれはねーー」


 麻里と咲良を凛と見つめ、巴菜がゆっくりと口を開いた。






 転校から少し時間は掛かったけれど、元来朗らかな巴菜の周りには、じきにクラスメイトの輪が出来るようになった。


「美香、巴菜、終わった? 一緒に帰ろうよ?」


 私も巴菜という新たな親友を得て、一層充足した日々を過ごしている。


「「今行くっ!」」


 合流した美香と巴菜と、三人で並び立って家路につく。

 こんな何気ない日常が、何よりも輝く私の宝物だーー。






注)作中お名前をお借りいたしました絵鞆小学校は、平成27年に閉校した実在の小学校です。美しい円形校舎に目を奪われ、作中にて使用させていただきました。本作と絵鞆小学校は一切関係するものではございません。



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